「私なら絶対にそんなことは言えません」対局相手のプロ棋士も胸を打たれた、敗れた西山朋佳の“第一声”
文春オンライン / 2025年2月4日 11時0分
西山朋佳女流三冠
〈 西山朋佳女流三冠はあと一歩及ばず…試験官の柵木幹太四段は「全力でぶつかる将棋が楽しかった」 〉から続く
西山朋佳女流三冠が挑戦した棋士編入試験は第5局が1月22日に関西将棋会館で行われ、結果は試験官を務めた柵木幹太四段が勝利した。史上初の女性棋士まであと1勝に迫ったものの、最後はわずかに及ばなかったわけだが、ここで編入試験について私見を述べたい。
棋士にとって「負けていい対局」は存在しない。ただ現行の制度では、受験者と試験官に対してかかっているものが違い過ぎる。受験者が得られるリターンは言うまでもない。対して試験官のそれはというと、ないに等しいと思う。もちろん対局料はあるが、仄聞した限りでは公式戦の対局料と比較しても多いわけではない。
現行の制度は十全ではない
筆者が第1局について書いた記事でも触れたが、試験官にかかっているのはプライドだけなのである。もちろん米長哲学の思想は素晴らしいと思うし、また棋士が敗退行為をするとも考えてはいないが、試験官の善意と、その善意を将棋ファンが信じていることのみが保証となっている状況で、相手の人生を懸ける戦いを行わせる(しかも立場的にはもっとも弱いであろう新四段に)のを続けていいのだろうかと考える。
ではどうするかというと、まず考えられるのは試験の舞台を公式戦とすることである。例えば、受験の申請があった時点で、受験者をプロ棋士と同様に扱い、そこから始まる新期の棋戦に参加させるのだ。参加した棋戦すべてで敗退する前に規定の成績を上げれば合格とする。公式戦ならば、試験官にとって懸かっているものが段違いとなる。あるいは試験を受ける過程での公式戦で上げた成績で十分という見方もあるかもしれないが、その辺りは一考の余地があるだろう。
また、懸かっているのがプライドのみであるとしても、試験官に選ぶのは受験資格を得る過程で受験者に公式戦で敗北した棋士からとするというのも考えられる(公式戦敗者が試験官を務めたのは、瀬川晶司現六段のプロ試験における久保利明九段の例がある)。同一の相手を二度負かせば、まぐれではないという理屈だ。
制度のあり方については、本気の討論とまではいかなくとも、棋士や関係者の間で話題になりやすい。「いっそのこと、現役棋士全員でくじを引いて、当たった人間を」という意見を聞いたこともある。これはさすがに冗談が過ぎるが、現行の制度が十全ではないというのは、ある程度の共通認識であると思う。
試験をきっかけに心を入れ替えた
柵木は本局について「成長する機会を作ってもらえた」と、まったくメリットがなかったということはないと語ったが、その言葉に甘えるだけではいいはずがない。
試験の翌日、増田裕司七段は柵木と会う機会があった。「棋士になってもっとも勉強しました」と言われたそうである。
柵木に改めて聞くと、
「棋士になって2年ほど経ちますが、満足のいく結果は残せていません。そのことに納得いかないかと言うと、そう言えるほど将棋に取り組んできたわけではなく、これでは何のために棋士になったのかと。試験をきっかけに心を入れ替え、研究会など将棋を指す機会も増やし、日々の生活から改めることができました。棋士になってからは最も取り組めたと思います」
ということだった。三段時代と同じくらいかとも言っていたので、その頃を思い出したのだろうか。
続けて「公式戦でも結果を残して、継続してやっていければ」とも語った。
試験官に対する感謝を述べる西山の姿
西山は夢にあと一歩のところで届かなかった。それでも終局直後に行われたインタビューでは、その第一声で試験官を務めた5人の棋士に対する感謝を述べた。
「難しい立場の中、5人の試験官の方々には、公式戦もあってお忙しい中、あまりメリットもないような戦いということで、葛藤も拝見していたんですが、それぞれの考えで向き合ってくださったことにはすごく感謝しています」
その姿に感動したファンは多かった。
西山の言葉をもっとも近いところで聞いていた柵木は「ビックリしました。私なら絶対にそんなことは言えません。勝ってならともかく、負けた直後に言えるのはすごいです。終局直後で頭が働いていない部分もあったのですが、そこだけは印象に残っています」と振り返った。ただ続けて、終局直後の西山を直視は出来なかったとも語った。
インタビューのあとは感想戦に。この時点で報道陣のカメラはほとんど柵木の背から西山に向かっていた。混乱を避けるため、感想戦のカメラは数グループに分けての入れ替わり撮影となっていた。柵木の顔にカメラを向けたのは専門誌のカメラマンなど、わずかしかいなかったように思う。西山の兄弟弟子である清水航三段と藤井奈々女流初段が感想戦を見守っていた。
スポンサーによる女流棋戦の活性化
感想戦後には西山の記者会見が行われた。そこで再挑戦について問われた西山は「今日のことだけを考えていたので、今後のことは気持ちを整理してから」と、具体的な明言はしなかった。また五番勝負を通して得られたものを聞かれると、「多くの注目に対して見合った将棋、納得のいく将棋を指そうと取り組んだことで、将棋に向かう時間が多く充実できました」と答えた。
そして、これからの夢について尋ねられると、小考してから「落ち込んでいる暇もなく女流のタイトル戦が始まります。女流棋戦は多くのスポンサーに活性化させてもらって、魅力が出てきました。自身もそういうところに少しでも携わって行ければと思います」と語った。
「スポンサーによる活性化」は現在の女流棋界を象徴している事象かもしれない。女流棋士にとって、対局と双璧にある仕事が普及活動だ。動画中継の聞き手を務めることなどもその1つである。人気のある番組の聞き手は実入りも多いとされる。ところが、そのような仕事を最近では女流棋士が断ることもあるそうだ。その理由が「研究会があるので」と。
将来の女流棋界
対局で結果を残したほうが、より実入りがよくなるということらしい。スポンサーが増えたことで対局に向き合う機会が増え、その結果として実力が向上するのはプロ競技としてあるべき一つの形だろう。普及活動についても、以前はさほど行う機会がなかった女流棋士にスポットが当たって新たな開拓があるのは悪いことではないはずだ。
西山と福間香奈女流五冠の2強に対して、割って入ろうとしている最有力候補が中七海女流三段だ。奨励会三段リーグ経験者が席巻している現在の女流棋界だが、棋戦の充実によって女流棋界のみから編入試験に挑むまでに至る女流棋士が、将来には現れるかもしれない。そのことがスポンサーに対する一つの恩返しになると思う。
写真=石川啓次/文藝春秋
(相崎 修司)
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