「金魚すくい」はスポーツだ!伝来300年の大和郡山、世代を超えて白熱 道場の門下生は400人、街に根付く金魚の文化
47NEWS / 2024年9月8日 10時30分
会場が熱気に包まれる中、無数の金魚が水槽の中を涼しげに泳ぐ。白い和紙を張ったポイを構えた参加者らが見つめ、開始の合図を待っていた。周辺でおそろいのTシャツを着た人たちが見守っている。ピーッというホイッスルと同時に、水槽に向かって腕が伸びる。ポイにすくわれ、跳びはねた赤い金魚がきらりと光った。
金魚有数の産地として知られる奈良県大和郡山市。江戸時代に金魚が持ち込まれてから今年で300年を迎えた。毎年夏に開かれる全国金魚すくい選手権大会は29回目。そこには競技として金魚すくいに取り組み、その魅力を伝える人たちがいた。(共同通信=伊藤光雪)
▽全国で「唯一の道場」
大和郡山市には、金魚すくいの道場「こちくや」がある。道場主で土産物店を営む下村康氏さんは、第10回大会の団体の部で優勝した実力者だ。道場を設立して以来、多くの競技者を全国大会に送り出してきた。
金魚すくいの魅力は「すべての世代が一緒の土俵で競技できること」と語る。師範は6人で、7歳から82歳まで415人の門下生が所属する。道場の大切な教えは「あいさつと礼儀」。道場と名乗るのは、全国で唯一だという。精神も鍛えてほしいという思いから、愛好会や同好会ではなく、道場と名付けた。
下村康氏さん=2024年8月1日、奈良県大和郡山市
▽人生初の金魚すくい、記録は1匹
全国大会を直後に控えた8月上旬、道場を取材するため訪問した。競技としての金魚すくいとは一体どのようなものかを知りたかった。
大会には厳密なルールがたくさんある。肘を水に浸してはいけない、壁を使ってすくってはいけない、開始前に水槽に身を乗り出してはいけない…。中でも注意すべきは、ポイを持つ片手のみを使い、すくった金魚をいれるボールの移動も同じ手で行う点だ。
私は人生初の金魚すくいに挑戦した。緊張しながらポイを水につけ金魚に近づける。水槽の上からみるよりも動きが素早い。光の屈折の影響か、思った以上に水槽の深い場所を泳いでいる金魚を追ったが、ひらりとかわされる。金魚に手を伸ばした瞬間、ポイが破けた。記録は1匹だった。
金魚すくいに挑戦する記者=2024年8月1日、奈良県大和郡山市
▽いつかオリンピックの競技に
「お好み焼きを焼いたことある?」と下村さんが声をかけてくれた。金魚の腹の下にポイを入れ、乗ったら金魚の動きに従ってポイを泳がせ、お好み焼きをひっくり返すようにすくうという。
もう一度ポイを水に入れてみる。教わった通り、金魚の下にポイを動かし勢いよく水面に上げると、破けてしまった。「それじゃあ、だめだよ。ポイは横に移動させないと」。初心者にまず教えるのは、ポイが破けない動かし方だ。
プラスチック製の枠に和紙が付いているため、面で水面に降ろすと、水圧で破けてしまう。縦か斜めに水面にいれ、水平に動かさなければならない。1回ポイを水につけるたびに1匹救うのが理想で、長く水につけすぎないこともコツだ。
道場ではスーパーボールを水に浮かばせて練習するという。ポイントはボールの下にポイを差し込んだら、手前に引き枠に乗せることだ。
もう一度試すと、ようやく一匹。最初よりはるかにすくいやすい。しかし、コツを知ったからすくえる訳ではない。手が思うように動かず、下村さんのように金魚に吸い付くようにポイを動かすことができない。上手な人は、3分間で20匹から30匹すくうという。あとは練習あるのみだと下村さんは笑う。
簡単に見える金魚すくいは、想像よりはるかに難しい。しかし競技としての面白さがある。「生き物を扱うから難しいかもしれないが、いつかオリンピックに追加されたらおもしろい」と語る下村さん。「スポーツなので、練習しているときはできても大会本番になると緊張感がでて、手が震えることもある」
金魚すくい道場「こちくや」=2024年8月1日、奈良県大和郡山市
▽伝来300年の歴史をもつ金魚の町
金魚の起源は今から約2千年前にさかのぼるという。中国南部で野生のフナの中から赤い魚が発見されたことに由来する。大和郡山市へは、1724年、甲府藩の藩主だった柳澤吉里が大和郡山へ国替えで移住した際に家臣が持ち込んだと伝わる。幕末には藩士の、明治維新後は農家の副業として養殖が栄えたという。
市の農業水産課によると、最大148戸あった生産者は2018年時点で36戸のみ。生産者の高齢化や少子化で担い手が減っている。
しかし、意外なことに金魚の存在感が低下しているわけではないという。農業・金魚係長の井原茂樹さんは「金魚文化自体は衰退していない。むしろ市民のアイデンティティーとして根付いている」と語る。もちろん井原さんも金魚を飼っている。
▽街のあちこちに金魚のイラスト
「金魚の飛び出し注意」。市の中心部、近鉄郡山駅付近の商店街を歩くと、車に最徐行を呼びかける看板に、こんな注意書きが描かれていた。電柱、郵便ポスト、道案内板…。周りを見渡すと、あちこちに金魚のイラストやキャラクターの像があるのに気付く。大和郡山ならではの光景だ。
奈良県大和郡山市内にあった看板=2024年8月1日
長年、養殖業者や市が一体となり金魚を発信してきたことで、文化として金魚が根付いている。小学校には金魚すくいクラブがあり、商店街は「金魚ストリート」を名乗る。金魚の歴史や飼い方など熟知する専門家を育てる「金魚マイスター養成塾」と呼ばれる制度もある。約10年続いており、2023年度までに171人のマイスターが生まれた。
マイスターたちは、学校での出前講座を開催し、金魚産業文化を市内外に広め、後世につないでいる。
祭りでにぎわう商店街の金魚ストリート=2022年10月(大和郡山市観光協会提供)
▽ポイ選びが一番の難所
8月18日に開催された金魚すくい選手権には、全国から約1400人が参加した。北海道、東京、茨城などからも猛者が集った。
アナウンスに従い入場すると、競技者は1分間でポイを選ぶ。照明にかざして厚みをみる人、じっくりと目を凝らし見極める人。下村さんによると、耐久性が強いとみて選んだポイが思いのほか弱かったりすることがあり、ポイ選びが一番の難所だという。
張り詰めた空気の中、時間いっぱいかけて選んだ競技者たちは、それぞれ水槽の前に構える。時間は3分間。前半はじっくり金魚を見定めポイを温存する人、開始と同時に一気に数匹すくう人など、競技スタイルはそれぞれだ。
3匹を一度にすくうと会場からは歓声が上がり、なめらかに連続して金魚をすくう手さばきが披露されると観客の目が奪われた。
大会の団体戦に臨む参加者=2024年8月18日、奈良県大和郡山市の多目的体育館
▽優勝は市内の大学生、3分で38匹
一般の部で優勝したのは、大和郡山市の大学4年生で「こちくや」門下生の下牧竜大さん。3分間で38匹すくいあげた。「今年はポイが弱かったため、3分間破けないように持たせるのが数を伸ばすポイントだった。小さな金魚を狙い、元気な金魚は逃していた」と語る。
真剣なまなざしでゆっくりと丁寧にポイを動かしながらも、次々と金魚をすくいあげる姿は、まさに職人だった。下牧さんに金魚すくいの魅力を聞いた。「単純にすくえると楽しい。金魚すくいのコミュニティーはそこまで大きくないので、1位から10位まで大体知り合い。いろいろな人と交流し、高めあえるのがおもしろい」
一般の部で優勝した下牧竜大さん=2024年8月18日、奈良県大和郡山市の多目的体育館
300年前に金魚が伝来して以降、大和郡山の人々に親しまれてきた金魚。大会には子どもから大人まで、さまざまな年代の参加者が集まり、金魚が泳ぐ水槽を囲んで楽しんでいた。金魚は長い歴史の中で文化として根付き、人々が集う場所として輝いていた。
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