両親の貯金1000万円では足りず持ち出しも…介護に追われる40代女性を待ち構える「老後破綻」の理不尽
Finasee / 2024年9月5日 17時0分
Finasee(フィナシー)
<前編のあらすじ>
東北地方に住む下島麻鈴さん(仮名・50代)の父親は長年、不倫を続けていた。
小学4年生の夏、下島さんが父親と海水浴に行くと、そこには市役所に勤める父親の同僚女性とその子どもがいた。帰宅後、「どっかのオバちゃんと子どもと海に行った」と母親に報告すると、母親の表情は曇り、言ってはいけない言葉だったと後悔する。高校2年生の修学旅行では、父親から1万円をお土産代に渡されるが、それは不倫相手からのものだった。怒りで嵩張るお土産を買いこみ、下島さんは父親にぶちまけた。
下島さんは29歳で10歳年上の男性と結婚するも、7年後に離婚。その後、2歳上の男性と交際。その頃、長年、膝関節が湾曲する病気を患っていた父親は、医師から人工関節手術を勧められる。ところが、全身麻酔から覚めた父親はせん妄が激しく、介護が必要になった。そんななか、今度は父親に付き添っていた母親が稲荷寿司を喉に詰まらせ、倒れてしまう。
突然、下島さんは両親の介護をしなければならなくなった。
●前編:「女か、母さんか決めて!」不倫する父に娘が怒りを爆発させた修学旅行の“裏切り”
怒涛の介護生活両親2人の介護が始まった下島さんは、まず父親を精神科に連れて行った。並行して地域包括センターに連絡をすると、職員が来てくれた。ケアマネジャーが決まり、介護認定を受ける方向で動き始める。
「膝のリハビリが不十分な状態で退院したため、入浴のときは特に困りました。慌てて楽天でお風呂用の椅子や浴槽に入れる台、バスボードなどを買った記憶があります。介護保険で購入すれば1割負担だったのですが、当時はそれを待てない状況でした」
父親はアルツハイマー型認知症と診断。要介護1と認定され、訪問介護、デイサービス、デイケア、ショートステイ、訪問歯科の利用を開始。
その他にも、障害者支援制度を使い、ヘルパーさんが散歩、カフェ、ドライブに連れて行ってくれる外出援助の利用も始めた。
一方母親は、一命はとりとめたものの、もともとあったうつ状態が悪化し、持病の腰痛や窒息時の転倒で身体状況が低下。要支援2と認定され、訪問介護やデイサービス、訪問看護、訪問者リハビリ、訪問歯科、訪問医療マッサージなどの利用をスタートした。
色ボケ親父父親は、明らかに今までと違っていた。
常にソワソワと落ち着かない様子で、タンスを開けたり物を引っ張り出したり、「どこかへ連れて行って欲しい」と言って昼夜問わずドライブに行かされたりした。食欲が止まらなくなり、洗面器で袋入りラーメンを大量に作って食べたり、多量の砂糖をカップに入れて水で溶いて飲んだり、ストックしてあった缶詰を全て食べ尽くしてしまったり、近所の庭のトマトを勝手に取って食べたりした。
性的欲求も強く現れていた。
診断後1年目は、アダルトDVDや雑誌のグラビアページをデジカメで撮って何度も見返したり、外出時にミニスカートの女性を凝視したり、雑誌のアンケートはがきに卑猥な言葉を書いて送ったりしていた。
あらゆる欲求の制御ができなくなっていたようだ。
2014年12月。80歳になった父親に口腔がんが見つかり、翌年から放射線と抗がん剤治療を始めることに。
「足の皮膚を移植するため、形成外科医も執刀したのですが、父はその医師に向かって、『先生は失敗しないんですよね?』とドクターXみたいなことを言って周囲を笑わせていたようです。父は見た目を“若作り”するだけではなく、トレンドワードをメモして『ネタ帳』を作り、若い看護師さんとおしゃべりするのが好きでした」
認知症発症から2年ほど経っていたこの頃、父親の認知機能が良くなってきていた。
「もしかすると膝の手術のときの麻酔と、その時飲んでいた薬が合わさって悪さをしたのかも。薬の影響が薄れて普通に戻って来たのではないかと私は思っています」
母娘問題下島さんは2014年に48歳で再婚。両親の介護が始まったときに、「一緒に住んで助けて欲しい」と言って同棲したことがきっかけとなった。
「介護生活が長くなると、失禁したら下着やシーツを取り替える、シャワー浴をさせる、通院が増える、食事を柔らかくして刻むなど、いろんな作業が積み重なり、負担が大きくなります。すると、『どうして私がここまでしなきゃいけないの? 母親らしいことをしてもらえなかったのに』という思いが湧き上がって来るようになりました」
下島さんには、どうしても忘れられないエピソードがあった。
中学の体育の授業でバスケットボールをした時、同級生と衝突するという事故が起きた。幸い下島さんは軽傷だったが、相手は足を骨折してしまった。
帰宅後下島さんは母親に事情を話し、「一緒に謝りに行ってほしい」と頼む。すると母親は、「なんで私がそんなことしないといけないの⁉」とすごい剣幕で怒られたのだ。
「確かにスポーツ中の事故で、どちらが悪いというわけではありません。でも、『この人は普通じゃないんだ』と感じました」
下島さんは自分のお小遣いでアイスクリームを買い、一人で謝りに行った。
「これがきっかけで母との距離が広がった気がします。不衛生や肥満にならないような生活、挨拶や人との接し方など、ある程度の年齢になるまで子どもに躾けるのが親の仕事だと思うんです。それがないと『変な子』という目で見られてしまいます。よく、『成人後のことは自己責任』と言われますが、私は違うと思うんです。沼地に家を建てても良い家にはなりません。カビが生えたり傾いたり、少しの揺れでも倒壊するんです。少なくとも人生の基礎となる小学生までの親子関係は一生を左右すると思います」
両親を介護するようになった下島さんは、医療・介護関係者に頭を下げることが多くなった。
「母なりに頑張っていたとは思います。でも頭では分かっていても、ふと中学のときのことを思い出し『この人は私のために謝ってくれなかったのに』と思ってしまうのです」
初めは夫に愚痴るだけだったが、次第に下島さんは、疲れているときや余裕がないとき、激怒して親たちを叱りつけるようになっていく。
そんなとき夫は、「認知症の人に言っても仕方ないんだから。俺が全部聞くから」となだめてくれた。
3度のがんこれまで下島さんは、3度がんになっている。
1度目は離婚した翌年、37歳のときに直腸がん。
下血、腹痛、下痢に気付き、インターネットで検索すると「大腸がん」と出てくる。怖くて仕方がない半面、「お金もないし、この年齢で自覚症状が出たら末期。手遅れだ」と自己判断し、数ヶ月放置。
しかし日に日にしんどくなり、立っているのもやっとな状態で、ついに受診する。
身体のしんどさは、「下血と子宮内膜症による重症の貧血」だった。医師は、「男性なら立っていられない数値」と言い、「直腸がん」と診断。
手術は、直腸とリンパ節13ヶ所、腸との癒着が酷かったため子宮全摘、片側の卵巣摘出となり、ステージ3a。人工肛門はまぬがれた。
その後半年間点滴、2年半飲み薬の抗がん剤治療を受けた。病院まで送迎してくれていたのは父親だった。
「吐き気が起こることを心配してくれたんです。検査の度に弱気になる私に父は、『大丈夫だ。なんとかなる。心配するな』と言葉をかけ続けてくれました。父なりに私に愛情を持っていてくれたと気づかされました」
2度目は2018年。52歳のときに乳がん。
両親の介護のさなかだった。左乳房に痛みがあり、隙を見て乳腺外来を受診すると、乳がんと判明。全摘手術を受け、現在もホルモン剤を飲んでいる。
3度目は2022年。55歳のときに上行結腸がん。
37歳のときに受けた直腸がんの術後検査に、介護のせいでなかなか行けずにいた。大腸カメラの検査は時間がかかるため、介護や育児のキーパーソンにはハードルが高いのだ。
ようやく行くと、その場で取れない大きさのポリープが見つかり、結局入院して内視鏡手術を受けることに。
ポリープはがん化していたが、取って終わりとなり、今後は2年毎に検査を受けることを勧められた。
母親の死2020年11月。もともと「間質性肺炎」という難病を患っていた76歳の母親は、風邪をこじらせて入院し、在宅で酸素吸入が必要になる。
在宅で酸素吸入をする生活は、空気清浄機をひと周り大きくしたサイズの「酸素濃縮器」を中心に営まれる。機械から出た長いチューブに連結した「カニューラ」という細い管を鼻に挿入して、酸素を取り入れるのだ。
チューブの長さは家の中で一番遠い場所の距離で決まる。下島さんの母親の場合は、ベッドから風呂場までの10mだった。10mの管を引き摺りながらトイレや洗面、入浴、時には家事をする。
外出する時は酸素ボンベを使い、母親の場合は2時間半で1本使う計算で、持ち歩くボンベの数を決めていた。
「ズルズルと何メートルもある管を引き摺って歩くのは大変だと思います。それでも普通は慣れればできることだと思いますが、母は2年を過ぎても、うまく管を捌いて歩けませんでした」
最も苦戦していたのは着替えだった。
「繋がった管とカニューラを一旦外して襟首に通してから繋ぎ変えなければいけないんですが、外した管が服に絡まることがあるんです。それを解く作業は全然難しくないのですが、母は半泣きになりながら管と格闘していました」
一方、89歳の父親は2023年12月、床に敷いてあったペットシーツに足を取られて尻もちをつき、圧迫骨折。ペットシーツは母親が尿失禁したため、応急処置で下島さんが敷いたものだった。
圧迫骨折は手術した翌日には歩いて帰れるような軽いものだったが、手術前日に誤嚥性肺炎になり、手術は延期され、そのまま入院に。やっと手術ができたものの、今度はコロナや尿路感染症にかかり、術後のリハビリが進まず、すっかり足が弱ってしまう。要介護3の認定がおりたため、4月からはショートステイを利用しながら特養の入所を目指すことになった。
そして母親は2024年5月の連休後に体調が悪化。
20日に緊急入院すると、翌日からモルヒネ投与が始まり、25日に亡くなった。79歳だった。
「葬儀の出棺のとき、寄せ書きをした布をかけて棺の封をしたのですが、そこに夫が『娘さんのことは心配しないでください』と書いてくれました。困った時はいつも夫が助けてくれました。彼がいなければ介護を続けて来られませんでした。母を亡くして、今になって母なりに私を愛してくれていたんだと思えるようになってきました。気づいたところでもう伝えることができず、母ロスから立ち直れそうにもありません……」
介護後の娘の未来両親の介護が始まった時、両親には約1000万円の貯金があった。しかし約12年経った今、貯金はゼロだ。
「介護に必要な物を買ったり、認知症になってから頻繁に外出したがるようになった父を連れて旅行に行ったりしているうちに、使い果たしてしまいました。両親の年金と旦那の給料の範囲でのやり繰りができず、崖っぷちの自転車操業をしています」
まだ母親が存命な頃は、両親の年金と夫の給料を合わせて、収入はひと月約48万円。支出はひと月45〜46万円だった。
「車2台分の車検や税金の支払い、親族の香典やお祝い金など、まとまったお金が用意出来なかったことが借金に陥った要因です。どう考えてもここから自分たちの老後資金を貯められそうにないので、『老後破綻』を覚悟しています。全て私の経済観念の甘さが原因だと思います」
(公財)生命保険文化センター「2021(令和3)年度生命保険に関する全国実態調査」によると、介護にかかるひと月の費用は、平均8万3000円という結果になっている。1年あたりだと99万6000円。下島さんの場合、12年なので1195万2000円だ。ここには住宅を介護しやすくするリフォーム代や介護用ベッド代など、一時的にかかる費用は含まれていない。さらに、下島さんは両親2人の介護をするため、約12年間働きに出ることはできなかった。こうしてみると、約1000万円あった貯金がゼロになっていても不思議ではない。むしろ、親の貯金では介護費用が賄いきれず、介護する子ども世代の持ち出しになることに問題があるのではないか。
「私は介護福祉士の資格を持っていますが、経験は半年ほどのみです。介護は辛いことのほうが多かったですが、この経験や専門職の方々から受けたアドバイスを、仕事に生かしていければと思います。年齢的に何年続けられるかわかりませんが、利用者だけではなく家族の気持ちにも寄り添える介護士になれるよう頑張ってみたいです」
下島さんは、元気なうちに夫と京都へ旅行に行くのが夢だ。介護のキーパーソンであったとしても、1〜2泊の国内旅行くらい些細な夢なら、時間的にも経済的にも、いつでも叶えられる社会であるべきではないだろうか。
旦木 瑞穂/ジャーナリスト・グラフィックデザイナー
愛知県出身。アートディレクターなどを経て2015年に独立。グラフィックデザイン、イラスト制作のほか、終活・介護など、家庭問題に関する記事執筆を行う。主な執筆媒体は、プレジデントオンライン『誰も知らない、シングル介護・ダブルケアの世界』『家庭のタブー』、現代ビジネスオンライン『子どもは親の所有物じゃない』、東洋経済オンライン『子育てと介護 ダブルケアの現実』、毎日新聞出版『サンデー毎日「完璧な終活」』、日経ARIA「今から始める『親』のこと」など。著書に『毒母は連鎖する〜子どもを「所有物扱い」する母親たち〜』(光文社)がある。
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