「30になる前に子供生めてよかったな」男尊女卑な田舎の義実家に疲弊した夫が抱える「妻には言えない秘密」
Finasee / 2024年8月16日 17時0分
Finasee(フィナシー)
佑典はインターホンを押す前にゆっくりと息を吐き出す。こんなに気の重いお盆は初めてだった。人が4人ほど並んで通れるくらい大きな門。重厚感のある木でできていて、上から飛び出した瓦屋根がこちらを値踏みするように見下ろしている。威圧感のある門は何度訪れても慣れない。
隣にいる妻、理乃は生まれたばかりの宏太をあやしている。緊張感を奥に押し込んで、佑典は義実家のインターホンを押した。
「あらあら、よく来たわねぇ。わぁ、宏太くん、久しぶりね~。お婆(ばあ)ちゃんよ~」
玄関先まで出てきた義母の知美は、あいさつもそこそこに初孫に話しかけている。
佑典と理乃が結婚したのは2年前。佑典が31歳で、莉乃は27歳のときだった。結婚のあいさつに来た時から孫のことをせっつかれていたので、知美としては2年も待たされたから余計にかわいく思えるのだろう。いとおしそうに宏太を抱き上げ、佑典たちを中に案内する。広々とした三和土(たたき)には数多くの靴が並べられている。
義実家は片田舎にあり、地元では有名な名士で親戚もかなり多い。その面々が今日のために勢ぞろいしていると聞いていた。知美は宏太を連れて客間に入っていく。すると客間から沸くようなな反応が聞こえてきた。莉乃もうれしそうに客間に入り、佑典はその一歩後ろから続いた。
「おお、莉乃。長旅お疲れさん」
もうすでに出来上がっているのか、義父の文夫が赤い顔で出迎える。他にも結婚式の時に会った顔がいくつもあった。佑典はできる限り愛想よく、あいさつをして回った。
「莉乃ちゃん、ようやく子供生めたな。30になる前で本当に良かった」
真一が大きな声で莉乃に声をかけた。真一は義父の妹の夫で、かっぷくがかなり良い。そして、かなりぶしつけな物言いをする人物だ。しかし莉乃は真一の言動を気にする様子もなく返事をしている。この中でその発言に違和感や不快感を抱いているのは佑典だけのようだ。その場にいる女性たちですら、何も聞こえてないかのように流している。
結婚式のときにもここにいる面々と一通り会話をしたことがあったが、どうにも合わないと感じていた。この一族とは価値観が大きく乖離(かいり)しているのだ。
佑典は息苦しさを感じながら、宴会に参加していた。
義家族への拒否反応宴会中、息子の宏太は義母・知美の腕の中ですやすやと寝ている。その寝顔を見て、知美はご満悦の表情だ。
「ねえ、この子、とっても美形よね? 目鼻立ちもしっかりしているし。将来は俳優とかいいんじゃない?」
それに対して真一がご機嫌に義父・文夫に声をかける。
「お義兄さん、芸能事務所にコネなんてありませんでしたか? ああいうところはコネがないと入れないらしいですから」
「いやいや、さすがに俺でもそんなコネないよ。佑典くんは東京の会社で働いているんだろ? どうだ? コネないのか?」
文夫に問われ、佑典は必死で否定する。
「いえいえ、そんなものはないですよ……」
「そうか。それじゃ、康作のところの会社に入れようか。あそこなら、働かなくても毎月50万は給料をくれるぞ」
文夫の言葉に真一はガハハと笑う。
「またですか。あいつの会社、お義父(とう)さんの知り合いばかりになってしまいますよ」
「私があいつの会社にいくら融資したと思ってる。向こうには嫌がる権利すらないよ。……そうだ、佑典くん、仕事に困ったら、いつでも言いなさい。私が良い条件の会社を紹介してあげるからね」
「あ、は、はい…」
絶対に関わりたくないと心で念じながら佑典は返事をした。
文夫たちは典型的な田舎育ちの井の中の蛙(かわず)だ。しかしその井戸の中では確実につわものであった。そしてつわものとしての振る舞いを惜しげもなく見せつけ、周りを萎縮させる。そうやってのし上がってきたのだろうが、そのやり方、言動、全てに佑典は拒否反応を示していた。この先もずっとこの一族との付き合いをしなければならないと思うと、気が重くなった。
義実家一族に似てきた妻この日は義実家に泊まり、翌日家に帰宅した。そうして家のソファに座るとようやく呼吸ができたような気がした。
「ねえ、何で1日しか泊まらないの? 今日まで泊まっても良かったよね?」
宏太をベッドに寝かしつけた莉乃が突っかかって来た。車の中でずっと不機嫌だったが、それが原因だったようだ。
佑典はゆっくりと体を起こす。
「それは話をしたろ。月曜から仕事なんだから、今日中には帰らないとダメだって」
「だったら、佑典だけで帰れば、良かったでしょ⁉ どうして私まで帰らないとダメなの⁉」
「それは俺は強制してないよ。前に話し合ったときに、莉乃が一緒に帰るって言ってたんじゃないか?」
佑典の言葉に莉乃は眉をつり上げる。
「それはあんたに合わせてあげたんでしょ! 何でそういうところに気付かないわけ⁉ 一人で宏太の面倒見るの大変なの分からないの⁉」
そこで宏太が泣き出し、莉乃はため息をついて、寝室に行ってしまった。
ため息をつきたいのはこっちだった。前回話し合ったとき、明らかに莉乃も親戚付き合いを面倒くさがっていた。だから同じように1泊だけして帰るのに賛同してくれたのだ。しかし想像以上に実家での生活が心地よかったのだろう。それならその場で帰りたくなかったと言ってくれればいいのだ。何から何までこっちのせいにされたら、かなわない。
「そっちのせいで、帰ってきたんだから、お風呂掃除くらいしてよね!」
ヒステリックな莉乃の叫びを聞いて、佑典は重たい腰を上げる。莉乃は産後、明らかに変わった。いや、どんどん義実家一族と同ような顔をするようになったのだ。
消費者金融からの督促状それからの生活は大きな事件などもなく続いていた。時折くる莉乃のかんしゃくに付き合わされることはあっても、そこまで頻度が多いわけではなかった。
そんなある日、佑典はいつもより少し遅い時間に帰宅した。ゆっくりとドアを開けると、その瞬間に空気が重いことに気付く。佑典はバレないようにため息をついた。またか、と思いながらリビングに向かう。テーブルに座る莉乃は佑典をにらむと早足で近づき、1枚の紙を見せた。
「何これ?」
そこには督促状と書かれていた。
瞬間的に、血の気が引いていく。なぜ、どうして? ちゃんと隠していたはずだ。鍵のついた引き出しに入れ、鍵はしっかり財布に入れて持ち歩いている。
なのに、どうして?
「あんた宛てに見知らぬ封筒があったから、中を確認したの。そしたら、びっくり。消費者金融からの督促状だって。どういうことよこれ?」
まさか、振り込みをし忘れていたのか……!
困惑している佑典に構わず、莉乃は詰めてくる。
「どういうこと? あんたさ、借金があったってこと?」
問われた佑典は静かにうなずいた。
●妻に隠していた借金がバレてしまった。だが、佑典は何のために借金をしたのだろうか……? 後編【「結婚式に800万」産後に性格が変わってしまった妻…式の費用を借金した夫に対する義実家からの「あり得ない仕打ち」
】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
梅田 衛基/ライター/編集者
株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。
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