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「子供たちのため…」慣れない運転でワンオペ帰省、ペーパードライバー女性に次々と襲いかかる「想定外の落とし穴」

Finasee / 2024年8月23日 17時0分

「子供たちのため…」慣れない運転でワンオペ帰省、ペーパードライバー女性に次々と襲いかかる「想定外の落とし穴」

Finasee(フィナシー)

「拓斗、早く準備しちゃいなさい」

明里は洗面台で化粧をしながら、息子の拓斗に声をかける。

「はーい」

拓斗は弾んだ声で楽しそうに返事をしてくる。

拓斗は現在6歳で、来年小学生になる。とにかく元気盛りで明るい性格なのだ。普段なら拓斗の楽しそうな顔を見るとうれしくなるのだが、この状況ではこっちの気も知らないでといら立ちを覚えてしまう。

「ねえ、本当にパパは来ないの?」

長女の美理が心配そうにこちらを見ている。美理は小学3年生で、拓斗と比べるとおとなしくしっかりとした性格をしている。

だからこそ、何となくわが家の置かれている状況に気付いているのだろう。

ただ明里にも美理の質問に律義に答えている精神的な余裕はなかった。

「そうよ。パパはお仕事だからね」

だから説明する口調はどうしてもとげとげしくなってしまう。

毎年、わが家はお盆休みになると、義実家へと帰省するのが決まりとなっていた。いつもは夫の大輔が運転する車で向かっていたのだが、今年は大輔が仕事の都合で急きょ行けなくなってしまい、明里が運転をすることになった。

しかし明里はほとんどペーパードライバーだ。帰省のためには高速道路を使わないといけないのだが、明里が高速に乗ったのは片手で数えられるくらいで、最後に乗ったのは5年以上前だった。

「……何が高速の方が簡単よ」

昨晩の大輔の言動にいら立ちが募ったが、怒っていても仕方ないと自分を落ち着かせて、明里は深く息を吸った。

想定外のアクシデント

その後、全ての準備が整ったのは予定よりも10分ほど遅れてからだった。

運転が不安なので、早めに出発をしたかったのだが、思うとおりにはいかなかった。

運転席に乗り込み、後部座席の子供たちを確認する。ハンドルを握る手が自然と汗ばむ。慌てるな、と自分に言い聞かせてエンジンを入れる。

車を発進させると、聞いたことのない異音が耳に入ってくる。そこでサイドブレーキを下ろすのを忘れていたことに気付く。慌ててサイドブレーキを下ろすと、いつもの静かな走行音に戻る。

明里は大きく息をついて、目の前の光景を凝視した。

「加奈子ちゃんと会うの楽しみだよねー」

美理が声を弾ませると、隣の拓斗は全身を跳ねさせるようにうなずいている。

ちなみに加奈子とは、大輔の姉の娘だ。

3人はとても仲が良く、帰省の時はずっと一緒にいて、最終日には別れるのが寂しくて泣いている程だ。加奈子にも会わせてあげたい、それも自分が運転をする決断の要因だった。

下道を注意深く走行し、一番の難所だと思っていた高速道路への合流も思いのほかすんなりとクリアする。順風満帆だ。明里はほっと胸をなで下ろし、真っすぐの道をしっかりと車間距離をあけて車を走らせた。

「……ママ」

このまま順調に義実家まで行けるかもしれないと思った矢先のことだった。後部座席からか細い声が聞こえてきた。

「え、何?」

バックミラーで確認すると、美理が青ざめた顔をしている。

「……酔ったかも」

「ええ⁉ うそ⁉」

今まで美理が車酔いをした記憶はない。すぐに明里は自分の運転技術のせいだと感じた。

「ちょっと拓斗、ママのかばんからビニール袋とか探してくれる?」

助手席に置いてあったかばんを拓斗に投げ渡す。ごそごそとかばんのなかをあさる拓斗がしばらくして顔を上げる。

「ママ、ビニール袋なんてないよ」

「じゃあなんか袋!」

「ないってば」

「……ママ、吐きそう」

美里は青白い顔で口に手を当てている。明里は運転席の窓を開け、空気を入れ替えた。

「ごめんね。もう少しでサービスエリアだから、それまで我慢して」

明里は祈るような気持ちでアクセルを踏む。うなずいた美里は必死で車酔いに耐えていた。

刻々と過ぎていく到着予定時刻

無事にサービスエリアへたどり着いた明里は、美理をベンチに座らせて休憩させる。拓斗は縁石に乗ったり下りたりしながら、のんきに休憩を楽しんでいる。

「お水とかを買ってくるね。拓斗、トイレとか行かなくて大丈夫?」

「全然平気! お姉ちゃんが心配だから、一緒に待ってる」

拓斗は美理に駆け寄り、背中を擦ってあげている。

「分かった。それじゃお願いね」

拓斗の返事にうなずき、明里は売店に入る。水と酔い止めドロップなる商品があったので、併せて購入しておく。戻った明里は、その2つを美理に飲ませ、顔色も回復したことを確認する。

「お母さん、私もう大丈夫そう」

「ほんと? 無理してない?」

美理は笑ってうなずいた。正直、美理の様子はまだ完璧とはいえないだろう。しかしナビの到着予想時刻を確認すると、予定時刻を大幅に越えている。

暗くなる前には到着しておきたかったので、2人に軽い昼食を取らせたあと、明里は出発することにした。

美理の容体に配慮して、加速と減速をなるべく緩やかに心掛ける。思っていたような渋滞もなく、予定よりは遅れているものの車はスムーズに目的地へと向かっている。

「あ……!」

明里は思わず悲鳴を上げた。美理を気にし過ぎたあまり、車線変更を忘れていた。運転する車は坂道を下り、高速道路を降りていく。

車を止められそうなコンビニを探し、高速道路の戻り方を確認する。時刻は15時。うかうかしていては夜になってしまう。

急いで車を出発させて、明里は高速に戻ろうとする。心の中では車線変更をしなかった後悔が増幅していく。アクセルを踏む足にも思わず力がこもった。

「ママ、怖いよ」

「ごめんね、大丈夫だから。安全運転するからね」

明里は美理と自分に言い聞かせて、深呼吸をひとつ挟んだ。

こんなところで焦って事故を起こすのが1番最悪だ。

人身事故や車同士の追突事故は当然だが、自損事故だって絶対に避けないといけない。何度か大輔と運転しているときにガードレールに突っ込んでいる車を見たことがあるが、ガートレールを壊した賠償金もしっかりと請求される。さらに標識を壊してしまうと、100万近く請求されることもあるようだし、高速道路にあるような電光式の標識なら1000万を超えると大輔は話していた。

もちろん、お金だけではなく、子供たちのためにも安全運転を心がける必要もある。

しかし慣れない道を走り続けることは、想像以上に明里の神経をすり減らしている。ずっと力が入っていたせいか、肩のあたりに筋張った痛みを感じる。

まずは高速道路へ戻ろうとナビ通りに走っていた明里は十字路に差し掛かる。右折しようとタイミングを見計らってはいるものの、直進車が途切れることはなく、なかなか曲がることができずにいた。

慎重にーー。再び深呼吸を挟もうとした明里の後頭部を、鋭く響いたクラクションが殴りつけた。

思わず振り返ると、すぐ背後の車の運転席の窓から身を乗り出したこわもての男が、明里に向かって何かを叫んでいた。

相手がいら立っているのは一目で分かった。2度、3度とクラクションが鳴らされる。鋭い音は明里の心臓に突き刺さり、既に焦っている気持ちをさらに焦らせた。

「分かってる! 分かってるから!」

明里は誰に言うでもなく叫ぶ。どうすることもできない明里の気持ちはどんどん追い込まれていく。

祈るような気持ちで待ち続けていると、ようやく止まって道を譲ってくれる直進車が現れて、明里は車を発進させた。

「ママ、危ない!」

●ペーパードライバーだった明里を次々と襲う高速道路上のトラブル。果たして義実家へ無事にたどり着くことはできるのか? 後編あおり運転、渋滞、子供のトイレ…波乱万丈な“ワンオペ帰省”の受難を救った“幼い娘の機転”とは?<!--td {border: 1px solid #cccccc;}br {mso-data-placement:same-cell;}-->にて、詳細をお届けします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

梅田 衛基/ライター/編集者

株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。

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