「アメリカ社会は『頭脳』と『肉体』が分離している」昭和史研究家・保阪正康が読み解く“戦後のアメリカ像”の本質
文春オンライン / 2025年2月5日 6時0分
保阪正康氏 ©文藝春秋
昭和史研究家・保阪正康氏が、アメリカという国家の「本質」について考察する。
◆◆◆
アメリカン・デモクラシーを問い直す
戦後、私たちはアメリカン・デモクラシーをデモクラシーの手本として受け入れてきたが、それは占領前期と占領後期ではまったく性格を変えている。前期の方向性は民主化、非軍事化であり、後期は軍事をともなう反共主義であった。つまり、アメリカン・デモクラシーとは「アメリカの国益に合致する民主主義」に他ならず、私たちはそれを超える「普遍的な民主主義」を思考し実践する必要がある。
さらなる問題は、アメリカン・デモクラシー自体が本国アメリカで重大な隘路(あいろ)に突き当たり、日本もその影響下にあるということだ。アメリカ社会は新自由主義的な弱肉強食を極端な形で現実化してしまい、そこでは富み栄える者と貧しさのなかに置かれた人々の格差はいよいよ開いていく。そうした社会状況下、大統領選挙では、疎外された人々がトランプのほうに変革の希望を見出したのではないかというのが私の見方であった。民主党と会派を組む、左派の上院議員バーニー・サンダースが発した「労働者階級を見捨てた民主党が労働者に愛想をつかされた」という、自らの陣営を強く批判するコメントは、事の本質を言い当てていると感じ、それを引用もした。
日本のメディアの報道や識者の予想は、接戦であったり、カマラ・ハリス優位というものが多かったように思う。これは、取材力が弱くなっていることや、歴史を踏まえて現在を見る態度が欠落していることなどに起因し、総じて私たちのアメリカ観が一面的になっていることの現れではなかったか。
かくいう私もアメリカは取材で数回訪れたくらいなのだが、自分なりの知見を動員し、傑出したアメリカ人にスポットを当てながら、戦後のアメリカ像を描いてみたい。必要なことは、私たちがアメリカとして思い描く既成の社会像から一度離れてみることであろう。
「ベトナムで戦えと言って、応じるワシントンの頭脳がいるか」
まず、アメリカの広大な国土はおよそ均質性と無縁であり、地域的に特化した役割を負わされていることを見る必要がある。ワシントンは政治を司り、ニューヨークは経済と文化の中心都市であり、シカゴは交通と穀物取引の要所であり、シアトルはIT産業の拠点であり、カリフォルニアは農業地帯であり、デトロイトでは自動車産業が担われており……といったように、地域性が際立つ特徴がある。ワシントンやニューヨークには、たしかに人類史を牽引する頭脳が世界中から集まってきた。その意識と、他の地域の庶民の感覚は、異世界と言えるほどの隔たりがある。
私は、アメリカ政府の関係者から、ベトナム戦争に国民を徴兵するに際してのこととして、「ベトナムへ行って戦えと言って、それに応じるワシントンの頭脳がいるだろうか」という言を聞いたことがある。現実にベトナムで戦闘の最前線に送られた兵士は、貧困層や社会的弱者が多かったのである。従軍への補償や見返りはあるにせよ、アメリカ社会は「頭脳」と「肉体」の分離によって支えられてきた。
世界中からアメリカに渡ってきた、ワシントンの「頭脳」と呼ばれるなかには、異能の存在がいたことも確かだ。その筆頭に私が想起するのは、2023年に100歳で死去したヘンリー・キッシンジャーである。
キッシンジャーは1923年、ドイツのフュルトでユダヤ人の家庭に生まれ、ナチスによる迫害から逃れてアメリカに移住した。1943年にアメリカ国籍を取得し、第二次世界大戦では陸軍に志願、諜報部隊の軍曹として故郷ドイツに出征している。戦後、アメリカに帰国してハーバード大学で国際関係学の博士号を取得、国務省などを経て、リチャード・ニクソン政権で大統領補佐官に就き、ニクソン、ジェラルド・フォード両政権で国務長官に就任する。旧ソ連との緊張緩和を進めつつ、1971年には中国を極秘訪問し、翌1972年のニクソン大統領電撃訪中と、1979年の米中国交正常化を牽引する。1973年にはベトナム戦争の和平交渉を実現してノーベル平和賞を受賞したが、時に軍事力の行使を辞さないその外交手法が、果たして受賞に値するのかという批判が根強くあったのも事実である。
本記事の全文は、「文藝春秋」2025年2月号と、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されています(保阪正康「 キッシンジャー、オルブライト 2人の『亡命』外交官 」 )。
全文では、キッシンジャーの外交法、韓国大統領の尹錫悦氏と日本の軍事指導者との共通点、田中角栄へのキッシンジャーの評価、国務長官を女性で初めて務めたマデリーン・オルブライトへの評価、ファシズムに向かう指導者の特徴、日米関係におけるプラグマティズムの重要性、昭和100年と戦後80年の違いなどについて語られています。
(保阪 正康/文藝春秋 2025年2月号)
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