HJCヘルメットサービスの話を通して見えてきた、MotoGPライダーたちの“意外”な素顔
バイクのニュース / 2024年9月15日 11時10分
MotoGPライダーをサポートする韓国のヘルメットメーカー『HJC』の、MotoGPパドックでサービスを行なう長谷川朝弘さんに話を伺いました。
■それぞれで異なる、ヘルメットへのこだわり?
韓国のヘルメットメーカー『HJC』は、MotoGPライダーにヘルメットをサポートしています。MotoGPの現場、パドックでHJCヘルメットのサービスを行なう、長谷川朝弘さんに話を伺いました。ヘルメットに関するエピソードを通して、MotoGPライダーたちのキャラクターが見えてきたのです。
HJCの契約ライダー、ファビオ・クアルタラロ選手(モンスターエナジー・ヤマハMotoGPチーム)
HJCのサポートを受けるMotoGPライダーは、2021年MotoGPチャンピオンのファビオ・クアルタラロ選手(モンスターエナジー・ヤマハMotoGPチーム)やブラッド・ビンダー選手(レッドブルKTMファクトリーレーシング)、Moto2ライダーのジョー・ロバーツ選手(オンリーファンズ・アメリカン・レーシングチーム)、2024年の鈴鹿8時間耐久ロードレースで「ヨシムラSERT・Motul」から参戦し、3位表彰台獲得に貢献したアルベルト・アレナス選手(QJMOTORグレシーニMoto2)など多数です。
彼らが使用するのは「RPHA1」(※モデル名は国によって異なるそうです)というモデルで、市販品と同じです。インタビュー当日、ちょうど市販の「RPHA1」がHJCのトレーラーにあったので見せていただいたのですが、万が一、そのヘルメットを使用しなければならないケースが発生したとしても、車検を通せば使用できると、長谷川さんが話してくれました。
「IRTA(the International Road-Racing Teams Association)の車検に行って、(FIMの)ステッカーをもらわないといけないんですけどね。QRコードをスキャンして、ナンバーを登録するとシールがもらえるので、それを貼ればレースで使用できるんです。(MotoGPライダーが使用しているヘルメットは)市販品と全く一緒なんですよ」
「サイズ調整も、頭の上を覆うライナーというスポンジとチークパッドなどで調整します。それも市販で売っているものです。日本の販売店でも頭を測って内装を入れて頭に合わせる、というフィッティングサービスを提供していますけど、ここでやっているのも同じです」
「ヘルメットは、基本的な構造について何も変更ができないんです。できるのは内装と、シールドです。だから僕は、“視界のスペシャリスト”になりたいんですよ」
現在のMotoGPでは、マシンだけではなく、もはやヘルメットでも空力が重要な要素です。
「最近のヘルメットの流れで、スポイラーがあるでしょう。RPHA1のあと、(スポイラーを)やらなければ、ということでミカ・カリオ(KTMテストライダー)と一緒に開発してきたんですけど、これも規格を取り直さないといけないんです」
「スポイラーもつける人、つけない人がいて、ライダー次第です。アレナスなどはサーキットによって使い分けていますね。あとはレーシングスーツのハンプ(こぶの部分)との相性もありますね。スポイラーが当たることもあるので。空力はツナギメーカーさんの協力も必要なんです。余談ですけど、スポイラーをつけるのとつけないのでは、ムジェロ・サーキットで、ミカ・カリオがテストして、直線で3km/hの違いが出ました。直線だけですけどね」
MotoGPのパドックで、HJCのヘルメットサービスを務める長谷川朝弘さん
クアルタラロ選手やビンダー選手の場合、レプリカのヘルメットがラインナップされています。クアルタラロ選手とビンダー選手がMotoGPのレースウイークで使用しているヘルメットと、市販のヘルメットは、どう違うのでしょう? 全く同じなのでしょうか。
「本人のヘルメットは、ペイント屋さんがステッカーを貼ってクリアをふいたりします。つまり、(ペイントは)ハンドメイドです。量産品は転写で構成されています。だから厳密に言うと、量産品の方が軽いんですよ。ペイントをすると、一色塗るごとに何グラム、何十グラムが増えていくので。量産品のほうは、これだけ色を使っていても、シートに印刷しているだけなので、軽いんですね。だから、(塗装に関しては)全く同じものを買えるというわけではないけど、ベースのモデルは全く同じです。ブラッド・ビンダーのものも、本人のものは塗り。レプリカは転写を使っています」
本人のヘルメットの方が量産品よりも少しだけ重い、という事実には驚きです。また、クアルタラロ選手がMotoGPで使用するヘルメットには、左後方に「チャンピオン」の星マークがひとつ、入っているそうです。
「MotoGPライダーは、最低6個を用意しています。ビンダーは、去年は13個持っていました。今の時点では10個ですね。ダークスモークのいちばん黒いシールドを、基本的に3つ。あと2つはミディアムスモークのシールドです。(雨のときなどは)ヘルメットの数が少ないライダーは、ここに持ってきてシールドを変えたりして調整します」
現在では市販されているものと同じヘルメットがMotoGPで使われているということですが、以前は、プロトタイプのヘルメットが投入されていたそうです。
「ライダーが今被っているRPHA1は、みなさんが買えるものと同じですが、そのひとつ前のモデルはRPHA01というものでした。それは2年くらい使ったのですが、市販せず、MotoGPのライダー専用のものでした。先行開発として(MotoGPで)使っていたんです。それもけっこう大きなスポイラーがついていましたね、全ての規格を取得してやっていました」
「そのフィードバックを入れたのがRPHA1。形はもちろん違いますけどね。これから先、どうなるかはわからないけど、そういったことはやっていましたね」
そんな話をしている最中、ちょうどライダーがやってきました。Moto3ライダー、ルエーダ・ホセ・アントニオ選手(レッドブルKTMアジョ)です。ヘルメットについて少し長谷川さんと話をしてから、トレーラーを出ていきました。このようなやりとりが、レースウイークに繰り返されているのでしょう。
インタビュー中にやってきたMoto3ライダーのルエーダ・ホセ・アントニオ選手(レッドブルKTMアジョ)。急に「写真を撮らせてほしい」とお願いしても、快く応じてくれたナイスガイ
MotoGPライダーの場合はアシスタントがヘルメットを持ってくるのが常ですが、Moto2、Moto3ライダーは基本的に自分でヘルメットを持ってくるのだそう。走行がない木曜日だけではなく、金曜日以降、走行後などもメンテナンスのためにヘルメットが持ち込まれるということです。
「走行後にヘルメットが持ち込まれて、ここではメンテナンスをして内装を乾かします。だいたい1時間ちょっとで作業が終わるので、そのころを見計らってまたアシスタントなどが取りに来ます。だから、1戦、2戦、MotoGPライダーに関しては顔を見ないことがありますね。Moto2、Moto3のライダーは基本的に自分でヘルメットを持ってきますが、ジョー・ロバーツは兄弟がアシスタントをしているので、彼がやっています」
「トレーラーなどで移動している間の管理がちゃんとしていなかったりすると、中に湿気を含んでしまったり、濡れたり、誰かが触って指紋がついたりすることもあるんです。うちのヘルメットではないけど、ガチャガチャ動かしてしまってねじが緩んだり、そういったこともあり得ますからね。すぐに使える準備万端の状態でも、一応、持って来てもらうようにしています」
ヘルメットに関して、やはり神経質なライダーもいるそうです。例えば、ビンダー選手は「けっこう細かい」のだとか。
「1個のヘルメットを、ドライコンディションで金、土、日と使いますよね。それを2戦使用したあと、ビンダーは“チークパッドを変えてくれ”と言います。チークパッドがへたっちゃうから。汗などをチークパッドが吸って、フィッティングが変わるらしいです。皮脂がついて、滑りやすくなったりするかもしれないですね。気にしない人は何も言わないですけど」
現地の囲み取材などでビンダー選手を見てきた、あくまでも筆者(伊藤英里)の印象ですが、ビンダー選手は厳しいレースのあとであっても、感情的になることは少なく、朗らかにジャーナリストたちからの質問に答えます。そんなビンダー選手は、ヘルメットに関してセンシティブなリクエストを持っているライダー、ということです。
一方、反対のライダーもいます。クアルタラロ選手です。クアルタラロ選手はレース映像でもわかるように感情豊かなライダーで、囲み取材などでも、表情や声に感情が乗ることがあります。このキャラクターの対比は、なかなか面白いところです。
MotoGPパドックに並ぶ、HJCのトレーラー
「クアルタラロは細かくないですね。極端な話、なんでもいい。クアルタラロは去年うちに来て、今年で2年目ですけど、“任せる”と言われちゃって。とくに問題なのは雨なんです。ヘルメットのシールドが曇っちゃうのが問題になるので、うちのヘルメットは、できればエアマスクは使ってね、と伝えています。息苦しくなるから使いたくない、というライダーがいるんですけど、クアルタラロは“いいよ、使うよ”って」
「去年のアルゼンチンGPの話ですが、アルゼンチンは湖が横にあって、湿気も多いし、シールドが曇る可能性が高かったんです。そこでファビオには、“ベンチレーションを全開にすると、雨水が入ってくることがまれにあるから、中くらいに開けてね”と伝えたんです。実際には中くらいに開けられるポジションがないので、そのポジションでテープで止めました。去年のアルゼンチンGPでは、全MotoGPライダーがシールドに問題を抱えたんです。でもファビオは、全然問題なかったと言っていたし、自分で見ても問題なかったです」
「ファビオの場合は、“このほうがいいんじゃない?”、“こうしよ?”と言うと、聞いて、やってくれます。こちらを信頼してくれて、受け入れてくれるんです。“これはこうじゃなきゃいやだ!”というような自分のポリシーを持っているライダーもいますけど、ファビオはほんと柔軟にやってくれます」
そんなヘルメットサービスのエピソードを聞いていると、クアルタラロ選手、ビンダー選手のキャラクターが伝わってくるようにも思います。この日やってきたルエーダ選手も、にこりと笑う笑顔が素敵なライダーでした。
ヘルメットサービスで見られるライダーたちの細かな癖やこだわり、そして“顔”は、彼らが積み重ねてきた時間の中で作られてきたことであり、コース上とはまた違う表情なのだろうな、と思うのです。
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