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「中田敦彦のシンガポール移住に刺激を受けた」子どもを単身留学させる家庭も…教育のために“海外移住”を決めた親たちのホンネ

文春オンライン / 2024年6月19日 6時0分

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moodboard/イメージマート

〈 月収約33万円、残業は基本的にナシだが…「物価は高い」27歳保育士が実感した“キラキラ”だけじゃない海外移住のリアル 〉から続く

 海外に拠点を移し、永住権をとった日本人は過去最高水準に達している。近年では、子供により良い教育を受けさせるために日本を出る親たちも増えているという。

 ここでは、海外移住を選んだ若者や親たちへのインタビューをまとめた『 ルポ 若者流出 』(朝日新聞出版)より一部を抜粋。大手通信会社を退職し、妻と5歳の娘を連れて海外移住したアキフミさん(42歳)。「日本の教育に不安があった」という彼が、移住先にマレーシアを選んだ理由とは――。(全4回の3回目/ 最初から読む )

◆◆◆

 東南アジアの常夏の国、マレーシア。より良い教育環境を求め、日本から移住する日本人家族や単身留学する学生の姿が目立つ。欧米への留学に比べて日本からの距離が近く、物価も比較的安い。さらに、この国が持つ「多様性」も多くの日本人を惹きつけている。

 東京都在住だったアキフミさんもその一人だ。2022年6月、大学院を卒業後、約16年間勤めた日本の大手通信会社を退職し、妻(31歳)と長女(5歳)を連れて首都クアラルンプールに移住した。

 目的は子どもの教育だ。日本で公立保育園に通っていた長女は現在、学費が年に200万円弱かかるインターナショナルスクール(以下、インター)に通う。

「少子高齢化で日本の経済が縮んでいくのは明らか。娘が大学を卒業する頃にはいい仕事や産業は少なくなると思う。娘が自立したときに日本で働きたいと思うのであれば日本でもいいが、海外でも働ける能力を身につけさせたかった」

 夫婦ともに過去に海外に留学したり、住んだりした経験はなかった。ただ、子どもが生まれたとき、夫婦でどんな風に成長してほしいかを話し合った。「自分で生活できる力」や「自分で考え、決断する力」「英語で自分の意見を言う力」など10項目にまとめていた。

 日本の教育には不安を感じていた。自分の学生時代を振り返ってみても、無理やり暗記して、その後はほとんど使わない受験知識が多かった。社会に出てから向き合う問題に答えがあるとは限らない。だからこそ、自分の頭で物事を考えて、意見を主張し、相手を説得する力が必要だ。今の日本の学校教育でそんな能力は身につくのだろうか。

 最近の教育はどう変わっているのかと調べはじめた。報道やネット上の情報だけでなく、実際に公立小中学校の教壇に立つ友人らから話も聞いた。習熟度別クラスの導入など変わった点もあるが、基本的に決まった範囲を先生が教え、知識の暗記や正解にいかに早くたどり着くかが重視されていると感じた。

「30年前に自分が受けた教育とほとんど変わらないじゃないか。今の実社会で必要とされる能力は育てられない」

 実際に海外移住を考えはじめたのは2020年の秋頃だった。お笑い芸人で人気YouTuberの中田敦彦さんがシンガポール移住を公表していた。刺激を受けた妻から「海外に移住しない?」と提案を受けた。

「我が家の教育方針を考えると海外移住もいいかも」と前向きに調べはじめた。

決め手は教育の選択肢の多さ

 日本のインターも検討はしたが、小学校から高校まで続けて通える学校が少ないことや、入学時点で子どもの英語力が問われることなどから候補から外した。

 行き先は早々にマレーシアに絞った。最大の理由は教育の選択肢が多いことだ。首都に多くのインターがあり、英国式や米国式、国際バカロレアなど様々な教育カリキュラムから子どもに合った学校を選べる。

 さらに他国に比べてビザが取得しやすいことも利点だった。物価の水準、比較的治安が良く、気候が温暖であることなども魅力に感じた。周辺国へのアクセスの良さも、旅行好きの夫婦にはうれしいポイントだ。

「学費を支払えるのか」「医療保険をどうするか」「親の介護や病気への対応は」。移住にともなう課題を徹底的に洗い出した。

「やはり仕事とお金が一番の課題で。キャッシュフローをシミュレーションしたり、ファイナンシャルプランナーに相談したりした結果、今後自分がマレーシアで仕事をすればやっていけるとわかりました」

 現地で転職するために英語の勉強をはじめ、渡航前にはTOEICで800点を超えた。しかし、英語の文章を読んだり、聞いたりはある程度できても、話すことは不自由だった。そこで、都内の英語学校に通って話す訓練を重ねた。

移住時期は「小学校入学前がベスト」

 いつ移住するのが良いのか、子どもの視点でも分析した。取材ではアキフミさんがまとめた詳しい資料を見せてもらった。小学校前、小学校低学年、小学校高学年、中学校、高校、大学の時期に分け、利点と欠点を比較したものだ。

 低年齢での移住は新しい環境に慣れるのが早く、英語への抵抗感も少ない。一方、成長すると移住に対する子どもの意思を確認し、決めることができる。ただ、欠点として英語に慣れるのに苦労し、仲良くなった日本の友だちとも離れづらくなると考えた。

「考える力」や「自分の意見を言う力」「英語の慣れ」など14項目について、子どもの成長段階に応じて評価。小学校入学前の移住がベストと判断した。

 コロナ禍で現地での視察は難しく、学校の情報はインターネットやSNS上で知り合ったインターの卒業生らから得た。移住を支援するエージェント数社にも相談をしたが、ネットで調べればわかるような情報ばかりと感じ、学校とも自分で直接やり取りしたという。入学前に受けた学校のオンライン面接も、事前にどんな質問をされるのか調べてから臨んだ。「好き嫌いはありますか」「どんな本が好きですか」などと主に親に対して子どもの普段の様子を確認する内容だった。

 検討をはじめてから1年半が過ぎた2022年7月、一家はマレーシアに飛び立った。

「日本経済の未来が明るかったら……」

 日本で会社を辞めるとき、同僚から「退職するのはもったいない」と言われた。でも、そうは思わなかった。勤めていた会社は新しいことに挑戦しようとしても上層部の説得に時間がかかり、次から次へと入社してくる優秀な若手が活躍できる場も少なくみえた。

「マレーシアの経済成長を考えると、給料も増えていく。英語を習得し、海外で色々な経験を積めば自分自身の活躍の場も広がるかもしれない」

 現地の仕事を仲介する日本の転職エージェントに登録し、求人サイトでも仕事を探した。日本でのキャリアを生かそうと応募した通信会社は不採用。最終的にアメリカ企業がマレーシアで運営するコールセンターに就職した。英語と日本語を使って仕事をはじめたばかりだが、年収は前職の半分以下に減る見通しだ。生活費は給料に加えて、都内にあった自宅の売却益や資産運用益などでまかなえる計算だ。

 新しい自宅は2LDK(約90㎡)のコンドミニアム。プールやジム、駐車場がついて毎月の家賃は約8万円と日本の都市部の相場より安い。ただし、学費を除いて考えても、生活費は東京にいた頃と比べて約5万円下がる程度だという。

「野菜や肉は安いですが、牛乳や乳製品はオーストラリアなどからの輸入品が多く、高い。日本の醤油や味噌も日本で買う値段の約1・5~2倍はします。外食もローカルな屋台は1食300~400円で食べられる店もありますが、それ以外はそれなりにする。物価は移住の検討をはじめた2年前と比べると、だいぶ上がりましたね」

 ただ、英語にも徐々に慣れ、学校生活を楽しむ長女の姿には満足している。

「授業は自分が受けたいくらい充実している。宇宙や惑星について学んだときは、学校の先生から話を聞くだけじゃなくて、NASA(米航空宇宙局)の元職員に話を聞いたり博物館に行ったりした。風船を使ってロケットが進む原理も学んだようです。一つのテーマを色々な面から学び、最後は全校生徒の前で発表もして、娘は水星や金星についてわたしたちに英語で話してくれました。娘の関心を育んでくれている教育ですごく満足している」

 移住して驚いたのは、日本人の多さだ。長女が通うインターには、幼稚園~高校で少なくとも約30の日本人家族がいて、同じクラスの子どもも半数ほどは日本人。駐在員の家族が多いが、教育目的で移住した家族もいる。移住後、教育移住を検討する日本人からの依頼でオンライン座談会を開いたこともあり、関心の高さを肌で感じた。

 移住から半年が過ぎた。生活しづらいところももちろんある。歩道に段差が多く歩きづらいし、虫が多く、街中には不衛生なトイレも少なくない。世界でも治安が良い国とされる日本に比べれば安全面も不安だ。

 日本の外務省が公表している「マレーシア安全対策基礎データ」(2023年9月8日更新)によると、2022年のマレーシアの強盗届出件数は4589件で、発生率(人口10万人あたり)は日本の約15倍にのぼる。誘拐のリスクもあるため、子どもの外出時は親が付き添うのが普通だ。

「近くの公園に行くだけでも親が必ず付き添います。通学のときは一般的にスクールバスを利用するか、親が送っていくことが多いです」

 それでも、長女の大学進学まではマレーシアにとどまるつもりだ。娘にはマレーシア国内に限らず、好きな大学に行ってほしい。その後、夫婦で日本に帰るかはわからないと言う。アキフミさんはこうつぶやく。

「日本の経済の未来が明るかったら、受けられる教育に満足できていたら、移住することはなかったと思う」

母子で移住、多様性も学ばせたい

 母子で移住するケースも増えてきた。

 2023年2月、東京から一組の日本人家族がマレーシアにやってきた。4歳の娘が通うインターを選ぶためだ。日本でプリスクール(注:英語主体で保育を行う未就学児向けの施設)に通う娘が卒園する来春、母子で移住する計画だという。

 留学エージェントの案内で、マレー半島最南端にある街ジョホール・バルの学校を視察後、クアラルンプールの近郊に移動してきた。

 この日、まず訪ねたのは国際的な教育カリキュラム「国際バカロレア(IB)」の認定校だ。探究型の学びで批判的思考などを身につけるもので、最終試験で一定の成績をおさめると国際的に通用する大学入学資格が得られる。

 学校職員らは「IBのインターのなかでは手頃な価格で最高の教育を提供しています」と家族にカリキュラムを一通り説明した後、教室や食堂など校内を案内して回った。

 会社を経営する父親(35歳)は、「日本は経済が停滞し、人口減少も進んでいる。娘には日本にとどまらず、世界でチャレンジできる力を身につけてほしい」と話す。

 マレーシアに決めた理由はまず、日本からの近さだ。飛行機で約7~8時間の距離と比較的行き来しやすく、時差も1時間しかないので日本の家族とも連絡を取りやすい。子どもに学生ビザが出ると、付き添う親にもビザが発給されることが多いのも魅力だった。

 マレー系や中華系、インド系らが暮らす多民族国家で、英語を日常的に話す人が多い。娘には言語や宗教、価値観などが異なる人が集まる社会で、多様性や違いを受け入れ、尊重することを学んでほしいという思いもあった。

 かつてアメリカの大学で学んだ母親(35歳)は、マレーシアで得られる教育に期待を寄せる。

「日本の教育は先生が一方的に授業を進め、『一つの正解』が重視される。英語力だけなら大学留学でもいいと思うが、娘には教科書通りに覚えることを重視する日本の教育ではなく、色々な価値観を持つ人と一緒に学びながら、自分を表現する力を磨いてほしい」

小学生で単身留学「意見求められる環境で」

 さらに、子どもを単身で留学させる家庭もある。九州地方の医療職の女性(41歳)は2023年2月、公立小に通う11歳の娘と一緒にマレーシアを訪れた。豪州式のインターに5日間体験入学し、新年度がはじまる24年1月から通うことを決めた。弟がまだ幼いため両親は日本にとどまり、娘単身での留学になるという。

 マレーシアに決めたのは、学費や物価などを考えた「現実的な選択肢」だったからだ。小学1年生の夏休みに娘が1カ月間、短期留学したオーストラリアは、今回費用面で手が出なかった。マレーシアのこの学校はキャンペーン割引で、学費と寮費を合わせた年間費用は200万円弱で済む見込みだ。

 女性は夫の転勤で関東から九州に移り住んだ。今の日本社会では出産や育児、家族の転勤で女性は人生を左右されがちになる。娘には自分とは違う教育を受けさせ、選択肢を広げてあげたいと考えている。

 両親は英語が堪能なわけではないが、娘は九州で英語環境で学ぶ幼稚園などに通って力をつけた。卒園後もオンライン英会話や英語での読書を続け、海外の友人とも英語での日常会話には困らないという。「一人でも大丈夫」と留学を心待ちにしている様子だ。

 娘の高校卒業まで、家族は別々に暮らす予定だ。女性は寂しさと同時に心配も尽きない。

 日本で波風立てないように生きるほうが楽かもしれないが、より自分の意見を求められる海外の教育環境で学ぶことが娘のためになるはずと考え、留学を後押しする。

「将来の仕事に結びつかなくてもいい。視野を広く持ち、自分の好きなことを見つけてほしい」

 そう願って、一人マレーシアに渡る娘を見送るつもりだ。

〈 「もちろん、うれしいです」突然のプロポーズに即答…カナダに移住したから手にできた“同性パートナーとの結婚” 〉へ続く

(朝日新聞「わたしが日本を出た理由」取材班/Webオリジナル(外部転載))

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