「哀れなるものたち」「憐れみの3章」ヨルゴス・ランティモス作品に張り巡らされた視覚の罠【湯山玲子ファッションコラム】
映画.com / 2024年11月9日 11時0分
それは何かと言えば、主人公ベラの足出しミニスカート(正確にはショートキュロット) なのですよ!!
自我の芽生えとともに、彼女は男とともにリスボンに出奔するのだが、町を歩き回る彼女の出で立ちはといえば、ヴィクトリア朝時代の重厚かつエレガントな上半身に対して、その下半身は生足にショートブーツも軽快な足出しミニという、時空を越えたハイブリッドスタイル。
そんな姿で、彼女はリスボンの町を歩き、タルトを頬張るのだが、人々は誰もそんな彼女にツッコミを入れない。つまり、この時点で、しっかりと映画内虚構が成立しているわけで、この大胆衣装表現のスムースな溶け込み方に、まずはこの監督の手腕が光る。
そして、そんな「奇天烈」が実は演出上の企てでもあるのは、足を露出するミニスカートが、70年代にマリー・クワントが世に出して以来、女性が自ら、行動の象徴である足を堂々と露出することの心意気と自立感、そして自由のイメージを伴うファッションだったから。「女が足を出して、男の劣情を刺激したり、自由に動き回ることは望ましくない」と目くじらを立てた当時の常識は、今なお、形を変えて女性の意識や行動を縛るが、主人公ベラはそこに「楯突く」ヒロインとして、観客の心と結託していくのだ。
ちなみに、この主人公、生々しい手術で蘇り、歩き方もギクシャクした人造蘇り人間。監督はその異形さを「美しい怪物」というゴシックな美意識枠に閉じ込めても不思議ではないのだが、このミニ姿によって、フリーキーな主人公はぐっと人間臭くなるところがミソ。「人間とはなんぞや?」というこのAI時代に突きつけられている命題とともに、女性の自立と自由という、フェミニズム的テーマを主人公ベラの「むき出しの足」に表徴させているのだ。このいい意味でのポビュリズムが、この映画をカルト&趣味的なテイストから逸脱したエンターテイメントとして輝かせてもいる。
そのほか、スクエアヒールの白のショートブーツ、ビニールのレインポンチョなど、この映画の衣装には、至る所に70年代風のデザインや素材が刺し込まれているが、これまた、植民地の所有とともに、世界経済を牛耳っていた本作の背景であるヴィクトリア朝との相性は抜群。要するに両時代とも、イギリスの繁栄とそれに伴うカルチャーが花開いた希望の時代を、視覚デザインで繋げているのだ。
ちなみに、ベラの髪型は、全編にわたり超ロングのダウンスタイル、つまり、自然のまんま。女性、男性問わず、髪はハサミを入れるか、結い上げることが社会性の明かしだが、ベラの人生がいかに流転しようとも、このヘアで押しとおし、彼女の無垢でパワフルなキャラを補完している。
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