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「あなたの話無料で聞きます」名古屋駅前にたたずむ男性の正体は? 悩みや自慢受け止める日々、他人だから話せる胸の内

47NEWS / 2025年1月15日 9時0分

名古屋駅前の路上で「聞き屋」として活動する水野怜恩さん(仮名)=2024年11月、名古屋市

 オフィスワーカーや観光客が多く行き交う夜の駅前の路上で、人の話に耳を傾ける男性がいる。傍らには「あなたの話無料で聞きます」と書かれた看板。水野怜恩(みずの・れおん)さん=仮名=は、2017年から名古屋駅前で「聞き屋」として悩みや自慢を受け止めてきた。足かけ7年半のキャリア、その理由を聞くと「アドバイスはしない」「惰性で続けている」とひょうひょうとした様子だ。延べ約7100組の「他人」と向き合う中で感じた人とのつながりとは。(共同通信=平等正裕)

▽「誰かの背中を押したい」


誘い文句が書かれた看板

 水野さんは元々会社勤めだったが、退職しさまざまな職を転々とした。占いにのめり込んだ時期もあり、偶然訪れた飲食店で隣に座った人から、聞き屋の活動のことを教えられた。「専門的な知識はない自分でも、誰かの背中を押すことができるかもしれない」と名古屋駅前の花壇に座るようになった。先入観を持ってほしくないと、本名や年齢は明かしていない。

 聞き屋をする日はどこからともなく自転車で現れる。アルバイトをしているため、スタートはだいたい午後7時半ごろからだ。X(旧ツイッター)で活動を告知するが、自分から通行人を呼び込むことはしない。話しかけられる頻度はまちまちで、一気に5、6人が訪れ、人の輪ができる時もあれば、数時間待っても誰からも話しかけられないこともある。


水野さんが活動の告知や報告をするX(旧ツイッター)のアカウント

 道行く人から不思議そうに見られることには慣れたが、酔っぱらった人に絡まれるのは今でも苦手だ。真冬には服を8枚着込み、人が来ない間はスマートフォンを見て時間をつぶす。付近の建物の照明が消える午後11時ごろまでに引き上げ、帰宅後にその日に聞いた話をノートにまとめることを習慣にしている。

▽聞くのは好き、話すのは苦手


聞き取った内容を記しているノート(本人提供)

 持ちかけられる話はさまざまだが、恋愛や仕事の悩みが多い。10代の女性が「浮気されたんだよね」と愚痴を言うと、水野さんは「(男性は)いくらでもいるよ」と事もなげに返した。自分から話すのは苦手だといい、具体的なアドバイスや意見を伝えることはほとんどない。
 20代の男性エンジニアが、立ち上げた会社をたたみ、アメリカのシリコンバレーに向かうと熱く語ると、「すごいですね」と相づちを打った。別の日に訪れた相模原市の30代男性には「17万キロ走った車を売ろうか迷っています」との話に「地球4周分ですね」と応じた。男性は続けて人間関係や以前の職場の悩みを打ち明けた後、「直接話せて良かった」と笑顔で去っていった。重い内容の相談を持ちかけられることもあるが、「あくまで他人」と深刻に受け止めないようにしている。

▽悩みと模索「別の何かを」


訪れた人と会話する水野さん。暖かい時期の方が足を止める人は多いという=2024年4月

 差し入れは受け取るが、お金はもらわないと決めている。ここ数年は年300日聞き屋として活動した。続ける理由を知りたいと質問を重ねたが「惰性です」とかわされた。ただ、新型コロナウイルス禍が収束した後に訪れる人数が減ったことには「みんな自分のコミュニティーができたのかもしれない」と寂しさを口にした。
 「進学や就職の話を聞き、自分も別の何かに取り組むのもいいかなと思いました。いろいろな人が自分の元に来てくれて、救われた部分もあったのかもしれません」
 リピーターも増え、おなじみの存在になりつつあったが、2024年は活動頻度を減らす決断をした。

▽家族でも、友達でもないからこそ


日によってはなかなか話しかけられないこともあり、スマートフォンで時間をつぶすこともしばしば=2024年11月

 2024年11月下旬の平日、久々に水野さんを訪ねた。この年の活動回数は例年と比べて大きく減った。空いた時間で旅行などを楽しんだほか、何とインフルエンサーがプロデュースするアイドルグループのオーディションにも挑戦したという。結果は最終選考で落選だった。
 「ステージに立ってみたい気持ちがあって、ちょうど新しいことを探している時だったので受けてみました。審査員にもいじってもらって、ウケは良かったのですが、歌やダンスのパフォーマンスでは力不足でした。やらずに後悔するより良い経験になりました」
 この夜は午後8時過ぎから午後11時までの3時間に、記者(私)を含め4人が水野さんと話をした。最後に足を止めた20代の女性は約1年半前から月1回の頻度で通う常連だ。なぜ通い続けるのか理由を聞くと、悩みながら答えてくれた。
 「言い表すのは難しいですけど、家族でも友達でもないからこそ、言わなくてもいいようなことでも何でも話してしまうんです。楽しい話も、悩みも。聞き上手でつい話してしまう。だからまた来たくなる」
 週末まで続く仕事の研修がハードだと打ち明ける女性の話を、相づちを打ちながら聞く水野さん。話題が女性の転職活動の状況に及ぶと「週休3日の仕事があったら私にも紹介してください」と頼んでいた。


活動を終え自転車で帰宅する水野さん。記者(私)の話も帰宅後にノートに書き留めてくれたようだ=2024年11月

 水野さんは接客や販売業を中心に就職活動に取り組み、いくつか内定を得たという。「コミュニティーというか、人との関わりは大事だと思うんです。聞き屋での人の関わりも大事ですが、やはり職場というコミュニティーにも入ってみたいと思っています」
 本格的に働き始めれば聞き屋を続けにくくなる可能性もあるため、慎重に検討している。2024年の活動回数は130回。「働かなくてもいいならもっとやりたいんですけどね。結局聞き屋が好きなんだと思います」。迷いながら駅前に座る水野さんの前で今夜も誰かが足を止める。

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