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「なるほど、言いえて妙だなと思いましたよ」長塚京三が最新主演作『敵』のタイトルに“納得した理由”

文春オンライン / 2025年1月17日 6時0分

「なるほど、言いえて妙だなと思いましたよ」長塚京三が最新主演作『敵』のタイトルに“納得した理由”

©文藝春秋

 キャリアを積み重ねた名優が最新主演作に選んだのは筒井康隆原作の『 敵 』(1月17日公開)。公開中の新作に込めた思いとは……。

◆◆◆

主人公が過去に復讐されている──イーストウッドの『許されざる者』に近い感覚

 主人公はかつて大学でフランス文学の教授をしていた、渡辺儀助という75歳の男。妻にも先立たれた今、ひとりこだわりの料理を作り、蓄えを逆算しながら、たまに講演をしたり、教え子のいる雑誌にエッセイを書いたりしながら悠々自適の暮らしをしている。そんな儀助の眼に飛び込んできたのは、パソコンのモニタに映った「敵がやって来る」というメッセージ。そこから、少しずつ彼の平穏な生活が狂い始める……。

 筒井康隆の小説『敵』は、老いという、人間ならば避けられない運命を抱えた主人公の意識を描く物語だ。筒井が「映像化は不可能」だと語っていたこの小説を、吉田大八監督が見事に映画化してみせた。

 主演の長塚京三は、吉田監督からオファーを受けたときのことを語る。

「監督から僕で『敵』を撮りたいというので脚本をいただいたんです。極端に僕流になっているわけではなかったけれど、だいぶ僕に当て込んだ脚本になっていた。それならば、やらせていただきましょう、と」

 原作を読んだ長塚が感じたのは、「敵」という言葉の巧妙さだったという。

「なるほど、言い得て妙だな、と。今まで味方だと信じていたものがことごとく敵に回るという感覚……復讐譚というのは少しおかしいかもしれないけれど、クリント・イーストウッド監督の『許されざる者』(92年)における馬みたいな感覚なのかな、と」

『許されざる者』の主人公・ビル(イーストウッド)は、亡妻と出会うまで非道な賞金稼ぎだった。時は過ぎ、再び賞金稼ぎの仕事に誘われたビルは、久しぶりに馬に乗ろうとするが、なかなか乗ることができない。その情けない姿を見ている子どもたちに、ビルは“この馬も、向こうにいる豚も、父さんに罰を与えている”と語る。

「自分がかつて馬をひどい目に遭わせたことがあるという自覚がある。だからこいつは俺に報復しているんだ、俺を乗せまいとしているんだ──というシーン。主人公が過去に復讐されているという意味で、このイメージが儀助の立場に似ているかな、と思ったんです」

 西部劇好きの長塚らしい“たとえ”である。

“役者をやっていてよかった”と思わせた夫婦の対話シーン

 フランスに留学していた経験を持つ長塚と、フランス文学を専攻してきた主人公・儀助。その知的な雰囲気も含めて、長塚に近い存在に感じてしまう。

「でも、儀助にあんまり共感するところはないなあ(笑)。もちろん、なぜこの人がフランス文学を始めたかというところには興味がありますから、僕なりに彼のバックグラウンドを考えましたけれど」

 長塚が儀助の人物像を考えたときに感じたのは、甘さ、傲慢さだったという。

「食事の描写についても食に対してエピキュリアンである部分を隠さないというか、むしろ自慢げに披露するみたいなところが見え隠れするでしょう? 教職者で、慕ってくれる生徒たちもいる。きっといい翻訳などもして、仕事では一定の評価を得た人間なんでしょう。ただ、一生楽をして食べていくほどの財産は築けなかった。だから精神的な優位をキープしておきたいという思いを感じたんですよね」

 彼の甘さは亡き妻・信子(黒沢あすか)に対する態度にも現れている。

「儀助という男はパリに滞在していた経験があって、いわば青春の理想郷なんですよね。そのパリに信子を連れて行くと約束したけれど、結局連れて行かずじまいだった」

 教え子の鷹司靖子(瀧内公美)、バーで出会った菅井歩美(河合優実)に恋心を覚えていた儀助は、ときおり信子の姿を夢想する。そのなかで、信子は静かに儀助を責める。

「好きな人の好きな場所を、最期まで共有してもらえなかった。奥さんからしてみれば“私なんか連れて行く必要がないってこと?”と恨み節を吐かれても仕方ない。そのうえで、心の愛人みたいな教え子が家にやってくるところを目の当たりにしたら、怒るじゃないですか(笑)。たぶん生きていたころに、口頭で理路整然と責め立てられたわけでもない。夢想のなかでの信子との会話は、儀助が頭のなかで構成したものなわけですよ。こうした夢想が儀助の老いであり、一種の狂気に近いようなことなんじゃないでしょうか」

『敵』は物語が進むにつれ、いつしか筒井康隆流の狂気に満ちあふれていく。映画ではその狂気がモノクロームの画面のなかで、さらに増幅されて提示される。

「筒井先生の描く狂気が、読者や僕たちの想像力によって、いろんな妄想をより過激にかきたてるわけです。その狂気を十全に理解して、儀助を詰めていく信子の姿を、黒沢あすかさんが演じておられた。とくにふたりが浴槽に入りながら、儀助の甘えを突いていく芝居は、対峙しているこちらも“役者をやっていてよかったな”と思うところでした。黒沢さんに限らず、みなさん黙々と監督の要求に応えてくださって、監督もうれしかったんじゃないですか?(笑)」

映画『敵』によって自分も復讐された?

 ちなみに、その吉田監督とはテーマについて議論することはほとんどなかったという。

「ただ、監督とふたりでシナリオの読み合わせは何度もやりました。監督も俳優さんでもあるので、儀助以外の台詞を読んでもらうかたちで、僕の家や会議室、いろんな場所で読み合わせをしてね。結局、テーマがどうこうを話し合うより、シナリオを読むことがいちばん役に立つんですよ。頭のなかにあるイメージのかけらを、シナリオにある生の言葉で埋めていくと、わかっていくことがあるんです」

 この物語は、儀助の見た、感じた、考えたものが物語を動かしていく。なので、長塚はほとんど画面に出ずっぱりである。

「こんなに始めから終わりまで映っている話ってあまりないので、楽しかったですよ。でもね、相当疲れるものですよ。やっぱりキャメラに映されると魂を取られる(笑)。加えてまあ、なんていうかな、キャメラは嘘を暴くんです。……いや、もともと演じるということ自体が嘘なんですよ? ただ、役者がキャメラの前に存在することの嘘を暴かれてはいけない。そのために、それはもう大変な嘘の塗り固めが必要となる。だから疲れるんです」

『パリの中国人』(74年)からキャリアが50年を超えた長塚は、言葉と裏腹に、にこやかに語る。

「だいたい、嫌でも自分がどういうふうにスクリーンに映るのかが、もうわかるんですよ。だから……あとはご覧になった方々が、どう感じてくださるか、だけです」

 作品が描いた狂気は、2024年(第37回)の東京国際映画祭で観客に衝撃を与えた。同映画祭では東京グランプリ、最優秀監督賞、最優秀男優賞と3つの賞を獲得している。

「僕自身、新鮮な体験をしたシーンも多かったし……まあ、僕もこの作品で復讐されたのかもしれないなあ(笑)」

(一角 二朗/週刊文春CINEMA オンライン オリジナル)

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