実は円キャリートレードでも、日銀でもない…? “ブラックマンデー超え株価急落”の「真犯人とカラクリ」
Finasee / 2024年8月20日 18時15分
Finasee(フィナシー)
8月5日の歴史的株価急落はなぜ起きた?
まさに阿鼻叫喚(あびきょうかん)だった8月5日の株価急落から、半月が経過しました。下げ幅としては過去最高となったわけですが、そこから相場は堅調に戻してきています。
日経平均株価は、8月5日の最安値が3万1156円で、8月16日の終値が3万8062円でしたから、7月11日につけた最高値の4万2426円からの下げ幅に対して、6割超を戻したことになります。今の状況からすれば、マーケットは徐々に落ち着きを取り戻してきたと言えそうです。
なぜ今回、ここまで株価が急落したのでしょうか。
一般的に言われている理由は、4つあります。①米国の景気後退懸念、②米国のハイテク株の下落基調、③日銀の利上げ、④地政学リスクの高まり、がそれです。
上記4つの要因のうち、①と②は関連性があります。米国の景気が後退すれば、これまで大きく買い進められてきた米国ハイテク株が下落に転じる……と、弱気になった投資家が日本株も売却する、というものです。
次に③ですが、7月31日の日銀金融政策決定会合で、日銀が政策金利の誘導目標を0.25%に引き上げたことにより、これまで低金利の日本円を調達して海外などに投資していた資金が、逆の動きをし始めたことが挙げられます。
円を調達して外貨に換え、それで海外に投資することを円キャリートレードと言いますが、これから先、日本円に金利が生まれるとなれば、円キャリートレードの優位性が失われます。そのポジションを解消する動きになれば、かなり強い円買い需要を引き起こします。8月5日の株価急落と共に円高が急激に進んだ理由は、円キャリートレードを解消する動きが広まったためと考えられます。
そして④ですが、これは一応、理由のひとつに挙げられてはいるものの、いささか「取って付けた感」があります。ウクライナとロシア、イスラエルとパレスチナの緊張が高まったことで、市場にリスクオフの動きが広まったというものですが、日経平均株価を過去最大の下げ幅にした要因としては、いささか弱いと言わざるを得ません。
米国の景気後退? 為替? 金利? 結局、急落の“真犯人”は何かとはいえ、④以外の要因についても、なぜそれが日経平均株価を過去最大の下げ幅にしたのか、釈然としないところがあります。
米国の景気後退懸念や、ハイテク株の下落は、何も今に始まった話ではありませんし、そもそも8月5日に日経平均株価が急落した時も、米国をはじめとする他の国の株価は、それほど大きく下げてはいませんでした。もし、①や②が日本株の下落を引き起こした真犯人だとしたら、米国株の方が大きく下げなければ、理屈に合いません。そうなると、8月5日の株価急落は、日本独自の要因によるものと考えるのが妥当でしょう。
日本独自の要因は何かとなると、上記4つのなかでは③の「日銀の利上げ」になります。
ただ、それでも解せないのは、仮にそれが要因だったとしても、なぜ1日で4451円も下げなければならなかったのか、ということです。この下げ幅は、1987年10月20日のブラックマンデーを上回るものでしたし、下げ率で見ればブラックマンデーに続く過去2番目ですが、2008年10月16日のリーマンショックを1%ほど上回るものでした。
ブラックマンデーにしても、リーマンショックにしても、それらは世界的な株安を誘発し、かつ金融不安を高めました。そうしたなかで日本株も急落したわけですが、今回はそこまで危機感が高まっていないなかで、日本株だけが大幅な下げを演じることになったのです。
そう考えると、8月5日の株価急落は、日本の株式市場の構造的な要因によるものではないかと考えられます。
東証の売買動向データから考えられる「真犯人」では、何が日本の株式市場特有の要因だったのでしょうか。東京証券取引所が発表している投資部門別売買動向を見ると、極めて投機的な動きが強まったからではないかと考えられます。
日経平均株価が過去最高値を更新した7月11日以降、8月5日の急落も含めて、日本株は売り基調が続いていました。この間、国内株式市場の取引に参加している投資家は、どう動いていたのでしょうか。
まず現物から見てみましょう。
7月第3週(7/16~7/19)から8月第1週(8/5~8/9)までの、東証プライム市場における売買動向を見ると、
個人投資家・・・・・・1兆2123億9680万8000円の買い越し
投資信託・・・・・・3653億9112万7000円の買い越し
海外投資家・・・・・・8818億2814万6000円の売り越し
自己・・・・・・2兆339億5219万2000円の売り越し
となっています。自己は証券会社の自己売買、いわゆるディーリングの売買動向です。また投資信託は個人マネーが大半を占めると思われるので、現物株式の売買動向を見ると、個人が積極的に買い向かうなか、海外投資家と証券会社の自己売買部門が“売りまくって”いたことが分かります。
なお、個人投資家の売買動向を現物と信用で見ると、同期間中、現物は買い越し基調が続き、信用取引も7月第3週から第5週まで買い越しが続いたものの、8月第1週は3017億9267万4000円の売り越しになりました。これは、8月5日の急落によって、信用の買いポジションを切らざるを得ない状況に追い込まれた個人投資家が大勢いたことを示しています。
海外投資家が、現物よりも好む「先物」の動向に答えがさて、株式市場の需給を把握するうえで、もうひとつ見ておくべき数字があります。それは先物市場の動向です。
ご存じのように、株式市場は前述した現物市場に加えて、先物市場が存在します。そして巨額の資金を動かす海外投資家が日本株に投資する場合、現物市場よりも先物市場を好みます。なぜなら、先物市場の方が現物市場よりも流動性が高いからです。
では、7月第3週(7/16~7/19)から8月第1週(8/5~8/9)までの、日経平均先物の売買動向はどうなったのでしょうか。
前述したように、海外投資家による現物株式の売買動向は、8818億2814万6000円の売り越しでしたが、先物取引は、1兆8935億6908万4000円の売り越しでした。何と、現物株式の売り越し額を1兆円超も上回る売り越し額だったのです。
しかも、日経平均株価が最高値を付けてから下落基調に転じた期間中、海外投資家は日経平均先物をずっと売り越していました。ちなみに、海外投資家による日経平均先物の週ごとの売買金額は、以下のようになります。
7月16日~7月19日・・・・・・2458億1325万2000円の売り越し
7月22日~7月26日・・・・・・5920億4102万3000円の売り越し
7月29日~8月2日・・・・・・2225億6274万4000円の売り越し
8月5日~8月9日・・・・・・8331億5206万5000円の売り越し
このように先物市場で多額の売り越しが出ていることが分かります。特に、株価が大きく下げた8月5日を含む週の売り越し額が、大きく膨らんでいることも確認できます。
ただ、先物取引には期日があり、その期日までに売ったものは買い戻す必要があります。つまり巨額の売り越しは、どこかの時点で買い戻しに転じることになるのです。したがって今回の株価急落が、海外投機筋による投機売りだとしたら、買い戻しによって株価が反転上昇する可能性は十分にありますし、だからこそ日経平均株価が、最高値から最安値までの下げ幅の、6割超戻しを実現できているとも考えられるのです。
鈴木 雅光/金融ジャーナリスト
有限会社JOYnt代表。1989年、岡三証券に入社後、公社債新聞社の記者に転じ、投資信託業界を中心に取材。1992年に金融データシステムに入社。投資信託のデータベースを駆使し、マネー雑誌などで執筆活動を展開。2004年に独立。出版プロデュースを中心に、映像コンテンツや音声コンテンツの制作に関わる。
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