〝矢印〟は常に自分へ。8シーズンで七タイトル、鬼木監督が川崎フロンターレに残したもの 責任感、謙虚さ、「サッカーを楽しむ」―。常勝街道のルーツをひもとく
47NEWS / 2025年1月14日 9時30分
2024年12月8日の等々力の空は川崎フロンターレのチームカラーと同じ美しい青色をしていた。2017年から8シーズン率いたチームを離れる鬼木達監督(50)のラストマッチ。クラブに七つの国内主要タイトルもたらした名将は福岡を3―1で下して、J1通算159個目の白星をサポーターへ届けた。澄み切った空の下、響き渡る「鬼木フロンターレ」の大声援。誰からも愛され、尊敬された監督。その矢印は常に自分自身へ向いていた。(共同通信 岡田康幹)
▽監督の仕事は「決断できること」
J1で2連覇した鬼木達監督=2018年11月、ヤンマースタジアム長居
就任1年目に悲願のJ1初制覇を果たすと、常勝街道を突き進んだ。2018、2020、2021年もリーグを制し、2019年はYBCルヴァン・カップ初制覇。2020、2023年シーズンは天皇杯全日本選手権で頂点に立った。無冠に終わった2022年もJ1で最終節まで優勝を争っての2位。しかし、勝ち続けてきた監督とクラブにとって、2024年はまさに不遇の年だった。
天皇杯を初制覇し、G大阪・宮本監督とタッチを交わす鬼木監督(中央)=2021年10月、国立競技場
2月に大目標としていたアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)で敗退。J1は中位から下位に低迷し、カップ戦も落とした。三笘薫(ブライトン)や守田英正(スポルティング)らここ数年は主力の海外移籍が相次ぎ、今季も途中で数人が海を渡った。けが人も続出。愚痴の一つや二つくらい出てもおかしくない状況で、口から出てくるのはいつも「自分の力不足」という言葉だった。
「たとえば選手がミスしてもそれを選んでいるのは自分。これができて、これができていないというのも分かっていて使っている。結局最後は自分の判断。決断できるのが仕事じゃないですか、監督って」
4度目のリーグ優勝を決め、喜ぶ鬼木監督(中央)と川崎の選手たち=2021年11月、川崎市等々力陸上競技場
その強い責任感はいつからあるのか。「どんどん、どんどんそうなってきているかもしれないけど、最初から『人のせいに』とかはない。そこからは何も生まれない」
▽部員数が足りず大会に出られなかった中学時代
優勝を決め、写真に納まる鬼木監督=2021年11月、等々力
古い記憶をたどってもらうと、千葉・坪井中時代の経験を語ってくれた。船橋市の公立中学校で、決して強豪ではなかった。同学年の部員は11人を下回り、1年生大会には出られなかったという。顧問はサッカーの専門ではなかった。「そういうもののせいにしてもしょうがない。だから自分のやれることをやった。練習メニューも自分が決めた。ポジティブに捉えながらやっていた」と懐かしむ。できない理由を周りに求めない人格がはぐくまれていった。
千葉・市船橋高、Jリーグの鹿島を経て、選手として川崎の地を踏んだのは1998年。「最初はフロンターレの和気あいあいみたいなのが少し許せないぐらいの感じだった」。勝負に徹する姿勢は伝えていった。同時に「フロンターレにはフロンターレの良さがある」とチームカラーを大切にすることも忘れなかった。川崎のユニホームを脱いだ翌年の2007年に普及・育成部コーチに就くと、トップチームコーチなどを経て、2017年に監督に就任した。
天皇杯で3大会ぶり2度目の優勝を果たし喜ぶ鬼木監督=2023年12月、国立競技場
どんなに勝利を重ねても謙虚さを失わなかった。この8シーズンでチームに残してきたと誇れるものを問われると「姿勢」と答えた。「いろんな人に評価していただくのは当然うれしいけど、近くにいる、いつも自分を見ている人たちにいい影響を与えられる人間ではいたいとは思っているので」。その人柄と姿がクラブの礎を築いた。
▽川崎の背番号11が語る、名将の「遺産」
勝利した試合後にタッチを交わす鬼木監督(右)=2020年11月、等々力
鬼木監督がトップチームコーチに就任した2010年に加入し、15年間にわたって苦楽をともにしたFW小林悠。最も薫陶を受けた一人である背番号11のストライカーは12月8日の最終戦でゴールネットを揺らし、鬼木監督と抱擁した。試合後、名将の「遺産」をたずねられると言った。「人のせい、物のせいにしない。自分としっかり向き合い、まず自分に矢印に向ける。そうやって成長してきたチーム。個人的にもオニ(鬼木)さんと出会って、そういう人間に近づけたかなと思っている。そこは若い選手にも伝えていかなきゃいけない」
試合で指示を出す鬼木監督=2022年10月、等々力
もう一つ、鬼木監督が選手に言い続けたのはサッカーの原点でもあること。今季J1で19得点を挙げて飛躍を遂げた山田新は「サッカーを楽しむことは毎試合言われたし、一番学んだこと。そこを一番に持っている人なので、球際の戦いも楽しむということを言われる」と明かした。山田の言葉を伝え聞いた鬼木監督は「本当に、楽しむことが自分の中で勝利に近づくと思っているので。サッカーだけでなくて五輪を見ていても、楽しんでいる人たちってなんか躍動するじゃないですか」と笑った。
川崎での最後の一戦を終えて臨んだ記者会見。目を赤くしながらも、晴れやかな表情を浮かべた鬼木監督は、自身が去った後のチームへの思いを述べた。「監督が代わっても楽しむ気持ちは忘れずにやっていってほしい。そういうものがフロンターレの伝統になっていってくれたらうれしい」。その口調は優しく、温かみを帯びていた。
× × ×
鬼木達(おにき・とおる) 1974年4月20日生まれ。4度のリーグ制覇はJ1監督歴代最多。2025年は鹿島の監督に就任。千葉県出身。
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