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22億円の横領疑惑があったJA対馬の職員(44)が海に飛び込んで溺死した…取材で明らかになった“特異な人物像”

文春オンライン / 2025年1月14日 7時0分

22億円の横領疑惑があったJA対馬の職員(44)が海に飛び込んで溺死した…取材で明らかになった“特異な人物像”

『対馬の海に沈む』(窪田新之助 著)集英社

 2019年2月、長崎は対馬の東岸から、1台の軽ワゴンが海に飛び込んだ。車は海の底へと沈み、運転していた男は溺死した。

 西山義治、享年44。対馬農業協同組合(JA対馬)の職員だった。死の直前、西山には横領疑惑が持ち上がっていた。後の調査でその額は22億円にも達すると伝えられた。

「当時の報道では、西山が1人で不正を働いたことになっていた。JA対馬の記者発表をそのまま受けてのことだったのですが、はたして1人の職員にそれだけのことができるのか」

 開高健ノンフィクション賞を受賞した『対馬の海に沈む』。著者の窪田新之助さんは、JAグループ・日本農業新聞の元記者だ。これまで『農協の闇(くらやみ)』といった著作で、JAという巨大組織を腐敗させる、構造上の問題に迫ってきた。

「現在のJAは、共済事業や信用事業に依存し、金融業者としての側面を強めています。『農協の闇』では、そこで過大なノルマに苦しむ職員たちのことを取り上げたのですが……」

 西山もまさに、共済事業の営業を主な仕事にしていた。しかしながら、人口3万人ほどの離島で、毎年のように日本一の営業実績を挙げていた。驚くべきことに、西山が獲得したとされる契約者数は、累計で人口の1割以上に相当する。

「不正の全容もそうですが、なぜそれほどの実績を挙げられたのか、挙げる必要があったのかも明らかになっていませんでした。そこを知りたいという気持ちがまずありましたね」

 窪田さんは対馬に赴き、JA対馬の関係者や顧客に取材を重ねた。西山に関する調査報告書などの資料も入手した。そうしてまとめられたのが本著だ。

「JAのシステムの問題を追及するという、これまでの仕事の延長線のつもりで始めた取材でした。でも、最初に取材した方から『あんなに面白い犯罪者っていないよ』と言われた。色々な方に話を聞き、資料を読み込んでいくうちに、人間的な面白さ、あるいは恐ろしさを感じるような事柄がどんどん出てきたんです」

 一昔前のヤンキーのような風貌に、異常な物欲と偏食。西山の特異な人物像も興味深い。横領や日本一の営業実績の裏にはいくつもの手口があった。西山は自身の名を冠した軍団も作っていた……。さらに最大の“共犯者”の存在が浮上。読者には、事件の顛末のみならず、人間の業や本質としか言いようがないものが突き付けられるだろう。

「この事件そのものが人間社会を表している。そんなふうに感じたとき、これまでの自分の観点から、その先にあるものを書けるかもしれないと思いました」

 西山の不正や横暴を内部告発した人物もいた。西山のかつての上司、小宮厚實だ。だが、告発書は黙殺され、小宮は左遷された。

「連絡が取れたとき、小宮さんは肺がんで入院していました。この本は、小宮さんと出会えたことがほぼ全てです。これまでと違って、僕が知りたいという気持ちだけではなく、小宮さんのことを世に知ってもらう、それが自分の責任だと思って取材をしていました」

 たとえJAに関心がない人にも、自信を持って勧められる本著だ。一方で、窪田さんがJAについて書くのは、一区切りとのこと。

「これまでの仕事の総決算でもあり、ノンフィクション作家としてのデビュー作のようでもあると感じています。ここでJAからは離れて、他のテーマでも通用するのかを試してみたい。編集者にはいくつか提案していて、なかなか大変そうではありますが(苦笑)」

くぼたしんのすけ/ノンフィクション作家。1978年福岡県生まれ。2004年に日本農業新聞入社、2012年よりフリーに。著書に『データ農業が日本を救う』『農協の闇』、共著に『誰が農業を殺すのか』『人口減少時代の農業と食』など。

(「週刊文春」編集部/週刊文春 2025年1月16日号)

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