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集団行動は避難訓練だけ、いつどこで誰と何をしてもOK。障害のある子もない子も自己肯定感を育む場に 0歳を見守る5歳、それに寄り添う職員―申し込み殺到のインクルーシブ保育園を訪ねた

47NEWS / 2025年2月3日 9時0分

インクルーシブ保育園の園長と園児=2024年11月

 子育て世代の間で「インクルーシブ保育」が注目されている。障害の有無や国籍の違いにかかわらず、全ての子どもが同じ環境で育ち、個性や多様性を尊重する保育のことだ。90人の定員は埋まり、常に数十人が空きを待っている人気の保育施設があると聞いて訪ねてみた。保育園での集団行動は避難訓練だけ。「どこで誰と何をして過ごしても良い」という。施設ができた背景には、10年ほど前に近くの町で起きた障害者を巡る事件があった。「差別を乗り越えるにはどうしたらいいのか」。経営者がたどり着いた考えを形にしたこの保育園は、子どもたちが生き生きとし、自己肯定感をはぐくむ場となっていた。(共同通信=禹誠美)

※筆者が音声でも解説しています。「共同通信Podcast」でお聴きください。

 ▽子どもが意のままに過ごす


カミヤト凸凹保育園の入口=2024年11月

 目的地は、神奈川県厚木市の認可保育所「カミヤト凸凹(でこぼこ)保育園」。小田急電鉄小田急線の本厚木駅からバスと徒歩で約30分の、工場や住宅に囲まれた静かな地域にあった。
 2019年に開園した。名称には、子どもの「凸(長所)」に注目し、誰もが持つ「凹(短所)」をみんなで埋め合うという意味が込められている。発達障害のある子や外国にルーツのある子も通う。障害児通所施設を併設し、インクルーシブ保育を実践する。

 カミヤト凸凹保育園に入って目に飛び込んできたのは、全周100メートルほどの半屋外の回廊。園児がぐるぐると走り回れる造りになっている。回廊を囲むように保育室が並び、全ての部屋がガラス張りで外から見える。


回廊を走る園児(カミヤト凸凹保育園提供)

 園長の瀬山さと子さん(62)は、調理室の前のカウンターを指さした。「ここで給食を食べても良いんですよ。オープンキッチンになっているので、調理師さんの姿も見えるんですよね。園庭にあるあずまやで食べてもOK。自分の好きなタイミングで、園内のどこで食べても良いことにしています」
 この日は、年に1度のキッチンカーが訪れる日だった。5歳児クラスの女児2人が唐揚げ弁当を選んで遊戯室で仲良く食べていた。

 事務室の並びには、障害児通所施設の「カミヤト凸凹文化教室」がある。発達障害や知的障害、肢体不自由など障害のある18歳までの10人の子どもが、日常生活に必要な基本動作や生活能力向上のための訓練(療育)を受けながら、保育園児と共に過ごしている。
 文化教室の子どもと、カミヤト凸凹保育園の子どもはお互い自由に行き来している。カミヤト凸凹保育園にも発達障害や、診断は受けていないもののいわゆる「グレーゾーン」と呼ばれる子どもは複数いる。他の子どもと分け隔てはしない。

 瀬山さんにカミヤト凸凹保育園の特色を聞くと、驚くべき回答が返ってきた。「基本的にどこで誰と何をして過ごしても良いんです。一斉にみんなで行う集団行動は、避難訓練ぐらいでしょうか。訓練も嫌だという子は無理には促さず様子を見ます」。散歩は行きたい場所に行きたい子を誘って行く。5歳児が0歳児クラスの部屋で遊ぶことも日常的に見られ、園児が意のままに過ごしている。

 ▽全職員で全園児を見守る


園庭のあずまやで遊ぶ園児(カミヤト凸凹保育園提供)

 園児一人一人が好きなように過ごせば、担任の保育士はクラスの統率が取れず、負担が増えるのではないか。

 カミヤト凸凹保育園では、非常勤を含め約25人の保育士ら職員が勤務している。担任などの役割に関係なく全ての職員が全ての子どもを見守っている。0歳児クラスの部屋に5歳児が遊びに来れば、0歳児の担任がその子も見るといった形だ。
 「一般的な保育園のように1人で20人以上の子どもを見る経験もしてきましたが、その方がはるかに大変でした」と瀬山さんは笑う。

 職員は自分の指示に従わせるのではなく、子どもたちのやりたいことに寄り添う。そうした結果、子どもの主体性が育つ。「5歳児が、赤ちゃんの口に入ると危ない小さなおもちゃを見つければ、自発的に手の届かない場所に移動させるようになったりするんですよ」


異年齢の子どもたちが共に過ごす(カミヤト凸凹保育園提供)

 低年齢の子がお兄さんやお姉さんの姿を見て刺激を受け、できなかったことができるように。障害のある子も同様に、自己肯定感の醸成につながる。瀬山さんは「子どもたちを信じ、職員のことも信じています」と話した。

 ▽きっかけは相模原障害者施設殺傷事件


カミヤト凸凹保育園を立ち上げた社会福祉法人「愛川舜寿会」理事長の馬場拓也さん=2024年11月撮影

 カミヤト凸凹保育園を立ち上げたのは、社会福祉法人「愛川舜寿会」理事長の馬場拓也さん(48)。隣接する神奈川県愛川町で、特別養護老人ホームなどを運営する法人の2代目と畑は違った。きっかけとなったのは、2016年に隣の相模原市の知的障害者施設で起きた、多くの入所者らが殺傷された事件だった。

 馬場さんは「事件の衝撃が大きかった。障害者に対する差別を乗り越えるためにはどうしたらいいのか。子どもの頃から、障害のある子もない子も共に過ごせる環境が必要ではないかと思ったんです」と振り返る。保育事業の経験はなかったものの、全国の保育所に足を運び、2019年に開園した。

 保育事業(保育園)と障害児通所支援事業(放課後等デイサービス、児童発達支援)は制度が異なるため、通常別々に運営されることがほとんどだ。だが「障害のある子もない子も共に」という思いから通所施設を併設し、0~18歳までの長期間通える施設にした。

 ▽とてもユニークで、ユーモアのある存在


カミヤト凸凹保育園の園児=2024年11月

 馬場さんが園庭の木を眺めながら、自閉症スペクトラムの女の子のエピソードを話してくれた。
 「彼女がビールケースの上に登って、木の葉が風で揺れる様子をじーっと見ているんですけど、その姿がすごく良かった。まるで彼女には風が見えているようで。そういう感性や個性をつぶさずに、大事にしたいと思っています」

 一般的な保育園では、転落するリスクを考え、木に登れる足場になるものを撤去するだろう。対して、保育士が安全を確保しつつ、一歩引いて子どもの世界に干渉しないのがカミヤト凸凹保育園だ。

 障害を理由に別の保育園で断られ、厚木市外から転居して入園したケースもある。当初は口に土や葉を入れて気持ちを表現していた子どもが、意思や行動を尊重しながら過ごすことで、その子の意思が通じるようになり、保育士とも目が合うようになるなど成長が見られたという。

 馬場さんは「例えば障害のある子とない子にそれぞれAとBというラベルをつけ、同じ空間で保育するのは統合保育ですが、A+Bではなく、どの子もとてもユニークでユーモアのある存在だと捉える。いわばCという概念なんです」と強調する。「良い保育とは、小学校に上がって先生に花丸をもらえる子にすることなんでしょうか。親以外からも愛されていると実感でき、自分、そして他者を認められる感性が育まれることではないでしょうか」と語る。
 瀬山さんも「ここで育ち、巣立っていった子どもたちが、学校に通い、社会に出て、人生を終える時に『幸せな良い人生だった』と思えるように自分らしく生きていってくれたら」と話した。

 ▽保育受ける障害児10年で倍増


部屋はガラス張りで外から見える(カミヤト凸凹保育園提供)

 こども家庭庁によると、2022年に障害児を受け入れた保育所は全国で約2万2千カ所。保育を受けた障害児は約9万3千人で、共働き家庭の増加などを背景に、10年前と比較して倍増している。障害の有無にかかわらず、全ての子どもの育ちを支える環境の整備が課題となっている。国は障害児のニーズに応じた専門的な支援とともに、インクルーシブ保育を推進している。

 例えば、児童発達支援事業所などに所属する、専門的な知識を持った支援員が保育所などを訪問し、子どもの困り事を分析した上で、訪問先の保育士や保護者らにアドバイスする「保育所等訪問支援」について、2024年度から、重い障害のある子どもを対象にした場合に、事業所に対する障害福祉サービスの報酬を加算した。
 また、これまでは保育所の保育士と、障害児専門の施設である児童発達支援事業所の保育士らが別々に保育や療育を行っていたが、両者が併設している場合、カミヤト凸凹保育園のように、保育士や園児同士の交流、保育室の共用などが可能になった。

 こども家庭庁はインクルーシブ保育や、地域でのインクルージョン(包括)推進の取り組みに関する全国調査に乗り出した。今後、良い事例を収集し、発信したい考えだ。担当者は「それぞれの子どもの特性に応じた育ちの支援を行うことが重要。地域の関係機関が連携・協働して必要な支援につなげられるよう、環境を整えていきたい」と意気込んでいる。

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