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雅子さま・愛子さまのファッションに見る「皇室に受け継がれるもの」《ティアラ、着物の帯、銀製の“小箱”まで》

CREA WEB / 2025年1月2日 6時0分

 長い歴史を誇る皇室では、三種の神器をはじめとする御由緒物や、古色蒼然たる宮中祭祀など、千年以上もの間、連綿と受け継がれてきました。

 それは、現代の雅子さまと愛子さまのファッション・アイテムを見ても、皇室の歴史との繋がりを感じさせます。


雅子さまがイギリスの晩さん会で着けられたティアラ


イギリスでの晩さん会。雅子さまは菊模様のティアラをご着用 ©PA Images時事通信フォト

 2024年は、天皇ご一家は長女の愛子さまが就職し、本格的に公務に取り組まれるようになったこともあり、お姿を目にする機会が格段に増えました。

 この一年を振り返ると、皇后雅子さまが最も華やかな装いに身を包んでいらっしゃったのは、国賓として陛下と公式に訪問された、イギリスでの晩さん会だと思います。

 雅子さまはレース生地を使ったエレガントなドレスをお召しになり、頭上には菊の模様があしらわれたティアラを着けていらっしゃいました。

 雅子さまがこのティアラを着けられたのは、初めてではないかと思います。

 これまで即位に関する行事で雅子さまが着用していらっしゃったのは、このティアラとは別の、中央に大きなダイヤモンドを配した「皇后の第一ティアラ」と呼ばれるものでした。

 そもそも、ティアラは重要な儀式などで正装する時に着用するもの。

「皇后の第一ティアラ」は、明治天皇の后である昭憲皇太后が、宮中で最も格が高い女性の礼服である大礼服に合わせて発注したもので、その後、大正、昭和、平成、令和の皇后陛下へと受け継がれてきました。

 このティアラは、ドイツの金工師レオンハードおよびフィーゲルの二氏に命じて製作されました。王冠にはブリリアント型のダイヤモンド60個が配され、その中心には21カラットのダイヤモンドが燦然と輝いています。

 このティアラを含めた装飾品の値段は、今の貨幣価値にすると億単位の金額になるとか。


「第一ティアラ」を着用された雅子さま ©文藝春秋

 昭憲皇太后がこのティアラを着けられた写真を見ると、王冠の先端にいくつも星形の飾りが据えられており、雅子さまが身に着けていらっしゃったものとは、デザインが違うように見えます。


「第一ティアラ」を着用された昭憲皇太后(明治神宮公式サイトより)

 昭和天皇の后である香淳皇后の写真では、星型の飾りがあるティアラもあれば、ないものもあることから、この星型の飾りは取り外しができるようになっているようです。

 冒頭で触れた、雅子さまがイギリスでの晩さん会で着けていらっしゃった菊の模様のティアラは、「皇后の第二ティアラ」と呼ばれ、大正天皇の后である貞明皇后の時に製作されて、昭和、平成、令和の皇后陛下へと受け継がれてきました。

 なぜこの時に雅子さまは第二ティアラを着けられたのかを考えると、隣に並んで同じくティアラを着用していたカミラ王妃を、引き立てようと配慮されたのではないでしょうか。

愛子さまのティアラは…


2021年12月5日 御成年行事に臨まれる愛子さま ©JMPA

 ティアラは皇室の行事などに出席する際に身に着ける、女性皇族の必須アイテムとされ、成年になる時などに製作されてきました。

 しかし、愛子さまは20歳になる時にコロナ禍であったため、苦境にある国民生活を慮って新調せず、叔母の黒田清子さんからティアラをお借りになりました。

 2024年の新年祝賀の儀でも、愛子さまはお借りになったティアラを身に着けられ、そこには国民と苦楽を共にするというお気持ちが表れていると思います。

美智子さまから雅子さまに受け継がれたもの


1993年4月12日 納采の儀に臨まれる雅子さま ©JMPA

 一般の家庭でも、お姑さんがお嫁さんに大切なものを譲るというのはよくあることでしょう。

 雅子さまは一般の結納にあたる「納采の儀」の時、朱色地に七宝華紋の帯を締めていらっしゃいました。

 この帯は、皇室に嫁ぐ雅子さまへ、美智子さまから贈られたものでした。

 もともとは香淳皇后から美智子さまに譲られたもので、義母からお嫁さんへ、世代を超えた思いが込められているものだと言えます。

 他にも、美智子さまから雅子さまへ、細やかな心配りが込められていたのは、結婚式の時に身に着けられるローブ・デコルテの生地でした。


ご成婚の日、ローブ・デコルテをお召しになった雅子さま ©JMPA

 1959年、上皇さまと美智子さまが結婚する時のローブ・デコルテの生地は、京都にある西陣織の老舗、龍村美術織物に依頼。その生地には、大変縁起の良い鳳凰と龍が金糸や銀糸で織り込まれており、「明暉瑞鳥錦(めいきずいちょうにしき)」という名前が付けられました。

 出来上がった生地は、ローブ・デコルテのデザインを担当するクリスチャン・ディオール社に渡され、1959年4月10日の結婚式で美智子さまがお召しになったのです。

 匠の技が結集した「明暉瑞鳥錦」は、以後、一切使うことはないだろうと思われていましたが、陛下や秋篠宮さまが結婚する際、美智子さまが注文されて、この生地が雅子さまと紀子さまのローブ・デコルテにも用いられました。


ご成婚の日、ローブ・デコルテをお召しになった雅子さま ©JMPA

 結婚する際に身にまとうローブ・デコルテの生地には、嫁ぎくる妃殿下たちへの、美智子さまのお心遣いが込められていたのです。

愛子さまに受け継がれた皇室の伝統

 皇室に受け継がれているものは、装いに関することだけではありません。

 皇室では明治以降、慶事などの際に記念の品として、銀製のお菓子入れである「ボンボニエール」が作られてきました。

 2021年12月1日、愛子さまが20歳の誕生日を迎えられた時はコロナ禍であったため、祝宴やお祝いの茶会は開かれなかったものの、実は記念のボンボニエールは製作されていました。

 ボンボニエールの表面には、愛子さまのお印であるゴヨウツツジが上品にデザインされ、その斜め上には皇室の紋章である菊の御紋が配されています。慎ましやかで控えめな、愛子さまのイメージにぴったりです。

 皇室に代々受け継がれてきたジュエリーや、和や洋での装いに関するもの、そして皇室の習慣も、過去から未来にわたり、世代を超えて守り続けられています。

つげのり子(つげ・のりこ)

放送作家、ノンフィクション作家。2001年の愛子内親王殿下ご誕生以来、テレビ東京・BSテレ東で放送中の「皇室の窓」で構成を担当。西武文理大学非常勤講師。日本放送作家協会、日本メディア学会会員。著書に『天皇家250年の血脈』(KADOKAWA)、『素顔の美智子さま』『素顔の雅子さま』『佳子さまの素顔』(河出書房新社)などがある。

文=つげのり子

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