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日本唯一の35mmフィルム上映、特別な映画館で観るランティモス監督『憐れみの3章』

ASCII.jp / 2024年10月3日 18時0分

 日常から非日常への飛躍。映画にはそんな側面がある。それでは映画館は? これもまた日常からの飛躍だと思う。

 そう感じる理由は、大きなスクリーン、大迫力の音響、シートやコンセッションで購入できるフードやドリンクなど、作品への没入とその周辺にある体験を楽しむための施設だから。

 つまり、映画を観る特別な時間は、作品だけでなく日常を超えた場によってもたらされる場なのである。

デジタル全盛のいま、敢えてフィルムで楽しむ映画体験

 そんな映画館ならではの特別な体験をしたい人が知っておきたい劇場が東京・新宿にある。「109シネマズプレミアム新宿」だ。昨年春、東急歌舞伎町タワーの9F/10Fにオープン。合計8つのスクリーンを備え、そのすべてで音楽家・坂本龍一氏の監修による音響システム「SAION - SR EDITION -」を採用しているほか、コンセッションやラウンジなどが雰囲気を盛り上げてくれる。

 シアター3は立体音響技術のDolby Atmosに対応、シアター6は正面だけでなく左右の壁面に映像が投影されるScreenX対応のスクリーンとなっている。

 そして、忘れてはならないのがシアター8だ。デジタルシネマ全盛のいまこのスクリーンには敢えて35mmフィルムの映写機が設置されている。これはかつて新宿に存在した「新宿ミラノ座」時代に培った映画文化をこの劇場でも継承したいという思いからだという。新宿に思い出がある坂本氏からも、新宿にフィルム上映ができる映画館を残してほしいという要望があったそうだ。

シアター8の入口

 かつての映画館はフィルムで上映するのが当たり前だった。しかし、現在はデジタル上映が主流。国内では2010年ごろから一気にデジタル上映の波が高まり、多くの劇場がハードディスクや物理搬送自体が不要なDCP配信に移行している。しかし、フィルムの画にはデジタルとは異なる色合いや質感があり、その表現を好んだり、懐かしんだりする層も存在する。

 このフィルムならではの質感のひとつが「粒状感」だ。現代的なデジタルの鮮やかでノイズが少なく、つるっとクリーンな映像に対して、フィルムには映画ファンが古くから触れてきた少しざらついた質感である。これが作品の雰囲気をよく伝えるという人もいるし、映像にこだわりのある監督が、敢えてフィルムでの映像製作に取り組むといったムーブメントも生まれている。

日本で唯一、ヨルゴス・ランティモス監督の最新作『憐れみの3章』を35mmフィルムで上映

 そんな109シネマズプレミアム新宿では、現在(9月末の原稿執筆時点)、ヨルゴス・ランティモス監督の最新作『憐れみの3章』を35mmフィルムで上映している。この作品を35mmフィルムで上映する日本の映画館は、現時点ではここだけだそうだ。

 「愛と支配」をテーマにした3つの短編からなるオムニバス作品だ。異色でカルト的なストーリー展開に加えて、エマ・ストーンを始めとした出演俳優が、それぞれの短編に共通して出演して、まったく異なる役柄(人間関係)を演じているのが面白い。ストーリー自体は完全に独立しているのだが、赤青黄でまとめられた作品のキービジュアルによる統一感であったり、3作品を通しで観ることによる発見、共通性、つながりの示唆などもあるのも興味深いところだ。

 内容は非常に刺激的。少し難解で、きつめのゴア表現もあるが、筆者としては2時間45分と長い上映時間があっという間に過ぎているほど作品にのめり込んだ。

 内容の仔細については触れないが、ランティモス監督らしいとがった場面設定や、不穏でシニカルなユーモアがふんだんに盛り込まれたストーリー展開は見て飽きさせない。というか、劇場ならではの緊張感、没入感の中で一気に身終える(複数回観ればその分だけ気づきはあるが)のが圧倒的にいい作品に思えた。

フィルムで見る映画はレトロな懐古主義ではない

 ランティモス監督のフィルム撮影へのこだわりは並々ならぬものがあり、作品を初披露した第77回カンヌ国際映画祭では、全ての上映を35mmフィルムで実施したという。そんな特別な意味を持つ35mmフィルムでの上映を初日に109シネマズプレミアム新宿で体験してきた。

 上映の断り書きにもあるように、フィルム上映はコンディションによる影響を受けやすい。レコードなどと同様に物理的な傷やホコリなどの影響を受けることがあるし、音声もフィルムに書き込まれているので傷があれば音が飛ぶこともある。実際は、専門の映写技師が現場についているので問題になることは少ないと思うが、観る側もおおらかに構えたいところだ。

 フィルム上映ということで構えて席に着いたが、映像は非常にクリアで美しい。傷か何かだろうか、映写が始まってすぐに、少しだけ映像が乱れるシーンもあったが、あとはノイズらしいノイズはなく整った映像の世界に没頭することができた。音声も非常にクリアで、ここは普通の劇場にはない最新感を感じさせる部分でもあるので、「レトロ感のある上映」という印象は全くなかった。

上映に合わせて作品の世界に近づける展示が実施されていた。

 細かく見ると、解像度のせいなのか、フォーカスのせいなのか一般的な映画よりもエッジがほんのりとぼやける感じがあったり、色ノリに独特の風合いやグラデーション感があったりした。ノイズが自然に乗るので、リアルに近い感じも出る。

 しかし、ストーリーが進めばすぐにそういった部分を意識することはなくなり、作品世界に没頭してしまうことになるだろう。それが自然だし、そういうストーリーに魅力のある作品こそが素晴らしい作品であると言えるだろう。

 細かく観れば、デジタル上映との違いは多くあるだろうが、目くじらを立ててその違いを追いかけるよりも、フィルム撮影(とフィルムに上映されること)によって製作者が表現しようとしたことは、それがしっかりと伝わるようにプロがしっかりと整えた環境で再現されているはずだ。観客はそれを率直に受け止めて行けばいいのだと思う。

 この作品には劇場で観る意味が大いにあるし、その結果として意識的にも、無意識的にも作品の世界により深く触れることが可能になるはずあ。配信やテレビで見るのとは違った、劇場で観る映画という意味を実感することができる。

 フィルム上映は演出や色付けのようなものではない。作品の本質により近づき、映画という体験の質を高める舞台装置の一つなのだ。35mmのフィルム上映を実際に体験することでそれを確かに実感できた。

 体験という意味では、この上映に合わせてメインラウンジに用意された特別展示であったり、この映画館の特徴である広く座り心地のいいシートであったり、エレベーターで上がってきた途端、新宿の喧騒を忘れさせるこの劇場ならではの演出だったりとさまざまな要素が絡み合って実現されるものである。

これが上映に使われている映写機

映写室を訪問し、機材を目の当たりにする

 編集部では、上映に先立ち、映像事業部 映画興行部 109シネマズプレミアム新宿 兼 運営課プロジェクションリーダーの吉川聡氏のお話を聞くことができた。

 国内では2010年ごろから、デジタル上映に対応したスクリーンの数が急速に増え、今ではフィルム上映をする映画館の方が少ない状態になってしまったが、それ以前はフィルムで上映するのが当たり前であり、そのために毎日映写機を回し続けていた。フィルム上映からはしばらく離れていたため、勘を取り戻すために多少の時間が必要だったものの、上映を継続していくノウハウやそのためのスキルについては、特に問題を感じていないとのことだった。

レンズは3つついているが、幅広のシネスコ、いまのテレビに近い画角のビスタサイズ、そして昔のテレビに近いスタンダードと画角に合わせて回転させて使用する。
フィルムの搬送路をアップで撮影。ランプを当てて投影するコマに先行して、フィルムに書き込まれた音を読み取る部分がある。ここはアナログとデジタル両方の音声が書き込まれており、通常は音質がいいデジタルの信号を使用するが、傷があると音が飛んだりするので、アナログに切り替えることもあるという。
映画館向けのデジタル音声フォーマットである「Dolby Digital」のロゴも見える。

 逆に不安を感じているのが、機材やメンテナンスの部分。年に1回ほど業者を入れているほか、油を差したり、ベルトを調整したりして機器の維持に励んではいるが、機材自体は古いもので、今後ランプなど交換部品の確保が難しくなり、故障した際に修理ができるかどうかなどの課題はあるという。

3000Wの光源(ランプ)が収められている部分。

 映写室に設置されている2台の機材は、日本中を探し回って調達した機材。この映写機にリールや整流機などミラノ座で使用していた部品を取り付けて運用しているという。

上映に使うフィルムは缶に入って映画館に届く(記事で紹介している作品とは異なる)。ちなみに一巻きで15〜20分ほど、これをつないで2時間を超える作品を上映することになる。

 ちなみに、映写に使用するフィルムは配給から借りるが、そのフィルムは小巻(15〜20分程度の尺)を缶に入れて搬送される。上映時にはこれを1本につなぎ合わせることになるが、古いフィルムではそのつなぎ目などに欠損が出やすいという。

上映前の準備風景

 また、上映時にはフィルムを映写機の側面に取り付けることもできるが、薄く作られた比較的新しいフィルムでも2時間程度の尺が限界となるため、長い作品では2台の映写機にフィルムをセットし、途中で切り替えながら使用したり、映写機の隣に水平に回る大型の円盤(プラッター)を置き、そこから映写機にフィルムを取り込み、投影した後で、また引き出して別のプラッターで巻き取ったりする仕組みになっているそうだ。

巻き取られたフィルムが置かれたプラッター

 109シネマズプレミアム新宿では後者のプラッターを使った上映をしていた。なお、プラッターが3枚あると、2枚を上映中作品の引き出しと巻き取り、1枚を別の作品に割り当てられるため、2本の作品を交互に上映することが可能になる。

写真では一番下のプラッターにフィルムがセットされており、映写機を通した後はその上の段に巻き取られていくようになっている。
作品の尺が短ければ、写真のようなホイールにセットして、映写機に取り付けて投影することもできる。
ホイールを取り付ける部分

 フィルム上映では、上映前にフィルムをセットする(必要な部分にフィルムを通し、頭出しをする)作業が発生する手間はかかるものの、映写自体は全自動で進むという。ただし、音声トラックに音飛びが発生した際に、デジタルとアナログのトラックを切り替えるなど、トラブルに対応する必要があるため、現場には映写技師が立ち合うという。このあたりプログラムした状態なら無人でも映写が進んでいくシネコンより手がかかる面もあるが、多少なり人が介在してサポートする要素があるのもアナログらしさを感じられた。

 フィルムで映画を見ること自体が久々の体験だったことに加えて、あまり見る機会のない、映写機が動いている様子を見られた点も新鮮な体験だった。

 また、今週末の上映スケジュールを見ると、憐れみの3章はドルビーアトモスなど別のフォーマットでの上映もされるようなので見比べてみるのも面白いかもしれない。

 109プレミアムシネマズ新宿では、新作・旧作を含めてさまざまな作品の35mmフィルム上映が実施されている。その詳細は劇場のウェブサイトなどで確認してほしい。

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