「生理に気づけない」「生理の仕組みを理解するのが難しい」視覚障害と生理の現実。生理も“バリアフリー”であるために
CREA WEB / 2024年12月17日 11時0分
「月経カップを使うようになってから、生理にまつわる面倒くささから解放された」。こう語るのは、視覚障害を持つパラ競泳選手の石浦智美さんです。その背景には、月経カップや吸水ショーツ販売するインテグロ株式会社のサポートがありました。
生理においても「バリアフリー」を実現することはできないのか。石浦さんと、インテグロの代表取締役・神林美帆さん、同社の生理ケア&月経カップアドバイザーで元競泳選手の木下綾乃さんにお話を伺います。
自分が感じている経血量と実際のデータに乖離が
――まず簡単に、インテグロの取り組みについて教えていただけますか?
神林 はい。2018年の事業開始以来、「女性ならではの健康課題によって社会活動が制限されることなく、誰もが自分らしく活躍できる社会をつくる」というミッションを掲げています。月経カップや吸水ショーツの提案に加え、教育ツールとしての女性生殖器模型の販売や、香川大学との共同研究「現代女性の月経量に関する研究」などもその一環です。
――月経量の研究、興味深いです。
神林 日本産婦人科医会では、正常な経血量を20~140グラムと定義し、それ以上を過多月経としています。このデータは50年以上前、生理用ナプキンの販売が始まった頃に、使用済みナプキンをもとに推計されたものなんです。
当時の女性は、現代よりも生理が始まる年齢が遅く、出産回数が多かった分、生理の回数が少なく、ライフスタイルもかなり違っていました。そこで、私たちは月経カップユーザーに協力してもらって検証を行いました。
その結果、正常とされる経血量には大きな差はありませんでしたが、私たちが注目したのは、多くの女性が、事前質問「あなたの経血量は?(多い・普通・少ない)」に対する回答と、実際の経血量が一致しないことでした。特に、過多月経が見過ごされると、婦人科疾患のリスクを見逃す可能性があります。
生理は女性にとって健康のバロメーターでもあり、経血の色や量を把握することは非常に重要です。この研究から着想を得て、経血量が簡単に記録できる生理管理アプリ「Oh My Flow(オーマイフロー)」の開発を行いました。
「生理に気づけない」「生理の仕組みを理解するのが難しい」
――インテグロさんは、2024年2月に視覚障害のある方を対象にした「フェムケア勉強会」を開催されたと伺いました。こちらは、どのようなきっかけで始まったのでしょうか?
神林 「一般社団法人 視覚障がい者美容協会(JBB)」の代表の方が、女性生殖器模型の販売を開始したというリリースを見てご連絡くださり、「ぜひこの模型を使って、視覚障害者向けの勉強会を開催したい」とご相談いただいたのがきっかけです。
JBBさんからは、視覚障害のある方々が「生理に気づけない」「生理用品が選べない」「体の構造を図で確認できないため、生理の仕組みを理解するのが難しい」という課題を抱えていると伺いました。
――参加された方々の反応はいかがでしたか?
神林 最初は緊張している様子もありましたが、勉強会が始まるとみなさん積極的に取り組んでくださいました。月経カップの装着や取り出しの練習をしたり、一緒に生殖器模型を触って、体の構造や臓器の位置を確認したりもしました。
木下 石浦さん、こちらがインテグロで販売している模型です。ぜひ触ってみてください。ここが膣の入口で……。
石浦 (模型を触りながら)なるほど。わかりやすいですね。
神林 勉強会の最後には「参加できてよかった」「月経カップや吸水ショーツも試してみたい」といった声をいただき、私たちも励みになりました。
――石浦さんとの出会いや勉強会を通して、神林さんや木下さんが感じたこと、気づいたことはありますか?
木下 ひと言で「視覚障害」といっても、本当にひとそれぞれだということを改めて感じました。石浦さんのように途中で視力を失った方もいれば、生まれつき見えない方もいるんですよね。
ただ、月経カップも言葉だけで説明するのは難しいですが、手で触れてもらうことでサイズや形状、使い方をしっかり伝えられると気づきました。丁寧なサポートがあれば、障害があっても問題なく使えるといううれしい発見がありました。
神林 目が見えないことで、「経血漏れに気づけない」「生理用品の買い物や在庫管理が大変」「月経カップなど新しい製品の情報を得にくい」といった課題があることは、実は想像すればわかることなんですよね。それなのに、普段どれだけこうした視点を持たずに生活しているかを痛感しました。
同時に、月経カップは視覚障害だけでなく、他の障害を持つ方々にも役立つ可能性があると感じました。ナプキンやタンポンよりも容量が大きく、頻繁にトイレに行くのが難しい方にとって、非常に便利な選択肢です。
ダウン症のお子さんを持つお母さんからの問い合わせ
――石浦さん、パラアスリート仲間に月経カップを薦めたことはありますか?
石浦 以前、パラ水泳の仲間で手と足がない選手に相談されて、月経カップを紹介したことがあったんです。彼女は生理用品を交換するたびに誰かの手を借りなければなりません。月経カップと吸水ショーツを併用すれば、学校や外出先で交換する必要がなくなり、自宅で処理をするだけで済むのでは、と考えたそうなのですが、ご両親から反対されて断念したそうです。
神林 そうだったんですね。もしかしたら、介助するご両親がカップの装着や取り出しをすることになるため、それは難しいだろうと感じたのかもしれませんね。ただ、親御さんが反対するケースは健常者でも少なくありません。特にお母さんが、自分が使ったことのない生理用品に対して不安や抵抗感をもつことはよくあるようです。タンポンやピルについても同じような話を聞くことがあります。
木下 一方で、お母さんのほうから関心を持ってご連絡くださることもあります。
以前、初潮前のダウン症のお子さんを持つお母さんからご相談を受けました。その方も、学校でナプキン交換の介助を先生にお願いする必要があり、少しでもその手間を減らしたいと考えて、長時間耐えられるような選択肢を探していらっしゃいました。
そこで「お母さんからお子さんに月経カップの使い方が教えられるように、まずはぜひご自身で使ってみては?」と提案したんです。その結果、お母さんは実際に月経カップを使って生理のさまざまな不快感から解放され、カップの大ファンになってくれました。お子さんもカップを見て「かわいい! 私もほしい!」と、興味を持ってくれたそうです。「カップのおかげで娘の生理に対する不安が軽減して、気持ちが楽になった」と喜んでいただきました。
神林 障害の有無にかかわらず、母親や介助者など身近な人が生理ケアの選択肢を増やしておくことは、若い世代の女性たちの選択肢を広げることにつながると思います。
生理ケアにも「バリアフリー」の視点が必要
――今回のように、「生理」をはじめ、妊娠や更年期など、女性ならではのお悩みや、心と体の健康について語られる機会が増えつつあります。みなさんは、これからどんな社会を目指していきたいと思いますか?
石浦 障害があっても、生理期間を不安なく過ごせる社会になってほしいと思います。月経カップのような新しい選択肢が広がり、誰もが自分に合った方法で生理を管理できる環境が整えば、障害の有無に関係なく、より安心して生活できるはずです。
――障害者の生理ケアについて、これからの社会はどのように変わるべきだと思いますか?
神林 障害者の生理ケアにも「バリアフリー」の視点が必要だと思います。まずは、障害を持つ方々がどのような困りごとを抱えているのか、その声を社会に発信し、届けることが大切ですよね。
木下 たとえば、月経カップの使い方や生理用品の購入における困難など、具体的なエピソードを共有することで、多くの人が「こんなことに困っているのか」と気づくきっかけになります。そうした声を拾い上げ、共有する仕組みがもっと広がるといいなと思います。
石浦 私自身も、声を上げることで初めて周囲に理解してもらえると感じています。月経カップを使い始めた体験を共有することで、「それなら自分にもできるかも」と思う人が増えたらうれしいですね。
――月経カップのような新しい選択肢が出てきた時も、つい健常者から見て便利か否かだけで判断してしまいがちです。そうならないために、具体的にはどんなことが必要だと思いますか?
神林 障害を持つ方が、安心して自分の経験や悩みを話せる場を作ることが第一歩だと思います。その声を共有し、製品やサポートの改善につなげたいです。また、学校や職場での性教育の充実、生理に関する正しい知識の普及も欠かせません。これによって周囲の理解が深まり、協力し合える環境が生まれるはずです。
「バリアフリー」という言葉は、建物や設備だけでなく、生理ケアや日常生活、仕事、ファッション、恋愛といったさまざまな場面で必要だと感じます。私自身、障害を持つ方々が直面する課題について最近学び始めたばかりですが、こうした気づきを共有し、一人ひとりができることを考えて行動することが、社会をより良くする大きな一歩になると信じています。
石浦 私も、自分の体験を共有することで「それなら自分もできるかも」「こんな方法があったのか」と思う人が増えてほしいと願っています。一人ひとりが声を上げ、その声を周囲が支える仕組みを作ることで、障害があっても自分らしく過ごせる選択肢が広がることが大切だと思います。
木下 実際に障害を持つ方々と接するなかで、具体的な困りごとやサポートの方法を学ぶことができました。それを一つひとつ実践し、小さな行動を積み重ねることで、大きな変化を生む力になると思います。みんなで力を合わせて、すべての人が安心して暮らせる社会を目指していきたいですね。
石浦智美(いしうら・ともみ)
新潟県上越市出身。生まれつき、緑内障と無光彩症があり、将来的には見えなくなるだろうと診断される。医師のすすめで2歳ごろから水泳をはじめ、高校3年生で初めて国際大会へ出場。東京パラリンピック、パリパラリンピックに2大会連続で出場し、東京では50m自由形で7位、パリでは混合400mリレーで6位、100m自由形で8入賞を果たした。伊藤忠丸紅鉄鋼株式会社所属。
神林美帆(かんばやし・みほ)
インテグロ代表取締役。約8年間、国内大手航空会社で国際線キャビンアテンダントとして勤務。その後、カナダへ留学し、帰国後は米国口腔ケア商品の日本市場立ち上げに従事。青山学院大学大学院国際マネジメント研究科(MBA)修了。2016年、月経カップと出会い、その快適さと安心感に感銘を受け、2018年にインテグロ株式会社の代表に就任。著書に『私たちの月経カップ:より快適な新しい時代の生理用品』(現代書林)がある。
木下綾乃(きのした・あやの)
生理ケア&月経カップアドバイザー。筑波大学 体育専門学群 卒業、中高保健体育教員免許取得。筑波大学 人間総合科学研究科 体育学専攻 博士前期課程 修了。3歳から水泳を始め、約18年間にわたり競泳選手として活躍。月経カップを使い始めてから、生理中の過ごし方や生理への意識が大きく変化。これまでの経験を活かし、月経カップの選び方や使い方、生理ケアに関する情報をワークショップやSNSなどで発信している。
文=河西みのり
撮影=平松市聖
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