キーボードとマウスをつなぐDINおよびPS/2コネクター 消え去ったI/F史
ASCII.jp / 2024年5月6日 12時0分
初期のPCでは必須だったのに、今では存在しないコネクターとI/Fの代表例がキーボードで、これにマウスが続く格好だろうか。もっともこれアーキテクチャーによっていろいろ違うのだが、今回はIBM-PC系列の話である(Macintoshはまた異なるし、日本のPC-98シリーズもいろいろ異なる)。
DINコネクターを採用した IBM-PC標準装備のキーボード
初代のIBM-PC(IBM Model 5150)の場合、ユーザー入力デバイスはキーボードのみだった。まだマウスはこの時点で世間的には普及していない("Mouse"と名付けられたデバイスそのものは1965年に、Douglas Engelbart博士によって発明されている)が、これがPCの世界に入ってきたのは1985年にMicrosoftが初代のMicrosoft Mouseを発売してからだったと記憶している。
というわけで最初のIBM-PCにはキーボードのみが標準装備であった。当時のことなのでMS-DOSの上で動くアプリケーションだけだったので、そもそもマウスの必要性がなかった、という話でもあるが。
話を戻そう。初代のIBM-PCの場合、本体背面に5ピンのDINコネクターの形でキーボード端子が用意された。
DINコネクターの直径は15mmほどで、今の感覚ではかなり大きいのだが、当時からすればごく普通の大きさだった。5ピンの信号の内訳は最初の画像の下にあるように、ClockとData、それと+5VとGNDである。Keyboard Resetはなぜでこれを設けたのかわからないが結局使い道がなかったようでIBM-PC/XTからは廃され、ただのNC(No Contact)になっている。
さてそのキーボード、下の写真が全体の構成である。右下の赤枠で囲った部分がキーボードの制御部で、マザーボードの側にはKeyboard Logicが廃され、そこからキーボードのケーブル経由でキーボードと接続される。
そのKeyboard Logicが下の画像だ。Pin 1、つまりキーボードクロックはシステム全体のクロック信号(PCLK)につながっており、これを利用してデータの送受信を行なう。
右上にある74LS322(8bit Shift Register)はPin 2(キーボードデータ)から1bit単位でキーボードの押下データを受け取り、これを8bitに変換してi8255(PPI:Programmable Peripheral Interface)に送り出す。
i8255はi8080に合わせて投入されたCPUの周辺チップで、最大24本の外部入出力端子を持つ。このうち8bitをキーボードに割り当てているわけだ(別にキーボードだけに割り当てているわけではなく、他の周辺機器と共用だが)。
では一方キーボードの側は? というと、下の画像のようになっている。i8048というマイコンがキーボードマトリックスに接続され、ここで検知したキーボードの押下を元に、Dataoutピン(下の画像右下、i8048の17番ピン)からキーボードコードをシリアルの形で送り出している格好だ。
通信プロトコルそのものは、非常に単純なシリアルである。2 Start bit/1 Stop bit/No Parityで、データ8bitなので、1回の転送は11bitとなる。要するにRS-232-Cに近いのだが、違いはリファレンスクロックがあることだ。
RS-232-Cは連載758回でも説明したように、送信側と受信側で同じ送受信速度になるように調整したうえで、Start Bitを使ってタイミングを検出して同期を取る格好だが、キーボードではDataと同時に送られるClock信号の立ち下がりに合わせて送受信を行う形なので、はるかに同期が容易になる。方式としてはI2CとかSPIなどと呼ばれるものと一緒の仕組みである。
ちなみに上の画像は最初のIBM-PCのキーボード、つまり俗に83-keyと呼ばれるタイプの回路であるが、内部構造そのものはキーボードのモデルによってけっこう違いがある。のちにIBM-PC/ATの頃に出て来た101-Keyの回路が下の画像で、コントローラーそのものがMotorolaのMC6805に替わっている。
ただコントローラーになにを使おうが、要は11bitの同期式の通信をサポートしていれば問題なくキーボードとして利用できるわけで、これがその後のPC互換機のキーボードの標準になった。
なお一部のキーボードはケーブルが完全に着脱式になっており、この場合キーボード側にはAMPコネクターが使われていたが、これはあまり普及しなかった。
このキーボードI/F、IBM-PC/ATの登場で若干変更がある。具体的には以下が相違点となる。
- 通信方式が1 Start bit/1 Stop bit/Odd Parityになった
- 双方向通信になり、PCからキーボードへのコマンド送出(Keyboard Command)をサポートした
前者は純粋に通信方式の変更であり、IBM-PC/XTまでとIBM-PC/AT以降では通信の互換性がない。そこで過渡期にはこの2つの通信方式を切り替えるスイッチを設けたキーボードが出回った。後者も重要で、IBMの84-Key以降はキーボードの右上にCAPS/Scroll/NumLockを示す3つのLEDが追加されている。
この3つのLEDのOn/OffはPC側が制御するため、PCからキーボードに対してLEDのOn/Offを支持するコマンドを送れるようにしたわけだ。違いはそれだけであって、5pinのDINコネクターもそのまま引き継がれ、AT互換機もやはり5pinのDINコネクターを装備した。
新しい入力デバイスが登場
これに続くのがマウスの普及である。DOS環境であっても、Digital ResearchのGEMとかQuarterDeckのDESKviewなど、マウスを利用できる(というかマウスを前提にした)環境が出てき始めた。
またアプリケーションの中には、独自にマウスをサポートしたものもあった。これに関しては間違いなくApple ComputerのMacintosh(*1)が先駆者であり、もちろんその先祖はXEROXのAltoであるのだが、当時Altoの存在を知っていたユーザーなどほんの一握りであり、大多数のユーザーはMacintoshでGUIというものと、そこで使われるマウスという新しいツールを知ったとしてしまっても過言ではないと思う。
PCにおけるマウスの需要に対応すべく、MicrosoftはMicrosoft Mouseを1983年に発売する。当初発売されたのはRS-232-Cポートに接続するタイプで、シリアルマウスと呼ばれた。
これに引き続きMicrosoftは1986年頃に、Microsoft InPortなるI/Fカードとセットになったマウスも発売する。
シリアルマウスとの対比でこちらはバスマウスと呼ばれたが、バスマウスといっても実際にはマウスからポジションをシリアル通信で送っているので、本質的にはシリアルマウスと差がない。
違いは? というと、シリアルマウスの方は1本のシリアルで、マウスのX座標とY座標、それとボタンを押す/押さないの情報を順次送っていたのに対し、バスマウスはX座標用とY座標用、それとボタン1~3それぞれが別の配線になっており、全部の配線で並行して情報をシリアルで送っていたことだ。そのため、5chのシリアル通信を一気に処理できる専用チップがInPortのI/Fカードの上に載っている。
原理的には、シリアルマウスよりバスマウスの方が、より高頻度に位置情報やボタン情報を送れる分、反応が早いはずではあるのだが、まだゲームなどにマウスを活用する時代ではなかったので、現実問題として使い勝手にまったく差はなかった。
一部のビデオカードの中にはこのバスマウス用のI/Fを搭載したもの(例えば1989年に発表されたATIのVGA WONDER 1024 XL)も存在する。ただこうしたマウスの需要は、意外にPC互換機では立ち上がらなかった。
Windowsを使うには必須と言われても、Windows 1.0や2.0あたりは使い物にならないというのが正直なところで、どちらかといえばOS/2 2.0の方がまだマシ(ただしインストールが地獄)という感じだった。実際筆者もAT互換機で本格的にマウスを使うようになったのは1990年以降だと記憶している。
(*1) これもApple ComputerのLisaが先駆者というか、Alto→Lisa→Macintoshなのだが、Lisaも一部のマニアのみが知る機種であり、Altoとどっちが一般的なユーザー(≠Macintoshユーザー)にとって知名度が高かったか、よくわからない。
MiniDINコネクター、いわゆるPS/2が普及
話をキーボードI/Fに戻そう。5pin DINコネクターに替わり、6pinのMiniDINコネクターが採用されるようになったのは1987年だ。この年、IBMはPS/2シリーズのPCを発表するが、このPS/2で採用されたのが6pinのMiniDINコネクターである。
もっとも電気的およびプロトコル的にはAT用の5pin DINコネクターと互換性があり、純粋に機械的形状の違いのみである。だからこそ、5pin DINと6pin MiniDINを変換するようなコネクターを噛ませるだけで、従来の5pin DINのキーボードをそのまま使うこともできたし、逆に6pin MiniDINコネクターのキーボードを5pin DINのマザーボードに接続することも可能だった。
当初はそれほど普及が進まなかった6pin MiniDINであるが、Microsoftとインテルが共同で"Hardware Design Guide"(のちに"Hardware Design Guide for Microsoft Windows 95"に改称)という仕様をリリース。これに続き1996年には"PC 97 Hardware Design Guide"をリリースするが、この中でこの中でキーボードとマウスはこのMiniDINコネクターを使ったものにすることを提唱したことで一気に普及が進んだ。
IBMが偉かったのは、マウスに関しても同じ6pin MiniDINを使う規格にしていたことだ。構造的にはシリアルマウスなのだが、以後はこのMini 6pinがマウスの標準I/Fになった。この6pin MiniDINは、最初に導入したPS/2の名前を取って、PS/2キーボードやPS/2マウスとして呼ばれている。
1998年には"PC 99 System Design Guide"がリリースされ、この際には色分けも明確化された。PS/2マウスは明緑、PS/2キーボードは明紫になっているが、これは"PC 99 System Design Guide"で定められた色である。
キーボードとマウスのI/Fは、これでほぼ完成。2000年に入ると、もうバスマウスや5pin DINコネクターのキーボードは(保有して使っているユーザーはいただろうが)新品が店頭に並ぶことはほぼなくなった。
ちなみにIBM-PC/ATの5pin DINキーボードと、PS/2の6pin MiniDINキーボードでは、キーボードの側は単にコネクターの形状が変わっただけだが、PC側に若干の違いがある。IBM-PC/ATのオリジナルの場合、一度立ち上げた後でキーボードを抜くと、差し込んでももうキー入力ができなくなっていた。
これはPCとキーボードの間の通信プロトコルが、途中でキーボードが抜かれることを想定しておらず、一度抜いてしまうと同期がとれない(信号そのものはClock信号に同期する形で受け取れるのだが、どこがStart bitかを認識できないために、信号を正しくデータ化できない)という問題があった。
PS/2ではこれへの対応が行なわれており、PCを立ち上げたあとでキーボードやマウスのコネクターを抜き、再度差し込むとちゃんと使えるようになる。その意味では、ATのキーボードはPlug & Playには対応していなかったわけで、Plug & Playへの対応が主眼の1つだったPC 97 Hardware Design GuideでPS/2キーボードやマウスが必須になったのも当然と言えよう。
USBへの移行が進みPS/2の採用が減少
そんなキーボードとマウスのI/Fだが、USBの登場により、どんどんUSBへの移行が進んでいった。1998年にいきなりiMacでADBポートを廃し、強制的にUSBへの移行を行なったApple Computerは参考にならないが、AT互換機でもPS/2マウスとキーボードの端子がどんどん減ってきている。
筆者がこれまで触ってきたマザーボードで言えば、ASUSが2018年10月に発売したROG MAXIMUS XI HERO(WI-FI)には、PS/2キーボードとマウスのどちらでも接続できるポートが1つ用意されていたというのが最後で、その後はUSBのみになっている。
一応今でもPS/2キーボードやマウスは購入できる(Amazonなどで"PS/2キーボード"あるいは"PS/2マウス"で検索してほしい)が、すでにこれらに対応する新品のPCはないと言っても差し支えない状況である。その意味でも、過去のI/Fになってしまった、としていいだろう。
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