幼少期の脳における記憶維持にはたらくオステオクリン ~ヒヨコ脳の大脳皮質にあたる領域の研究から--北里大学
Digital PR Platform / 2024年11月15日 14時5分
北里大学一般教育部の中森智啓講師、浜﨑浩子教授、医療衛生学部の鍵谷豪教授、医学部の藤谷和子技術員、東京科学大学 総合研究院 化学生命科学研究所の北口哲也准教授、東京大学 大学院総合文化研究科の坪井貴司教授らの研究グループは、ニワトリのヒナの刷込み記憶の維持には、大脳皮質視覚野にあたる領域で分泌されるオステオクリンがNPR3受容体にはたらき、神経細胞の突起数を抑えることが重要であることを明らかにしました。このオステオクリンのはたらきにより、情報伝達経路のブラッシュアップが起こることが考えられます。この研究成果は、2024年11月15日付で、iScienceに掲載されました。
■研究成果のポイント
・オステオクリンは霊長類の脳のみでなく、鳥類の脳にも存在していた。
・ヒヨコの大脳皮質視覚野におけるオステオクリンの発現は、刷込みの臨界期(感受性期)終了後や、刷込みトレーニングの約6時間後に増加していた。
・オステオクリンの投与はNPR3受容体を介して刷込み図形に対する記憶の保持を促進した。
・刷込み図形に対する記憶を1日以上保持していたヒヨコの脳では、NPR3受容体の存在下で神経細胞の突起の分岐数が減少した。
・オステオクリンは幼少期の記憶の維持に重要なペプチドの1つであり、記憶に必要な神経回路中の余分な神経どうしのつながりを排除して、神経回路のブラッシュアップにはたらいていると考えられる。
■研究の背景
幼少期は認知などのさまざまな能力が発達し、優れた学習・記憶力をもつ時期です。学習・記憶の分子メカニズムの研究は精力的になされていますが、その多くが扱いやすいマウスやラットの若い成体を対象としています。研究グループは、幼少期における学習・記憶について調べるために、ニワトリのヒヨコでみられる刷込みを用いて研究を行っています。特に、刷込みの臨界期の前後や刷込みトレーニングの前後で脳における発現が変化する遺伝子を網羅的に解析し、そのいくつかに注目した解析を行ってきました。近年、ナトリウム利尿ペプチド(NP)に分類されるペプチドの1つCNPが刷込みの臨界期中に発現が高く、一方、NPと共通した構造をもつオステオクリンが臨界期後に発現が高いことがわかりました。そこで、今回の論文は、オステオクリンに注目しました。
■研究内容と成果
ヒヨコ脳の組織学的解析によって、オステオクリンはヒヨコの大脳皮質視覚野に相当する部位の中の背側部で発現が高いことがわかりました。この部位は、刷込みの成立に重要な神経経路を構成する部位の1つで、NPR3というNPの受容体も発現していました。ヒト培養細胞株を用いた実験により、NPR3をもつ細胞では、オステオクリンを受容すると細胞内のcAMPが減少する反応が検出できました。
臨界期中に刷込みのトレーニングを行ったヒヨコの脳では、トレーニングの約6時間後から細胞内のオステオクリンの発現上昇が見られ、刷込み図形に対する追いかけ行動が24時間後でも見られました。トレーニング時間を短くしたヒヨコの脳では、24時間後でもオステオクリンの発現上昇が起こらず、刷込み図形に対する追いかけ行動は3時間後には見られたものの、24時間後には見られませんでした。しかし、トレーニング後にオステオクリンを脳に投与すると、24時間後でも追いかけ行動が見られました。また、十分なトレーニングを行ったヒヨコの脳のNPR3の発現を抑制すると、3時間後に見られた刷込み図形に対する追いかけ行動は、24時間後には見られませんでした。
十分なトレーニングを行ったヒヨコの脳の神経細胞の形態を調べると、トレーニング時間を短くしたヒヨコに比べて、神経突起の分岐数が減少していました。また、NPR3の発現を抑制しておくと、神経突起の分岐数は減少しないことがわかりました。
このことから、オステオクリンのはたらきは次のようにまとめられます。まず、刷込みトレーニングによって、ヒヨコの大脳皮質視覚野に相当する部位では、刷込み図形の記憶に必要な神経経路を構成する神経細胞からのオステオクリンの分泌量が増加します。すると、オステオクリンを受容するNPR3発現細胞で神経突起の減少が起きるため、神経回路が精緻化されて記憶の固定・長期化が促進されると考えられます。
霊長類では、成体のマカクザルの片眼遮蔽を行った実験から、大脳皮質の一次視覚野におけるオステオクリンの発現の可塑的変化は、感覚入力依存的に起こることが示されていました。今回の鳥類による実験結果は、オステオクリンがNPR3受容体にはたらいて、幼少期の学習・記憶を促進するという新しい機能を明らかにした点で大きな意義があります。
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