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開発進む月面探査車、ゴムも空気も使わない「極限環境のタイヤ」とは? アルテミス計画で活動目指す、日本企業の挑戦

47NEWS / 2024年9月16日 10時0分

鳥取砂丘で試験中のタイヤ=5月、鳥取市

 アポロ計画から半世紀以上を経て有人月探査を目指す、アメリカ主導の「アルテミス計画」。2026年に宇宙飛行士2人が月面着陸する見通しで、28年以降には日本人の宇宙飛行士2人の着陸も想定されている。この計画に、日本は有人探査車の開発で貢献することになっている。
 しかし、月面には大気がなく、細かい砂に覆われているなど、地球とは環境が大きく異なる。私たちがイメージする「タイヤ」を付けた車では走行できないのではないか?
 こんな難題に、日本のタイヤ大手ブリヂストンが取り組んでいる。試行錯誤の末にたどり着いたのは、ゴムも空気も使わないタイヤ。「人類が活動する極限環境に挑戦したい」というものの、いったいどんなタイヤなのだろう?(共同通信=七井智寿)

※記者が音声でも解説しています。「共同通信Podcast」でお聴きください。

 ▽月面でゴムはカチカチ、ボロボロに


月環境の過酷さや開発中のタイヤについて説明する弓井慶太さん=5月、鳥取市

 ブリヂストンの開発担当弓井慶太(ゆみい・けいた)さんは、月面環境の過酷さをこう強調する。「夜は氷点下170度にもなる環境で、ゴムはカチカチになる。さらに地上の200倍という宇宙放射線にもさらされ、ボロボロになってしまう」。その上、大気がないため、荷重を支える空気を内部にとどめることができず、再充塡も難しいと話す。
 地上で一般的なゴム製タイヤは、月面にはどうやら不向きなようだ。
 さらに月面は「レゴリス」という細かな砂に覆われている。滑りやすく、重いタイヤは沈んでしまうため、軽量であることも重要だ。月に輸送可能な重量は限られており、タイヤが大きく重いほど、探査に必要な他の物資が輸送できなくなってしまう。打ち上げ重量が1キロ増えると、コストが1億円増えるという試算もあるほどだ。

 ▽オール金属


ブリヂストンが開発する月面探査車用の金属製タイヤ=ブリヂストン提供

 そこで着目したのが、環境の変化に強く、空気に頼らなくても荷重を支えることが可能な「オール金属」というコンセプト。素材や構造の工夫次第で「大きな荷重をより軽く支えられ、砂に埋まらない走破力も実現できる」と弓井さんは話す。
 2019年から開発に着手し、現在はステンレス製の第2世代で試験を重ねている。接地面とホイール部分をつなぐパーツが荷重を受けるとたわみ、接地面積が増えて圧力を分散させる仕組みを採用。細かい砂質や起伏ある地形が月面に似ている鳥取砂丘(鳥取県)を何度も走らせ、耐久性などを確認している。


荷重を受けるとたわむ、接地面とホイール部分をつなぐ金属タイヤのパーツ=5月、鳥取市

 砂漠で荷物を運ぶラクダのふっくらとした足裏から着想を得て、表面は金属を不織布のように加工した金属フェルトで覆う。地表に接すると広がり、さらに圧力を分散させる。摩擦力が高まり、走破力の向上にもつながるという。ばね状のステンレスを編んだ第1世代から、走行性や耐久性を向上させるため抜本的に構造を見直したが、フェルトを使う発想は引き継いだ。


ブリヂストンが開発していた第1世代の金属製タイヤ=ブリヂストン提供

 ▽宇宙のキャンピングカー


宇宙航空研究開発機構やトヨタ自動車が開発する月面探査車「ルナクルーザー」=トヨタ自動車提供

 ブリヂストンのタイヤが採用を目指しているのが、宇宙航空研究開発機構(JAXA)とトヨタが開発を進めている探査車「ルナクルーザー(愛称)」だ。
 ルナクルーザーは飛行士が宇宙服なしで乗れ、生活しながら月面の広範囲を移動できるキャンピングカーのような〝宇宙船〟だ。2031年に打ち上げ、10年間で1万キロを走行することを想定している。
 探査車の開発には、国際宇宙ステーション(ISS)の日本実験棟「きぼう」の建設などに関わった三菱重工業も協力。宇宙服なしで生活できる「与圧」の技術開発などで連携する見通しだ。JAXAの山川宏理事長は「人類の活動領域を大幅に拡大する役割を、日本が担うことになる。オールジャパンの体制を構築したい」と意気込む。
 月面を走る車には前例がある。米アポロ計画では、電池で動くオープンカーのバギーが活躍した。1971~72年に3台が月面に送り込まれ、うち1972年のアポロ17号のミッションで使われた1台は、約4時間半をかけて最長となる約36キロを走った。ルナクルーザーとは走行距離や重量の想定が異なり、そのまま当てはめることは難しいが、金属製タイヤの開発でも参考になったという。

 ▽環境再現には限界も


高台から撮影した鳥取砂丘の施設「ルナテラス」。砂に覆われた月面環境を再現している=5月、鳥取市

 ブリヂストンがデータ取得のために利用しているのは、鳥取砂丘の「ルナテラス」という施設だ。敷地は約5千平方メートルで、目的に応じて自由に造成可能なエリアもある。試作品の金属製タイヤを使い、どのような抵抗が生じるのかや、長距離を走った際に受けるダメージなどを確認している。
 かつてはバイク競技用のオフロードコースに砂をまいて利用したり、許可を得た上で海岸の砂浜を走らせたりしていたという。だが広さが十分ではなく、流木などの漂流物にも悩まされた。弓井さんはルナテラスについて「月面に近い環境でタイヤの性能を評価できる貴重な場所だ」と話す。


金属製タイヤについて説明するブリヂストンの担当者=5月、鳥取市

 一方、月面の環境を地上で再現するには限界もある。例えば月は、地上と異なり風や水による風化がなく、砂の形状はいびつでサイズもさまざま。さらに月面は地球の6分の1という低重力環境にある。タイヤに対して砂がどのように振る舞い、影響を与えるかは十分に分かっていない。
 月面環境に詳しい小林泰三(こばやし・たいぞう)立命館大教授(地盤工学)は、車輪をつり上げて6分の1の荷重を再現し、月の模擬砂の上を走らせる実験に取り組んだ。地上では問題なく走行した。
 だが急降下する航空機という環境を利用して、全体の場にかかる重力を月と同様の6分の1にする実験では、車輪は砂に沈み込み、走行できなくなってしまった。「月の砂の性質や、低重力の影響をいかに考慮するかが重要だ」と指摘する。
 月面でタイヤが故障し、探査車が走行不能になれば、搭乗する飛行士の命に直結しかねない。ブリヂストンは、コンピューターを使った月面のシミュレーションにも取り組み、設計に反映させる方針だ。


ブリヂストンの金属製タイヤ開発チーム=5月、鳥取市

 同時に、開発する金属製タイヤを搭載した試験用の無人探査機を事前に月に送り込む機会も模索するといい。こう意気込む。「過酷な環境下での安心安全と、断トツの走行性能を提供する」

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