「私の骨は海にまいて」墓に入りたくないと言い続ける母…大げんかの末に60代娘が「たどり着いた決断」
Finasee / 2024年9月13日 17時0分
Finasee(フィナシー)
「墓なんて必要ないよ」
昼食を取っていた母・礼子が突然切り出したぶっきらぼうな言葉に、有紀は固まった。
「……何よ急に?」
「私が死んでも、墓なんて止めてって言ってるの」
礼子の年齢は87歳で、現在、介護が必要な生活をしている。加齢による衰弱により足腰が弱くなっていて、家事や買い物をこなすのが難しくなってきている。そのため、デイケアを使いつつも、車で15分程度の距離のマンションに住んでいる専業主婦の有紀と夫の利喜が、定期的に実家を訪れては礼子の身の回りの世話をしていた。
「止めてよ、縁起でもない。そんなことを考えていると本当にあの世に行っちゃうよ」
「私はもう長くない。そんなことは自分が一番分かっている。だから、墓のことは今のうちに決めておいたほうがいいだろう」
有紀はため息をついて、箸を置いた。
礼子は駆け落ちで父と結婚して、私を身ごもった。しかしその父も私が小学校に上がる前に蒸発し、以来女手ひとつで私を育て続けた。くだんの駆け落ちのせいで、実家・義実家ともに縁を切られていたから、礼子には死後入るための先祖の墓がなかった。だから当然、有紀は自分たちが用意するものと決めていた。いや、正確にはそう何か約束をしたわけではなかったが、自然とそうなるのだろうと思っていた。
「そんなこと急に言われても困るわよ。もし、お墓に入らないなら、お骨はどうするつもりなのよ」
とうとうぼけてしまったのだろうか。有紀は深くため息をついた。
「海にでもまいてくれればいいよ。とにかく墓なんて必要ないから」
「海にまくって……」
礼子の言葉に有紀はあきれてしまった。海にゆかりがあったり、海が好きな人が散骨をするのならまだ分かる。しかし、礼子が海好きだなんて聞いたことなかった。むしろ縁を切られた実家があるのが港町だと言っていたから、嫌ってすらいたと記憶している。
「なんで急にそんなことを言うの? 何かあったの?」
「前から考えていたんだよ。死んだ後に、あんな暗い墓の下に置かれるのが嫌なんだ。それなら、いっそのこと海にまいてくれた方がマシだと思ったんだよ」
礼子は頑として譲ろうとはせず、有紀がいくら言葉を尽くして説得しても無駄だった。
残される者の気持ち「……お義母(かあ)さん、いきなりどうしたんだろうね?」
その日の夜、夕食を食べながら昼間あったことを話すと、利喜は腕を組んで考え込んだ。
「そもそも、散骨ってよく聞くけど、法律上やっていいものなのかな?」
「勝手に私有地の浜辺にまいたりするのはダメだけど、手続きを踏めば問題はないみたい。一応、調べてみたけど、特に法律で何か罰則とかそんなのがあるわけじゃなかった。海への散骨をやってくれる会社もあるみたいだし」
「そうか、じゃあ、問題ないのか……」
「法的に問題なくても、こっちとしてはあり得ないって。散骨なんて絶対に嫌よ。海に骨をまいちゃったら、どこにお参りをしていいのか分からないじゃない。それにお骨を全部まいちゃったら、本当にお母さんがいなくなるみたいで……」
有紀は自分を育ててくれたたった1人の肉親として礼子のことを大切に思うだけに、散骨に対しては反対だった。
「そうだよね。確かに、有紀の言うとおりだ。俺も両親からそんなことを言われたら、複雑な気持ちになると思う」
利喜は優しい口調で賛同してくれた。
「うん。でも、どうしたらいいんだろう。お母さん、ああ見えてけっこう強情だから」
「とにかくまだ時間もあるし、説得し続けてみようよ。お義母(かあ)さんだって、ちゃんと話せば有紀の気持ち分かってくれるって」
勇気は利喜の優しさに感謝する。利喜はいつでも、有紀の気持ちを最優先にしてくれる。実家近くのマンションに住めているのも、礼子が心配だという有紀の気持ちをくんでくれたおかげだった。
自分には利喜という味方がそばにいてくれる。そう思うだけで、本当に心強く感じた。
話せないまま亡くなってしまった母それから3日後、有紀は礼子の体調や機嫌を見て、墓について切り出した。
「お母さん、散骨するっていう気持ちはまだ変わってない?」
「当たり前だろ。私は暗い土の下にいるのなんて嫌なんだよ」
有紀は礼子の手を握った。
「でもね、残された私たちはどうすればいいの? 骨がなくなったら、私たちはどこに手を合わせればいいのか分からないじゃない」
「そんなの、仏壇に写真でも飾って、そこに手を合わせればいい。墓があったって、そこに私がいるわけじゃないんだから」
有紀は携帯の画像を見せる。
「ここなんてどう? 丘の上にある霊園でね、海が一望できるんだよ。ここならお母さんもいいのかなって思うんだけど……?」
しかし、礼子は画像を見もせず、烈火のごとく声を荒らげた。
「嫌だって言ってるだろ。墓に入るのが嫌だって言ってるのがどうして分かってくれないんだよ」
「何がそんなに嫌なのよ? 皆、亡くなったらみんな、お墓に入ってるじゃない!」
有紀も思わず語気を強める。礼子はますますかたくなに拒否の姿勢を見せる。
「どうして、私が嫌だって言ってるのに、あんたは認めてくれないの⁉ 私が嫌だって言ってるんだから、私の気持ちを大事にしてよ!」
「もちろん、大事にしてるって。でも、どうして散骨がいいのか、理由が分からないのよ。暗いところが嫌なら、そういう納骨の仕方を探してみるから。それじゃダメなの?」
「散骨がいいって言ってるの! どうして分かってくれないのよ!」
「分かってくれないのはそっちでしょ!」
お互いの主張は平行線だった。それどころか建設的な話し合いをすることができないまま、時間ばかりが過ぎていった。しっかりと向き合って話し合いをすれば良かったのだが、有紀もわざわざ礼子と争いをするのが嫌だったので、墓の話題は口にしなくなった。
それからしばらくして、礼子は体調を崩しがちになり、有紀が望むと望まざるとに関わらず、墓について話ができる状態ではなくなった。そして、入退院を繰り返すようになってから、半年後、病院で母は眠るように息を引き取った。病室で米寿のお祝いをしてからすぐのことだった。
「――14時32分、ご臨終です」
医師の冷たい声が響いた。礼子は眠っているのとそう変わらない表情で、ベッドの上で動かなくなった。有紀は病室を出た。母が死んだという事実がまだ、実感できなかった。
「……有紀、大丈夫か?」
追いかけてきた利喜が声をかける。その瞬間、なんだか現実に引き戻されたような気分になって、有紀の目から大粒の涙がこぼれた。
「お義母(かあ)さんは、有紀に見守られてきっと幸せな気持ちで、天国に行ったと思うよ。寝てるみたいに安らかだったじゃないか」
利喜は有紀の背中を擦りながら、有紀が落ち着くまでじっと待ってくれていた。
「……お通夜、しなくちゃ」
「……大丈夫か? 俺が代わりに手続きをやっておこうか?」
有紀は涙をハンカチで拭いながら、首を横に振る。
「ううん、しっかりとお母さんを見送らないと。それが私ができる最後の親孝行だから」
有紀の言葉に利喜はうなずいて、通夜と葬式の準備に気持ちを切り替えた。しかし墓のことについては考えようとしなかった。また、考えてももう礼子の口から直接話を聞くことはできなかった。
●肝心な事を話せないまま亡くなってしまった母……。有紀の決断は? 後編【「立つ鳥が跡を濁さぬように」生前かたくなに墓を嫌がっていた母…遺品整理で発覚した「亡き母の不器用な愛情」】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
梅田 衛基/ライター/編集者
株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。
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