70歳以上の伝説級アニメーターが集結! かつての『ドラえもん』チーム中心に木上益治さんの遺作をアニメ化
ASCII.jp / 2024年3月24日 15時0分
〈前編はこちら〉
“アニメを作る自分”を見つめ直す事件が起きた
京都アニメーション放火事件で亡くなられた不世出のアニメーター木上益治さんの絵本『小さなジャムとゴブリンのオップ』が35年の時を経てアニメ化される。
前編に引き続き、アニメ制作を手掛けたエクラアニマルで作画監督を務める本多敏行さんに、社会に大きな衝撃を与えた“2つの事件”を経て“再始動”したアニメ化企画、そして木上さんとの思い出をたっぷりうかがった。
◆
まつもと 前編では、木上さんたちと駆け抜けた青春の日々を語っていただきました。今回は絵本完成後に木上さんが故郷に戻ってからのエピソード、そして数十年ぶりに再始動したアニメ化についてうかがいたいと思います。
本多 第1話にあたる絵本が完成した後、知り合いを通じてテレビ局に話を持って行ったものの、「お話は良いけれど、今の流行りじゃないから温めておいて」と丁寧にお断りされてしまいました。
仕方ないので少しでもキャラを広めようと名刺に絵本のキャラを貼り付けたりしているうちに、連続幼女誘拐殺人事件が起きたのです。犯人の部屋にはアニメのビデオがいっぱいあると報道があったりして、その頃から『アニメってあんまり社会の役に立ってないのかな』と悩みました……。
まつもと 1988年から1989年にかけての事件ですよね。当時のアニメ業界はターゲットを子どもオンリーではなく、もっと幅広く取ろうと試行錯誤していた時期だと思います。
本多さんたちが絵本原作の子ども向けアニメを提案して断られてしまったのも、そうした潮流の影響を受けた結果かもしれません。そんな状況のなかで、重大事件の犯人がアニメ好きだと大々的に報道されてしまうのはショックだったと想像します。
宮崎勤の事件ではアニメ、特に年齢層を上げた作品が事件を引き起こしたのではとメディアが騒ぎ立てた結果、オタクがすごくネガティブなイメージになってしまいました。本多さんにとっても、あの事件は大きな転機になったのでしょうか?
本多 自分はもともと(子ども向けの)三頭身キャラのほうがやりやすいと感じていたので、年齢層が高めの作品はあまり手掛けていませんでした。
とは言え、自分がやっている仕事について考える1つのきっかけではありましたね。それまでは『楽しく絵を描いてメシが食えりゃいいや』だったのが、作っているものが世の中にどんな影響を与えるのか……ちょっと心配になりました。
それでもしばらくして、「やはり我々は子どもが喜ぶアニメを作りたい。テレビがだめなら自主制作でやってみるか!」ということで、福音館書店に向かったんです。
あの人気絵本を自主制作でアニメ化! 上映イベントも
まつもと えっ、なぜ出版社に?
本多 娘のいる同僚が、「保育園では『だるまちゃんとてんぐちゃん』という絵本シリーズが大人気で、どこの園にも置いてある」と言うので、出版元の福音館書店に許諾をもらいに行ったんです。
すると若い担当者が、「アニメになる!? OK!」とすぐ許諾をくれまして。もっとも、その担当者は後日、「お前簡単にOKなんて言うな」と上司から怒られたそうですが(笑) そんなこんなで加古里子(かこさとし)さんの『だるまちゃん』シリーズを自主制作でアニメ化したんです。完成は1995年でした。 ※編註:現在は加古さんからの著作権許諾の期間は終了しています。
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だるまちゃんとてんぐちゃん加古 里子福音館書店
まつもと それは福音館書店さんがスポンサーになったということですか?
本多 いえ、スポンサーではなく原作者の加古さんからの許諾をいただくうえで、ご紹介してもらったかたちです。スポンサーはいません。完全に自費・自力でやってます。
さらに年に一度、西東京市のこもれびホールを借りて「百円劇場」というイベントを始めました。300人入るホールの使用料が3万円だったので、1人100円取れば会場費は賄える計算です。10年くらい続いたかな。そこでは自主制作したアニメ『だるまちゃんとてんぐちゃん』の上映はもちろん、人形劇やコントまでやりました。
それでわかったのは、要するに子どもたちは必ずしも人気のものに飛びつくわけじゃなくて、近くで見せてくれる人がいれば意外と見て楽しんでくれる、ということでした。
木上さんが描いた絵本はまるでフィルムブック
まつもと 上映イベントまで手作りしたのですね。その後、あにまる屋からエクラアニマルに社名変更した後も自主制作で何作も手がけていらっしゃいます。その流れで『いつか木上益治さんの絵本もアニメ化しよう』と構想を練り続けたのですね。
本多 またチャンスが来たらやろうと。
まつもと 子どもが喜ぶものを、ということですよね。
本多 ええ。前述したように、あの絵本はアニメ化を想定して描いていますから。通常の絵本は文章がメインで、基本は頭の中で場面を想像させるような体裁ですよね。でも木上くんの『小さなジャムとゴブリンのオップ』の絵本はアニメ的で、コマを割ってストーリー順に絵が並んでいるんですよ。
まつもと まるで原画を連ねたフィルムブックのようですね。印刷もかなり凝ってます。ちなみにどのくらい刷ったのですか?
本多 全部で1000冊です。「アニメ化しませんか?」とあちこちに配ってスポンサーを探しました。
まつもと 巻末には、「テレビやビデオの作品を中心に制作しているけれど、内容の評価となると視聴率や売上でしか判断する方法がない」と記されていますね。アニメ化を想定して作られていることがわかります。ここから35年が経ち、京都アニメーション放火事件をきっかけにアニメ化が再始動したと。
本多 そうですね。悲しい事件で複雑ではありますが、皮肉なことに1つのきっかけではありました。
その間もイベント上映だけでなく、保育園に『だるまちゃん』のフィルムを持って行って鑑賞会を開いたりしました。意外と子どもってちゃんと見てくれるんです。テレビと違って反響・反応がすぐにわかるので、私たちも『この試みは面白いな』と病みつきになりました。
まつもと 絵本って実はずっと安定して売れ続けているんですよね。子ども向けの漫画雑誌が厳しい一方、絵本は親が読み聞かせるという需要があるので市場が残っています。
本多 今回の『小さなジャムとゴブリンのオップ』も、絵本が持つ“読み聞かせる”というニュアンスは壊さないように作っています。
まつもと そういえば、自主制作アニメのキャラ着ぐるみも作られたとか。
本多 昔ゴジラの着ぐるみを作っていた人が手掛けてくれたんです。イベントに着ぐるみを持って行ったら、「これは誰が作ったの?」と聞かれたので、「品田さんが」と答えたら、「えっ、品田冬樹が作ったの!? すげー!」と。コアな特撮ファンにも喜ばれるんですよ。
「木上に描けない絵はない」 スタジオジブリから“助っ人要請”も
まつもと シンエイ動画~あにまる屋での木上さんは子ども向けのアニメを主なフィールドとされていましたが、京都アニメーションが作る作品はもっと上の年齢層を狙って作られていましたね。
本多 我々の周りでは「木上に描けない絵はない」って言われるくらい上手で、フランク・フラゼッタそっくりのイラストも描けちゃうほどだったんです。だからジブリから「手伝ってくれ」と直々に声を掛けられて“出稼ぎ”に行ったこともありました。『AKIRA』もそうですね。
まつもと 木上さんが京都アニメーションに所属してからも親交はあったのですか?
本多 ええ。とは言え、京都に用事があったら一緒に飲みに行くぐらいでした。たとえば1990年代に『Freakazoid!』という米国アニメのオープニングをあにまる屋で作ったのですが、そのプロデューサーの1人が『必殺仕掛人』のセットを見たいというので京都に連れて行った帰りとかに。
ちなみにそのアニメ、製作総指揮がスティーヴン・スピルバーグで、私はワーナーのパーティーであいさつした覚えがあります。横に大柄のボディーガードがずらりと並んでましたよ。
……たぶん木上くんには“子ども向けをやりたい”という気持ちがあったと思うんです。でも当時はテレビ局やスポンサーが求めるものは違っていたのでね。
まつもと 残念ながら、時代が“子ども向けを作るという機会”を与えてくれなかったのですね。
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子どものときに何を見るか?
まつもと 1989年の宮崎事件を経て、子どもが喜ぶものをという思いから自主制作アニメを作ったり、鑑賞会を開いたりといった活動をされてきたなかで35年が経ち、今度は放火事件が起こりました。
そして2つの事件の犯人はどちらも、もともとはファンだったわけです。すごく愛情があったはずなんだけれど、いつしかそれが歪んでしまい、前者はその矛先が子どもに向かったのかもしれず、後者は作り手に向かったのかもしれません。
良いものを作るからそれを好きになってくれる。でも受け手がそれに依存した結果、歪んだ形・行為におよんでしまうこともある。この2つの事件を僕たちはどう受け止めたら良いのでしょうか?
本多 アニメの影響だけではないと思うんですよね。我々としてはそう思いたい。だけど、アニメが与えている影響もあるなと思ったとき、じゃあ人間はアニメをいつから意識するかと言えば、やはり子どものときですよ。
だから子どものときに何を見るかがすごく大事だなと。具体的にどんな作品が良いかはわかりませんが、人生に大きな影響を与えるはずです。となると、子どもに向けて作品をどう見せるかというのは、私たちがテーマの1つとして取り組むことなのかなと。
まつもと ちょっとうかがいにくい話なのですが、放火事件のことを知って本多さんはどう感じられましたか。
本多 まずあれだけの人が一度に亡くなったことがショックだし、アニメーター仲間から(木上くんも亡くなったことは)だいぶ早い時期に知りました。
主なスタッフは70歳以上。かつての『ドラえもん』チームが集結
本多 それがきっかけになって、試行錯誤のうえ、「じゃあ昔の仲間で作らないか?」という話になったのです。ただ、すでにあちこちへ散らばってしまい今さら呼べないし、どうしようかと考えた結果、メインスタッフは70歳以上で固めました。古今のいろんな作品を経験していますし、動きも昔風のアニメの雰囲気を出せますからね。
まつもと スタッフの詳細は公表されていますか?
本多 一応、基本は『ドラえもん』のチームです。シンエイ動画が近いので。芝山努さんに監修してもらって、原画が進藤満尾さんと私、そして『ドラえもん』の作監・中村英一さん、映画シリーズで作監をやった富永貞義さん。そして、「俺が手伝ってやるよ!」と湖川友謙さんが手を挙げてくれました。
中村さんと富永さんはすでに引退していますが、このために手を貸してくれました。そしてこのスタッフ構成のメリットはもう1つあって、それは中国での『ドラえもん』人気です。
まつもと なるほど。“かつての『ドラえもん』スタッフが手掛けている”という話題性ですね。
本多 制作資金を出してくれたのは中国のIT企業「ジーフー」で、“制作過程を取材させてほしい”というのが条件だったんです。そこで、中国で一番人気のある日本人ドキュメンタリー作家・竹内亮さんが来日して現場を撮っています。キャンピングカーに乗ってあちこち取材にも出掛けているようですよ。
さらに声優さんは松本梨香さん、山口勝平さん、柳沢三千代さん、そして俳優の吉野悠我さんにお願いしました。
「自分で感じ、考えて行動すること」の大切さを知ってほしい
まつもと 最後に2つおうかがいします。まず、子どもたち、あるいは親御さんにこの作品をどんなふうに楽しんでもらいたいか。そして、今も日々描いているアニメーターに向けたメッセージがあれば。
本多 木上くんの描いたテーマは、“子どもが自分で感じて考えて行動するという姿勢”なんです。だから、できれば子どもたちにもアニメの主人公・ジャムと同じように、感じて考えて行動するという経験をしてもらいたい。……木上くんは当時20代でこのテーマを描いているんですよね。
まつもと 最初のページにも「ジャムはいつもそう考えていました」とあります。自分で感じて考え、行動することで解決に向かっていくストーリーなんですね。
本多 主人公は、魔法がまだ使えない魔法使いの子どもです。友達と関わるなかで『魔法が使えれば便利なのに』と悩むんだけれど、おじいちゃんには、「魔法を使うためにはお前がもっと力をつけて勇気を持て」とか言われるわけです。それで『勇気とは何だろう?』と考えていくなかでさまざまなことを体験していくお話なんですね。
だから子どもたちには、「(自主的に)感じて考えて行動する」ことの大切さを伝えることができれば良いなと思っています。そしてアニメーターの方々には……特に言うことはない(笑) みんなそれぞれ好きなことをやっているわけだし。ただ、エクラアニマルで働いている我々はこういうのが好きだから、もしこういうのが好きな人は一緒に手伝ってくれるとうれしい。
今でもアジアには“子ども向けアニメ市場”がある!
まつもと 子どもを喜ばせるアニメというのは、残念ながら今の日本ではマーケットが小さいのですが、まだアジアは中国をはじめとして子どもも多いわけで、今後エクラアニマルさんの試みはいろんな国から注目されていくでしょう。
……というのは、アジアで子ども向けと言うと、これまではやはり3DCGアニメだったのですが、最近は食傷気味になっているので。
本多 中国は特にそうですよね。アメリカも、最近ちょっと3DCGの感じが変わってきました。だから、たぶんちょっと飽きてきたのかなと。
まつもと 今日のテーマからは外れますが、世界的に潮目が変わってきたのかもしれません。つまり、三頭身キャラが自在に動く作品を得意とするスタジオやアニメーターにチャンスが巡ってくるんじゃないかと。本日はありがとうございました!
〈前編はこちら〉
筆者紹介:まつもとあつし
IT・出版・広告代理店、映画会社などを経て、ジャーナリスト・プロデューサー・研究者。NPO法人アニメ産業イノベーション会議理事長。情報メディア・コンテンツ産業に関する教育と研究を行ないながら、各種プロジェクトを通じたプロデューサー人材の育成を進めている。デジタルハリウッド大学院DCM修士(専門職)・東京大学大学院社会情報学修士(社会情報学)。経産省コンテンツ産業長期ビジョン検討委員(2015)など。著書に「コンテンツビジネス・デジタルシフト」(NTT出版)、「地域創生DX」(同文舘出版)など。
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