働く人も事業者も要注意!「106万円の壁」撤廃で変わる社会保険の現実
ファイナンシャルフィールド / 2025年1月15日 10時10分
2025年の年金制度改革へ向けた議論が活発になっていますが、「106万円の壁を撤廃する」という案が厚生労働省の年金部会で了承されたようです。これを受け、106万円の壁撤廃についての報道が増えていますが、内容の伝わり方に違和感を覚える方もいるかと考えられます。 今回は106万円の壁について、現在伝えられている内容を確認していきます。
そもそも「106万円の壁」ってなに?
106万円の壁は、年収が106万円を超えた場合、社会保険に加入する必要のある年収ラインのことです。例えば、パートをしているいわゆる主婦(主夫)が次の3つの要件を満たす場合、社会保険制度に加入する必要があります。
1. 企業規模:従業員の数が51人以上の事業所に努めている
2. 労働時間:週20時間以上働く
3. 年収金額:106万円を超える
現行の「106万円の壁」のポイントはこの3つなので、ここでおさらい程度に確認しておきましょう。
「106万円の壁」撤廃ってどういう意味?
それでは、「106万円の壁の撤廃」はなにを「撤廃する」ということなのでしょうか。先ほどの3要件と照らし合わせて見ていきます。
1. 企業規模:従業員数51人以上⇒撤廃
2. 労働時間:週20時間以上⇒維持
3. 年収金額:106万円超⇒撤廃
企業規模と年収要件が撤廃され、労働時間は現行のままで話が進められるようです。ただし、これには時限措置があり、すぐに撤廃が実施されるわけではありません。予定としては、企業規模の撤廃が2027年10月、年収金額の撤廃が2026年10月と考えられています。
106万円の壁が撤廃されると、従業員の働き控えが抑えられる可能性があります。一方、社会保険に加入する必要があるため、保険料の負担を気にする方も出てくるでしょう。
国はこのような心配を見越し、年収要件についてしばらくの間は156万円までとし、156万円までの年収で働く場合、従業員の社会保険料の負担を少なくし、事業者により多くの負担を課そうとしています。こうなると、事業者にとっては経営上の死活問題にもなりかねないため、期限を区切って事業者支援を行うことを予定しています。
106万円の壁撤廃は、厚生年金に限った話
106万円の壁が撤廃されると、次のような影響があると考えられます。
●従業員にとっては、働き控えの抑制につながり収入増が見込めるが、社会保険料の負担が必要になる
●事業者にとっては、人件費が増加しやすくなる
●しかし、予定される助成金などの支援制度を活用することにより、すぐに経営に悪影響が及ぶものではなさそう
報道を見るかぎり、このようなイメージを持つ方は多いかもしれません。残念なことに、このような伝え方は問題の本質を見誤る可能性を秘めています。
冒頭でお伝えしたように、106万円の壁の撤廃は来年の年金制度改革に向けた一つの方策です。年金制度を改革する目的は、年金制度を維持するうえで「所得代替率」を低下させないようにする、つまり、現役世代が将来もらえる年金をなるべく減らさないようにするために、年金制度をどのように維持するか、にあります。
先ほど、「106万円の壁の3要件を満たす場合、社会保険制度に加入する必要がある」と伝えました。ここにまず1つ目の誤解が生じています。実をいうと「社会保険制度」とは、106万円の壁撤廃に限っては、厚生年金保険に限定した話です。
なぜかというと、「106万円の壁」は標準報酬月額表における等級が「4(1)以降」の方に関係する話だからです。
“4”は健康保険に加入する際に用いられる等級、(1)は厚生年金保険に加入する際に適用される等級と分けることができます。後者(厚生年金保険)の要件のうちの2つ(企業規模と年収金額)を撤廃するというのが、今回伝えられている「106万円の壁撤廃」のニュースです。
このようなことから、「106万円の壁撤廃は、厚生年金に限られた話」ということができます。
では「106万円という年収ラインをなくす代わりに、156万円という新たなラインを設ける」とは、どのような意味でしょうか。
標準報酬月額表において、年収156万円は9(6)等級に該当します。報酬月額の範囲は12万2000~13万円、標準報酬月額にすると12万6000円になります。範囲の上限である13万円に12ヶ月を掛けると156万円になります。
このような根拠で、156万円という数字が導き出されています。これについてもカッコ内の等級に限ってのことなので、厚生年金に限定された話です。要するに「106万円の壁の撤廃は年金制度、特に厚生年金についての基準を変更するものである」と理解する必要があります。
106万円の壁を撤廃するのは、所得代替率を引き上げることが目的
それでは、なぜ、厚生年金に加入する要件を見直そうとしているのでしょうか。それは、より多くの人に厚生年金保険に加入してもらうことで年金制度を維持し、所得代替率を低下させないようにするためです。
厚生労働省は、7月に公表された年金財政の検証において、2024年度の所得代替率は61.2%であり、「過去30年投影ケース(過去30年と似たような経済情勢だった場合)」では2057年度の所得代替率が50.4%に低下する、と試算しています。
しかし、企業規模要件を廃止し、かつ従業員が5人以上の個人事業所にも厚生年金に入ってもらうと、過去30年投影ケースで、2054年度に所得代替率が51.3%に前倒しで上昇すると予測しています。このシミュレーションに近づけるために、まず106万円の壁を撤廃し、所得代替率を高めようというのが106万円の壁を撤廃する目的です。
まとめ
今回は106万円の壁をなぜ撤廃しようとしているかについてお伝えしました。世間では働き控えや人手不足の解消などが理由とされている節がありますが、本質的には所得代替率を引き上げることが目的です。
メディアの伝えることは確かに間違いではありませんが、重要な部分がスルーされていることに違和感を覚えます。
端的に「将来、現役世代の人たちがもらえる年金が減るかもしれません。106万円の壁を撤廃するので、みなさん厚生年金に入ってください」と言えばよいものの、働き控えの抑制など、分かりやすくイメージしやすい論点で語ろうとする風潮はいかがなものかと思います。
確かに「はっきりと言ってしまうと、政権にとって大きなダメージになりかねないのでお茶を濁す」という選択は分かりますが、時間をかけて丁寧に話すことは必要ではないでしょうか。
執筆者:重定賢治
ファイナンシャル・プランナー(CFP)
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