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「ボーカリストがたくさんいて、すごい楽しそうだなと」藤井フミヤが奥田民生をうらやましい、と思った瞬間

文春オンライン / 2025年1月14日 17時0分

「ボーカリストがたくさんいて、すごい楽しそうだなと」藤井フミヤが奥田民生をうらやましい、と思った瞬間

©三浦憲治

 デビュー40周年ツアーを終え、62歳になった藤井フミヤには3歳年下の奥田民生を“うらやましい”と思った瞬間があるという。そのことを尋ねると……。 (全2回の前編/ 続きを読む )

◆◆◆

民生くんにみんな持っていかれた(笑)

――民生さんにはどんな印象がありますか?

藤井 民生くんは俺たちの下の世代の親分っていうのかな。民生くんやトータス(松本)の世代は人数が多いよね。斉藤和義くんも浜ちゃん(浜崎貴司)もそうだし。層が厚いんですよ。しかもよく一緒につるんでいて。

 俺たちの世代は全然いないんだもん。KANちゃんは亡くなっちゃったし、あと久保田(利伸)くんとか。(甲本)ヒロトくんも同学年だけど、みんなやってることが違うからつるむのが難しいよね。それに民生くんはフェスに出るとだいたいトリでしょう? そういう存在だなって。

――フミヤさんと民生さんが交流するようになったのは比較的最近ですよね。

藤井 この15年くらいじゃないですか。接点が全然なかったから。ただ自分がソロを始めたとき、最初のバンドがDr.StrangeLoveだったんですよ。それでツアーを回って、翌年も同じバンドでツアーをしようと思ったら、民生くんにみんな持っていかれたっていう(笑)。

「ボーカリストがたくさんいて、すごい楽しそうだなと」

――フミヤさんがソロ活動を開始したのは1993年で、翌94年にソロデビューした民生さんがDr.StrangeLoveの3人を含むバンド、GOZと活動を始めたんですよね。

藤井 だから「あれ?」って(笑)。声をかけるのがちょっと遅かったんでしょうね。(GOZのメンバーの)斎藤有太も一緒にやっていたひとりだし、そういうつながりから民生くんの名前が出ることが前からあって。だから直接の接点はなかったけど、身近に感じていたところはありますね。

 まあ俺は出発点がアイドルだったから、歩んできた道はちょっと違うけど。つるめる仲間もほとんどいなかったし。一方で民生くんは、(井上)陽水さんも含めて、つるむ仲間がやたら多すぎる気もするけどね(笑)。うらやましいところがありましたよ。あの世代の飲み会に一度誘ってもらったときに、その辺のボーカリストが普通にみんないて、すごい楽しそうだなと思った。

「フミヤさんはやめてくれ」って

――民生さんと初めて会ったときのことは覚えていますか?

藤井 記憶にないんだよな、これが。BSフジでやっていた『BS☆フジイ』の初回(07年)にゲストで来てもらって、そのあとアルバム『F's KITCHEN』(08年)に曲を書いてもらって……そうそう、渋谷でイベントがあって、それを見にいったんだ。それがちゃんと話した最初かもしれない。

――それはどんなイベントだったんですか?

藤井 陽水さんや屋敷豪太がヅラかぶって、ビートルズのコピーをしてましたね(笑)。そこに民生くんもいて、ちょっと話して。そうしたらフランクな感じだったので、喋りにくい人ではないんだと思ったんじゃないですか、お互いに。

――民生さんは3つ年上のフミヤさんのことを「フミヤくん」と呼びますよね。

藤井 初めは「さん」で呼ばれてたんだけど、やめてくれって言ったの。「くん」にしてくれって。「まず3回呼んでみて」って、民生くんが「フミヤくん、フミヤくん、フミヤくん」って呼んで、「それでいいじゃん」みたいな(笑)。

――それくらいの年齢差なら対等に付き合いたい、ということですか?

藤井 そうそう、対等ですよ。もしかしたら『PATi・PATi』とか、あのころの音楽雑誌にチェッカーズもユニコーンもレギュラー的に出ていたから、そういう親近感もあったのかもしれない。

フェスでもない限り、ミュージシャン同士が会う機会はほぼない

――そう考えると、わりと近いところにいたのに、なかなか会う機会がなかったんですね。

藤井 ミュージシャンって、みんな単独で動いてるから。歌番組がたくさんあった時代はそこで会う機会もあったけど、なくなったらまず会わないね。フェスでもない限り、ミュージシャン同士が会う機会はほぼないですよ。

――そういうものなんですか?

藤井 そう。タレントさんや役者さんは会う機会がしょっちゅうあるでしょう? それこそ旬の女の子にも会えるだろうし。同じ「芸能人」のくくりに入れてほしくないくらい、ミュージシャンは女っ気がないから(笑)。同じメンバーで同じところをぐるぐる回ってるだけで、芸能界のなかにはいないよね。

 民生くんはフェスにもよく出るから、少し違うかな。でも民生くんや俺の年齢になると、若い子が親しく話しかけてきたりしないからね。だからやっぱり、人が思うより地味な仕事だと思いますよ、みんなして。

広島に帰るのかな、という空気を感じたこともある

――民生さんと初めて顔を合わせたあと、プライベートで食事をするような関係になっていったということですよね。

藤井 しょっちゅう会うわけじゃないけど、「たまには飲もうよ」って電話したら、「行こう行こう」ってたぶん言われると思うし、俺も同じように言うと思う。

――おふたりの会話はどんな話になるんですか?

藤井 このあいだのお好み焼き屋とか、どんな話をしてたっけな? 「この俺がこんなに飲まなくなった」って自慢してた(笑)。「もういい加減ステージで飲むのやめなよ」とか、俺が言って。

 やっぱり飲んでたら、意外な一面を知ることができるよね。プライベートの話もするし、わりと健康の話もして。いっときは広島に帰るのかな、っていう空気を感じたときもありましたよ。広島に戻って仕事をするつもりなのかな、みたいな。結局はそんなことなかったけど、そのころは釣りも好きだったし、その辺のバランスがはたから見てすごくいい感じに見えるよね。なんか楽そうに生きてるなって。

率先して表に出るタイプではなくても、周りがそうさせなかった

――民生さんもフミヤさんも、仕事と趣味をどちらも楽しんで、自由にやっているように見えますよね。

藤井 まあ自由にはやってますね。でも民生くんは下の世代のミュージシャンが憧れるような存在になってるから、いい立ち位置なんだと思うね。

――民生さんがそうやって下の世代に慕われる理由は、どんなところにあると思いますか?

藤井 いい加減そうに見えるところが、逆に懐の深さを感じさせるんじゃない? 同世代の他のミュージシャンより、とっつきやすそうでしょう、民生くんのほうが。めっちゃシャイなんだよね。そのシャイさをごまかすためにいつも冗談言って、笑ってみたいなところがあって。

 率先して表に出るタイプではないけど、周りがそうさせなかったんじゃないですか。ユニコーンの元マネージャーで、SMAの会長だった原田(公一)さんがどんどん表に出すようにした感じだと思うよ。みずから前へ出ていこうとするタイプではないから。

 さらにまた陽水さんとつるむようになったことで、陽水さんのエッセンスが民生くんに入っていった。それはそれで民生くんらしいものになったと思うけど、その辺でいまの奥田民生ができあがったような気がするな。

◆◆◆
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〈 「多少太るとか、薄くなるとかあるけど……」藤井フミヤが考えるミュージシャンがいつまでも若々しくいられるワケ 〉へ続く

(門間 雄介)

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