「外壁にヒビが」台風前の不安…専業主婦の生きがいを奪った「まさかの原因」
Finasee / 2024年9月6日 18時0分
Finasee(フィナシー)
美律子は、早朝から家の中を慌ただしく動き回っていた。広々としたダイニングキッチンには、美津子が手作りした前菜やサイドディッシュが並べられ、オーブンからは食欲を誘うローストチキンの香りが漂っている。
「わぁ、良い匂い。僕、もうおなかペコペコだよ」
「みんなが来るまで、もうちょっと待っててね」
小学生の息子が待ちきれない様子でオーブンをのぞき込んでいる姿を見て、美津子は思わず口元を緩めた。
「お、今回も気合が入ってるな。コイツでワインを飲むのが楽しみだ」
キッチンにいる美津子と息子を見つけた夫も近くに来て会話に加わった。
全く同じしぐさでオーブンの中にあるチキンを見つめる夫と息子に、美津子は笑いを堪えながら言った。
「2人ともはしたないわよ。ゲストの前では、お行儀よくしてね」
「分かってるよ」
夫と息子が声をそろえて振り向いたとき、ちょうど玄関のチャイムが鳴った。招待した息子の同級生家族が到着したのだろう。
「僕が出るー!」
そう言ってバタバタと足音を立てて駆けだした息子の後を追って、夫も玄関へゲストを出迎えに行った。
キッチンに残った美津子は、改めて部屋の中を見渡して、ゲストを迎えるための最終確認をした。小ぶりな花瓶に視界をさえぎらない程度の控えめな花が飾られたダイニングテーブル。きれいにアイロンがけされたテーブルクロス、顔が映りそうなほどピカピカに磨かれた食器類。自分でもほれぼれするようなレストラン顔負けのテーブルセッティングだ。
当然、完璧主義の美津子は、料理の準備にも余念がない。ゲストのアレルギーや好き嫌い、リクエストなどを考慮して、何日もかけて考えたフルコースのメニューだ。
(花瓶よし! テーブルセットよし! 料理よし!)
おもてなしの準備が完璧なことを確認した直後、夫と息子がゲストたちをダイニングへ案内してきた。美津子は居住まいを正して笑顔で彼らを迎える。
「みなさん、いらっしゃい。今日は来てくれてありがとう」
専業主婦の生きがい専業主婦である美律子の生きがいは、マイホームを美しく保つこと。ちょうど4年前、息子が小学校に入学したころに、こだわり抜いて建てた大切な家だ。まず家族がくつろぐリビングルームには大きな窓があり、自然光がたっぷりと差し込む設計になっている。もちろん部屋の中には美津子が時間をかけて選び抜いた家具が並び、シンプルでありながらも洗練されたホテルライクな印象を与えてくれる。くだんのダイニングキッチンには最新の設備が整い、料理をするのが楽しくなるような空間だ。さらに玄関先には、かわいらしいガーデニングスペースがあって、季節ごとにさまざまな植物が育っている。美津子は、そんな理想の自宅を人に見てもらうのが何よりの楽しみだった。
もともと料理が得意なこともあって、家を建ててからは月に1、2回ゲストを招いて手料理を振る舞うのが当たり前になっていた。今日のゲストである息子の同級生家族とは、息子が幼稚園に通っていたころから家族ぐるみの付き合いで、マイホームが完成した後、友人たちの中で1番最初に招いたゲストでもある。
ホームパーティーを楽しみにしてくれている彼らは、時間をかけて作った手料理を盛大に褒めてくれるので、美津子もおもてなしのしがいがあると感じていた。育ちざかりの息子たちは、美津子が作った食事をいつもペロリと平らげると、リビングでゲームを楽しんだり、大きなテレビでアニメを見たりして過ごすことが多い。父親たちの方も、子供たちのゲームに付き合ったり、手入れが行き届いたガーデンを眺めながら酒を飲んだり、リラックスして過ごしているようだ。美津子たちも母親同士、ゆっくり紅茶を飲みながらたあいのないおしゃべりをすることで、良いストレス解消になっている。
そういうわけで完璧に手入れされた家で開催するホームパーティーは、美津子にとってなくてはならない時間になっている。
夫と息子も美律子が家をきれいに保っていることをうれしく思ってくれているらしく、夫は仕事から帰宅するたびに、整然としたリビングやいろどり豊かな料理が並んだテーブルを見て、感謝の言葉を口にする。
「美律子のおかげで、毎日家に帰るのが楽しみだよ」
最近急に大人びてきた息子も、友達を家に招くたびに誇らしげに家の中を案内したり、美津子が作ったお菓子を勧めたりしている。
「このお花もハーブも、全部うちのお母さんが育ててるんだよ。すごいでしょ?」
美津子自身も、そんな家族の姿を心からうれしく思い、ますます家の手入れに力を入れた。家族で過ごす自宅を常に快適で居心地の良い場所にすることが、美津子のよりどころでもあった。
家の中も熱い今年の猛暑は例年にも増して厳しく、家のなかだというのに常に蒸し暑い。特にキッチンで火を使っている時間などは、クーラーをつけていても汗が滝のように流れてくるほどだ。専業主婦としてずっと家にいる美律子は、普段よりもクーラーの温度を下げて過ごしていた。もちろん外の暑さは尋常ではなく、美津子は買い物に出掛けるたびに気が遠くなる思いがした。
そんなある日、美津子はいつものように自宅の外壁周りを見回っていた。大型台風の直撃への注意が連日ニュースで流れていたため、風で飛びそうな物がないかどうかチェックも兼ねてのことだった。
「やだ、なにこれ……」
顔を近づけてまじまじとよく見ると、どうやら外壁にコケが生えているようだった。
完璧な自宅を愛する美津子にとって、これは由々しき事態だ。
早速掃除道具を手に取った美津子は、炎天下の中、外壁周りを徹底的に掃除することにした。
ところが、コケがきれいに取れてホッとしたのもつかの間、美律子は家の壁に細かいひび割れが入っていることに気付いてしまった。
「え、うそでしょ……」
ぽつりとこぼした失望は、セミの声がかき消していった。
●自慢のマイホームは欠陥住宅だった⁉ 大型台風に耐えられるのか……? 後編【「築4年なのに…」台風の被害で30万、住宅を早期劣化させる「酷暑の恐怖」とは】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
梅田 衛基/ライター/編集者
株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。
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