日本神話の智恵の神「久延毘古(くえびこ)」像などを展示 ギャルリさわらび、5年ぶりの「秘展」を5月26日より開催

@Press / 2014年5月14日 10時0分

佐々木誠《祠》(撮影/富野博則)
ギャルリさわらび(所在地:東京都中央区)は、5月26日より「秘展 其の三/垂直ノ存在社 [木彫]佐々木誠+[絵画]東千賀(賛助出品)」を開催いたします。

「ギャルリさわらび」
http://www.gsawarabi.com/


■久延毘古と夢十夜
大国主神(おおくにぬしのかみ)が波の向こうからやってきた少名毘古那神(すくなびこなのかみ)と出会い、二神は共に協力して国造りをすることになりますが、少名毘古那神が姿を現したとき、誰もその神のことを知りませんでした。しかし、久延毘古神だけが、「こは、神産巣日神(かみむすひのかみ)の御子、少名毘古那神ぞ」と答えたのです。「天下(あめのした)の事を盡(ことごと)に知れる神」である久延毘古神は、「山田の曾富騰(そほど=かかし)」であり、佐々木誠さん制作の木彫《久延毘古》も足が無く、しかしどこへも足を運ばなくても世の中の事を全て知っている神なのです。

久延毘古は、崩彦(くえびこ)の転とされ、その身体は風雨に曝された案山子の如く朽ち、作品《久延毘古》の半身には蛇のうねりのような奇態が隆起しています。《久延毘古》は縄文土偶などにも見られる異形神への畏敬という精神風土に通底するものと同時に、自然の森羅万象を造形化したともいえる縄文芸術の命脈を想起させます。
伊勢の彫刻家 橋本平八は、欧風彫刻の「人間を神の姿に」に対し、日本彫刻の「神を人間の姿に」と述べていますが、案山子に降臨する智恵の神が、憂患の時代たる現代にあらわれたことは、決して偶然ではないでしょう。

本展では賛助出品として出展する東千賀さん制作の絵画《夢十夜―仰天・深懊・俯瞰》は、縦長の大画面に、あたかも天地の垂直軸が具現化され、目に見えざる存在の意志をも感じさせます。死や滅びの現実を見つめることで、生命との交感を希求する姿勢を持ち続けている東さんが、この作品の中ほどに描いたのは、崩れゆく何ものかです。見えざる存在によって生かされている私共が、見えざるがゆえにそのかけがえのない存在を見失い忘却し、知らずのうちに破局寸前にあることにも気付かない。しかし作品《夢十夜―仰天・深懊・俯瞰》の画面の奥から浮かび上がる幽光に、自らが包まれていることに気付くとき、「夢十夜」の夢をひとつ、垣間見るのかも知れません。

朽ち、崩れゆくも、その奥に秘されし命脈の連綿。それを受け継ぐ木彫と絵画が、5年ぶりの「秘展」にて出会います。

@Press

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