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「他人の恋愛がうまくいかないとテンションが上がり喜んでしまう」雨宮まみの“穴の底でお待ちしています” 第40回

ココロニプロロ / 2016年11月4日 13時0分

人の不幸を喜ぶような人間でいたくはないですよね。ろりさんも「不幸になってほしいとは思いません」と書いてらっしゃいます。なのに不幸話のほうにテンションが上がってしまう。

「幸せ」って、案外バリエーションが少ないものなんですよね。「好きになった」「付き合った」「結婚した」とかで、それも全部同じじゃなくてそれぞれに全然違う「幸せ」であるはずなんですが、面白いか面白くないかと言われると、「幸せが憎い」という意味ではなく、単純にニュースとして面白さはないですよね。よっぽど親しい友達ならじーんと来たりもするでしょうけど、それも「面白い」とは違います。

すっごい極端なこと言いますけど、「幸せ」って別に自分のでも他人のでも、面白くはないんですよ。「幸せ~」って思うの最高ですけど、面白いかって言われると別に面白くない。恋愛中の二人の間で面白いことがあっても、それは外部から見れば単なるのろけであって、やっぱり面白い域に達するには相当のことがなければ無理だし、のろけを面白さに変える訓練をすべきかというと、別にしなくていいと思います。

幸せが面白くないのと同じように、「うまくいってない」というちょっとした不幸が面白いというのも、あると思うんですよね。ろりさんがガチで人の不幸にテンション上がりまくる人だったらちょっとヤバいと思いますけど、たぶんろりさんは人の幸せに「あーあ……」と思いつつも、後輩が恋愛うまくいかなくて泣いてたら真剣になぐさめちゃうでしょうし、先輩がふられて傷ついてたら「飲むならつきあいますよ」ぐらい言いそうです。つまり、本気でものすごい不幸を望んでいるわけではなさそうに感じるのです。ちょっと何か面白い事件が起こればいいな~程度の淡い期待で、それがないとガッカリする、くらいのものではないでしょうか。

ろりさんのその感覚は、芸能人の熱愛報道を見ているときの庶民の感覚と同じだと思います。熱愛発覚して「うまくいってほしい!」と思うときもありますが、「え~チャラついた感じだしすぐ別れそう~」って思ってしまうときもあります。どっちも自分にはまったく関係ないのに、人の幸せや不幸をエンタメとして享受してしまいます。

これはこれでヤバい現象だと思うのですが、最低限、芸能人だろうが自分といくら関係のない人であろうが、「相手も人である」ということを忘れずにいるということが大事だと思うんですよね。相手が人であると思っていれば、そんなに簡単に暴言は吐けない。心の中でどんなにどす黒いことを思っても、です。

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