参入多いが難しいアパレルの多角化戦略、成功の秘訣は?
ダイヤモンド・チェーンストア オンライン / 2025年2月3日 20時55分
服というモノは十分持っている
だから、モノからコトへ
「モノ」から「コト」へ、という言葉が業界を駆け巡ったのは10年ほど前だった。現代人が服という「モノ」をすでに多く所有し、これ以上は買い替え需要以外で「モノ」として買うことは少なくなるから、欲しくなるようなシーン(コト)を提案してお客さまに買ってもらおうということだ。あるいは、服というモノではなく、楽しいシーンなどのコトを販売する事業に進出しよう、という意味合いで合った。
しかし、産業界は言葉の本当の意味を理解せず、単にテナントミックスを「服だけ」から、カフェやシューズなどの売れているテナントを同じフロアに置いただけというのがほとんどだった。アパレル店舗にしても、単に服以外の雑貨の売上構成比を増やしただけだった。
とくに旧態化している小売は、「小売イコール完成品を売るだけ」に相変わらずとどまり、商品政策(MD)を広げることができなかった。だから、フロア構成を変えただけにとどまったのである。これではとても「モノからコトへ」とはいえない。
本連載で繰り返し説明しているようにアパレルビジネスは非常に特殊で、いわゆる「衰退期」というものがない。服以外の商品は、例えば、「カメラ」というニーズはデジカメからスマホに変わるし、レコードがCD、そしてオンラインストリーミングへとビジネスそのものが大きく変化するのに、服は外圧による劇的な変化がない。何があっても、われわれは服を着続けなければならないからだ。だから服のサプライヤーは毎年新しいものを考え、出し続けるわけだ。それゆえ、これまで「服」というモノに固執しても商売を続けることができたのである。
しかし、冒頭で述べたように、これ以上たくさんの服はいらない、と思っている人が多い。そうしたなかでアパレル企業が成長をするには、「多角化」は一つの重要な切り口になる。
前置きが長くなったが、そういうわけで今回はアパレル企業の多角化戦略について考えてみたい。
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強みとは「相対的」なもの
企画力が強いという自己評価はあてにならない
仕事中の話である。私達はチームで、あるアパレル企業向けの提案書を作成していた。そのクライアント候補は「自社の強みは製造機能を自社で持っているところにある!」と公言していたため、私達チームはなんの疑いもなく、強みは製造機能と書いてSWOT分析をはじめていた。
ここで私は、「自己評価をそのまま信じて分析を進めて良いのか」と違和感を覚え、改めて「強み」とは何なのかを考えてみた。
例えば、アパレル企業に話を聞くと、「当社の強みは企画力にある」という会社が多い。企画力が強いと商品が良くなるわけだが、ほとんどの企業が企画力といっても、商社や工場がもってきたサンプルを修正して新しいデザインとして売っているだけだ。消費者調査をすればすぐに分かるのだが、競争はほとんどのケースにおいて「価格」が大きな影響力を持っており、ポイント5倍、50%オフなどの理由で選択購買をしている。今、服を定価で買う人の方が少ないのだ。
念のために、そのブランドの服を買っているお客様にインタビューをしたところ、やはり「安くなっているから」「ポイントが5倍だから」などがその購買理由で、「競争は相対的であり、自己申告の強みは信じてはいけない」ということをチームのメンバーは理解したようだった。
そのアパレル企業が店を出しているエリアにあるいくつかの店と比較して、似たような服(今は、ほとんどが似たような服を販売している)で「どのぐらいお買い得なのか」で勝負が決まる。
単品勝負では、ユニクロにかなうアパレル企業は存在しないと考えるべきだ。そしてユニクロでは扱っていない、デザイン物は価格が安い方を選んでいる。これが、いまの消費者のお買い物の流儀なのだ。
その事業に「強み」は生かされているか?
多角化のセオリーとは
さて、価格競争は会社の体力をズルズルと蝕んでゆく。そこで、「モノからコトへ」と、カフェ事業に打って出るとしよう。その企業の強みは服好きの販売員が多く、商品説明からコーディネートのアドバイスまで「さすがプロ」というぐらい上手で、お客様が販売員と仲良くなるのがこの企業の強みだったとする。
ちょうどスターバックスコーヒーの販売員のように、「自分の言葉」で接客ができるのは、服もカフェも同じだからだ。
一方、多角化には絶対守らねばならない約束ごとがある。それは、その企業の「強みがいかされているか否か」ということである。
アパレルとカフェは一見相性がよいため、強みである販売員の接客をカフェ事業にも生かすため、自社の販売員をカフェ事業のウエイター、ウエイトレスにしたところ、これが全くうまくいかない。
なぜ「強み」を生かせているはずなのに、うまくいかないのか? とその企業は悩んでいたようだった。
よく分析してみると、確かに「強み」は「販売員の接客力」にあったのだが、商品知識や服に対する愛情と同じぐらいの愛情をカフェに対してもっていないため、強みが店内で打ち消されてしまったという結論になった。もし、「服への愛情トーク」と同水準の接客トークをカフェでもできていれば、その企業のカフェ事業は成功していただろう。しかし、アパレルとカフェではあまりにも違う。
私は、こういうケースでは、アパレル企業の特長であるVMDの技術を活用して、店内空間にテーマ性を持たせ、付加価値を高める空間づくりを行うのが良いと思う。きっと、アパレルで鍛えたおしゃれな店内空間や面白い出来栄えの商品ができるだろうし、その「センス」がお客を呼び込むことに一役買うだろう。
また、もっとダイナミックにするなら「旅行」にブランドネームをつけ、そのブランドが参考にしているペルソナになったつもりで、世界の旅を提案する、という旅行ブランドを創設するのはどうだろうか。そのブランドが好きな人なら「どうせ旅行に行くなら、このブランドの世界観をもっと味わいたい」と思うに違いない。
さらに、これからはアパレル企業も、リフォーム事業への進出をもっと積極的に進めるべきだ。数年前までいくつかの企業がリフォーム事業をやっていたが、今は残念ながらしぼんでしまった。聞けば、ブランドネームだけを貸して、リフォーム会社に丸投げしていたようだ。それでは、空間に魂が込められるということがない。
多角化は効率が悪い
だからこそ忘れてはいけないこととは
AppleのアップルウォッチやiPadを例に考えて見よう。最初、これらのデバイスがマーケットに出たとき、「信者以外は、誰があんなものを使うのか」と感じた人は多かったと思う。iPadはスマホより大きいだけだし、アップルウォッチはそれ単体でできることが少ないし、必ずもつべきという必然性が見えないのがその理由だ。
しかし、今は街にでると、「耳からうどん」と揶揄されたAirPodsもそうだが、さまざまなApple製品を使うユーザーであふれている。
Appleはアーリーアダプターの使用だけで終わらせずに、諦めずに改良に改良をかさねて市場を作っていった。それに対し、日本企業の多角化はP/L(損益計算書)が少し汚れると直ぐに撤退をしてしまう。もっともっと粘ってマーケットが形成されるまで待つということをしない。
このように、強みを利用するといってもしっかりとした分析と正しい進め方をしないと多角化は成功しない。SPAのSは、Specialty store (専門店)の略だが、服以外も取り扱う複合MDの場合、服しか扱わないシングルMDと比較して生産効率が非常に悪くなる。ここをいかに踏ん張るか、そして、踏ん張れるだけの「未来感」をみなが共有できているかが重要なのだ。
まとめよう。
- 多角化は企業が持つ「強み」で繋がっていること。
- その「強み」は絶対的なものでなく、競争上の相対的なものであること
- アパレルの「強み」は、多角化の「強み」にはなり得ないケースがあるので注意が必要
- これだけの分析ができたら事業参入から3年から5年は辛抱し、成功するまで待つこと
以上が、アパレル企業の多角化戦略の要諦である。
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プロフィール
株式会社FRI & Company ltd..代表 Arthur D Little Japan, Kurt Salmon US inc, Accenture stratgy, 日本IBMのパートナー等、世界企業のマネジメントを歴任。
著作:アパレル三部作「ブランドで競争する技術」「
筆者へのコンタクト
https://takukawai.com/contact/
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