『あまちゃん』の頃は“不器用な俳優”と思われていたが…「変わったなあ!」高価な着物を着こなし、田中圭を驚かせた、のんの“第二の役者人生”
文春オンライン / 2025年1月11日 11時10分
のんさん ©時事通信社
のんはかつて能年玲奈だった。そのことを2025年のいま、どれだけの人が認識しているだろうか。事務所を変わる際、能年玲奈からのんへと改名したのは2016年で、もうすぐ10年になろうとしている。それだけ経つと、もしかしたら改名したことを知らない人もいるのではないだろうか。
芝居に歌に創作活動にと活躍しているのんはのん、そう思っている人もきっといるだろう。その一方で、能年玲奈時代の作品に朝ドラこと連続テレビ小説『あまちゃん』(NHK)という大きな出世作があり、本作の彼女を説明する原稿ではたいてい役名に「アキ(能年玲奈 現:のん)」という注釈が入る。そもそも本名ということもあって、芸名を改名しても、能年玲奈が消えることはない。
いずれにしても、名は体(たい)を表すと言うように名前とはアイデンティティだ。ジブリのヒット作『千と千尋の神隠し』は名前を奪われたヒロインが名前を取り戻す冒険譚で、名前とは物語の題材になり得るほど大事なものなのである。ちなみにあれは「せん」で、のんは「のん」。
「これまでで最も性格の悪い役」を喜ぶ
改名して活動を続けるのんが映画『私にふさわしいホテル』(原作:柚木麻子、監督:堤幸彦)で名前を変える役を演じた。主人公・中島加代子は文壇で生き残るために中島加代子→相田大樹→白鳥氷→有森樹李と自ら名前を変えていく。大御所作家・東十条宗典(滝藤賢一)が彼女の作品を酷評したせいで鳴かず飛ばずとなった加代子(筆名・相田大樹)は、しがらみから逃れるために別人として新たな作家人生を歩むことにする。この役についてのんは「これまで演じたなかで最も性格の悪い役」と認識し、それを演じられたことを喜んでいた。
のんの言うように加代子は性格が悪い。東十条を恨み、因縁の争いを繰り広げながら、作家としてのし上がっていく執念は凄まじいものの、観客としてはそれを好意的に捉えることはやや難しい。老作家を陥れていくその姿は偏執的で、行き過ぎれば、スティーブン・キングの『ミザリー』のようなキャラになる可能性を秘めている。だが柚木麻子の原作小説は加代子の毒をあっけらかんとポップに書いていて、それが堤幸彦の得意とする人を食ったようなコメディ演出との相性が良く、肩の力を抜いて笑って見ることができる映画になっていた。98分の潔い短尺なのもちょうど良かった。
柚木麻子は映画のパンフレットでの筆者の取材に「日本のフィクションにおける女性小説家は不器用でイノセントに描かれがちですが、私はそういうふうにしたくないと思って加代子を書いていたので」と語っている。確かに加代子には健気さ、謙虚さがこれっぽちもなく、自分に自信があって邁進し続ける。
彼女の作品が東十条に酷評されたことは同情に値する。が、だからといってそんな強引な復讐の仕方はありなのか?と首をかしげざるを得ない。文壇の古く偏ったしきたりによって理不尽な目に遭う悲劇のヒロインに成り得る設定だが、加代子は決してそうならない。既得権益をふりかざす権力者に正義の鉄槌を下すのなら喝采できるのに、あくまでも私的な恨みによる復讐に終始しているため、次第に老人虐めにも見えてこないこともない。でもそれはあえて描かれたものなのだ。
『TRICK』山田奈緒子との共通点
原作に描かれた主人公の復讐心にへんに手心を加えず、ありのままに人物の欲望を描ききり、原作者を満足させたという堤幸彦監督はもともと、『TRICK』『SPEC』『truth~姦しき弔いの果て~』などで性格の悪い人物(とくに女性)を描いてきたことで定評がある。今回の加代子は、『TRICK』の山田奈緒子(仲間由紀恵)に近いと感じる観客もいるようだ。
奈緒子は貧乏でいじましく生きているが見栄っ張りで負けず嫌いでこわいもの知らずで、えらい人にも忖度なくものを言うキャラクターだった。『私にふさわしいホテル』の加代子もいじましいし、自分に正直に生きている。奈緒子も加代子もこんな人はいないというのではなく、人間誰もがそういうところをもっていると思わせるキャラクターだ。自分がうまくいかないことを他人のせいにしたり、他人の不幸を喜んだりするところは誰だって大なり小なりある。それを隠すのがせめてもの配慮とされるが、それを隠さないのが奈緒子であり加代子だ。
のんは『私にふさわしいホテル』の撮影時、加代子が愛する山の上ホテルの客室の、ヴィンテージ感あふれる机にシャンパンを撒き散らしたことを、「やってはいけないことを公然と、思う存分やれたことが本当に楽しい体験でした」とパンフレットで語っている。さすが「のん」だけあって「non」。人間の本質を端的にわかって演じているのん。なんて聡明な俳優なのであろうか。
「不器用な俳優」から変化したきっかけは
振り返れば、のんが能年玲奈であった頃、聡明というよりは不器用な俳優というイメージを持たれていたと思う。猫背で、台詞回しはたどたどしく、それが素朴で『あまちゃん』でも好意的に見られた。『あまちゃん』のアキは未成熟で、じょじょに自分のなかに眠る可能性に気づいていく役だったから、のんの醸すたどたどしさがピッタリだったといえるだろう。『あまちゃん』(13年)の頃から彼女が監督した『Ribbon』(22年)の頃まで、わりと長い年月、のんは取材時、思っていることをうまく言語化できず、もどかしそうにしていた記憶が筆者にはある。
それが変わったなあ! と思ったのは『さかなのこ』(22年)や『天間荘の三姉妹』(22年)の頃だった。とくに『天間荘の三姉妹』では饒舌で驚くほどだった。『あまちゃん』のアキを意識して描かれたヒロインを「“ぽい!”と思いました(笑)」とけろりと言った。さらに、一身に受難を引き受け、それでも光に向かっていくような、いわゆるヒロイズムを感じる役を自分は期待されていると自覚し、そういう役が好きだし、期待に応えたいと語る口調に迷いはなかった。その変化をのんは、『Ribbon』で監督をやったとき、自分の思いを他者に伝える必要が生じたからだとパンフレットの筆者の取材で答えている。のんとして、俳優以外の役割が増えたことが彼女を変えたのであろう。
さて、俳優としてののんのスキルはどうか。堤は『私にふさわしいホテル』のパンフレットで「何をやっても真面目に面白いというか、コメディアンがコメディをするのではなく、役として面白いことを一生懸命される方。面白くないことでも彼女が真面目に取り組むと面白く見えてしまう、そんな天賦の才能がある」と評している。
堤は加代子の箸の持ち方を独特にしたり、堤考案の文豪コールをやらせたり、目を1.5倍に開けてとリクエストしたり、独特の堤演出をちょいちょい付け加えた。加代子の大学時代の先輩・遠藤を演じた田中圭は、長台詞の場面で、急に堤が「セリフを一気にまくしたててほしい」と言い、のんがそれに見事に応じたことを讃えていた。基本コメディなのだが、この場面だけ加代子と遠藤の表情が違う。ピリっとしているのだ。
監督に要求されたことを徹底的にやりきろうとするのんの真摯さによって、加代子がどれだけ東十条に意地悪を仕掛けても、遠藤を厳しく糾弾しても、不快感が軽減されるのだ。高を括っていない、加代子の言動は映画のなかで語られる「イノセンス」そのものに見える。映画では「イノセンス」という概念を幾分、冷笑しているようにも見える。それは、遠藤が彼の幼い娘たちにサンタクロースが存在するという夢を与え続ける行為に象徴される。それは一般的に解釈される「イノセンス」という少女の夢のような、いたいけなものというイメージそのものだ。でもそれは真のイノセンスではなく、柚木の原作では「イノセンス」は「世間と闘って、一人一人が必死に守り抜くべきものなのだ」とある。柚木の描く「イノセンス」をのんは無心に表現していた。
高価な着物を凛と着こなしていた
映画でもうひとつ印象的だったのは、着物姿である。加代子が東十条との最後の決戦のため、高価な着物を着て彼の自宅を訪問するシーンでののんは、着物を凛と着こなしている。20歳の頃から断続的にバレエのレッスンをしてきたことが姿勢に生きたのではないかと、のんはパンフレットの取材で明かしている。
猫背が素朴で、アマチュア感があって魅力的だった能年玲奈はもういない。それは少しさみしくもあるが、すっとまっすぐな背中は彼女のこれまで生きてきた道筋である。筆者がどんな質問を繰り出しても、のんはきちっと役のサブテキストについて返してくる。ひとつひとつを考え抜いて演じている。中島加代子が小説を書き続けるために名前を変えたように、のんも名前を変えて俳優として生き抜いてきた。それは演じ続けるためである。名前は大事。けれど、たとえ名前が違っても、その人はその人でしかない。
のんはきっと演じるために生まれてきたのだ。
映画の取材日。映画の舞台になった山の上ホテルで終日、何本もの取材を受けたあと、試写会の舞台挨拶のため移動、夜、もう一度取材のためにホテルに戻ってきたのんは、絶対に疲れているはずにもかかわらず、緩みを一切見せず、丁寧に、そして楽しそうにインタビューに答えてくれた。
『私にふさわしいホテル』では『あまちゃん』での名コンビの橋本愛との共演シーンがある。橋本愛の主演映画『早乙女カナコの場合は』(3月公開)では、のんが『私にふさわしいホテル』と同じ有森樹李役で出演している。そこではこれまでの橋本愛との関係性とは違う役割なのだとのんはこれまた嬉しそうに語った。背筋を伸ばし先輩口調で橋本愛に向かうのん。のんはどこまでも自由だ。
(木俣 冬)
外部リンク
この記事に関連するニュース
-
「あえて自分から孤独になろうと」キャリア重ねた48歳、滝藤賢一が「苦しまないといけない」と語る理由
日刊SPA! / 2025年1月11日 8時52分
-
エンタなう のんと滝藤賢一の文壇バトルで初笑い 文壇の下克上をコミカルに描く映画「私にふさわしいホテル」
zakzak by夕刊フジ / 2025年1月6日 6時30分
-
のん、“800万円の着物”で危機一髪ハプニング「恐ろしかった」
クランクイン! / 2024年12月28日 18時0分
-
のん、800万円の着物着用でハプニング「危機一髪で回避しました」【私にふさわしいホテル】
モデルプレス / 2024年12月28日 13時58分
-
田中圭、2024年は「記憶が無い年」来年の意気込み語る【私にふさわしいホテル】
モデルプレス / 2024年12月28日 13時46分
ランキング
-
1カジサックの美人娘 TV登場でネット沸騰「めっちゃかわいい」「まじで透明感えぐい」「目がそっくり」
スポーツ報知 / 2025年1月15日 12時20分
-
2粗品、宮迫キックボクシング挑戦へのバッシングに同情 「俺でもついに擁護する側に回るぐらい...」
J-CASTニュース / 2025年1月15日 11時7分
-
3源田壮亮・衛藤美彩夫婦が和解も疑問「どんだけ嫌われてんの」過去の“裏切り事件”が再熱
週刊女性PRIME / 2025年1月15日 11時0分
-
4中居正広トラブル 世界各国が報道 ドイツ紙に仏メディア「日本のスターが…」 米投資ファンドも意見
スポニチアネックス / 2025年1月15日 12時35分
-
5中居正広9000万円女性トラブル“上納疑惑”否定できず…視聴者を置き去りにするフジテレビの大罪
日刊ゲンダイDIGITAL / 2025年1月14日 11時3分
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
エラーが発生しました
ページを再読み込みして
ください