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今はなき大井武蔵野館と東映ビデオによる好企画で、あの頃が甦る!――春日太一の木曜邦画劇場

文春オンライン / 2025年1月14日 17時0分

今はなき大井武蔵野館と東映ビデオによる好企画で、あの頃が甦る!――春日太一の木曜邦画劇場

1973年(72分)/東映/4950円(税込)

 本連載の初期で時おり触れてきた映画館が、大井武蔵野館だ。東京は大井町にあった名画座で、筆者は一九九〇年代の前半から閉館した九九年まで、足しげく通っていた。

「名画座」とはいっても、誰もが認める「名画」を上映することはほとんどなかった。映画史の主流から大きく外れた映画や、公開時も決してメインどころではなかった映画を特集することが多く、石井輝男、鈴木則文、牧口雄二といった監督たちが東映で撮ったポルノ映画や深作欣二監督がヤクザ映画で鳴らす前の初期作は、この映画館で知った。

 決して傑作というわけではない、気だるさを放つ映画たちと、うらぶれた雰囲気のある当時の大井町の路地が実によく合っていて、これが鬱屈を抱えて過ごしていた高校時代の筆者には心地よかった。

 そんな大井武蔵野館の小野善太郎・元支配人と細谷隆広・営業担当が、二〇二五年に東映ビデオと組んでまさかのプロジェクトを始動する。それは、「今もし大井武蔵野館が復活したら、どのような東映映画を上映するか」というコンセプトでの連続DVDリリースである。そして、その第一弾の一つとしてラインナップされたのが、今回取り上げる『ポルノの女王 にっぽんSEX旅行』だ。

 中島貞夫監督による低予算ポルノ作品をいきなり出してきたことに、当時と変わらぬスタンスを感じ取ることができ、「さすがだ!」と呻った。

 物語は、女性に全くモテずに悶々と暮らす青年(荒木一郎)が空港の駐車場に車を停めていると、それを出迎えの車と勘違いしたスウェーデンの女性(クリスチナ・リンドバーグ)が乗り込んでくるところから始まる。彼女を監禁して抱こうとするも、なかなか上手くいかない青年と、なんとかして脱出しようとする女性のせめぎ合いを軸に前半は進み、後半はそんな二人が紆余曲折を経て情を通わせていくまでの様が描かれる。

 ご都合主義な展開、ユルい演出は決して「出来の良い作品」とは言えない。それでも、満足できた。パッとせず燻り続ける荒木=中島コンビならではの主人公像と、遠い島国の低予算ポルノにもかかわらず必死に演じるリンドバーグの健気さ、そして川谷拓三や岩尾正隆ら東映京都撮影所の大部屋俳優たちの醸し出す不穏な雰囲気、そして京都スタッフたちの織り成す確かな映像美――。これらと雑な構成や演出が重なることで、まさに「大井武蔵野館ワールド」を味わうことができるからだ。

 もう劇場はない。それでも本作のDVDを観ていると、リビングがあの薄暗くも温かな空間に変貌している気がして、当時の心地よさが甦った。

(春日 太一/週刊文春 2025年1月16日号)

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