「これはただの虫刺されじゃない」息子の全身に発疹が…家も家族もむしばんだ「誰にでも起こりうる原因」とは?
Finasee / 2024年10月3日 17時0分
Finasee(フィナシー)
早朝の静けさの中、フライパンに薄く流しいれた油の跳ねる音が小さくパチパチと響いている。安美は、そこに溶き卵をゆっくりと注いでかき混ぜながら、ふと窓の外に視線をやった。リビングの大きな窓ガラスには、細かい水滴がびっしり。昨夜から降り続く雨は一向にやむ気配がなかった。
灰色の空は重く垂れ込め、どこか息苦しさを感じる。フローリングの床では、先日買ったばかりの除湿機がうなり声を上げながら目に見えない湿気と懸命に闘っているのが見て取れたが、この悪天候には到底太刀打ちできそうもなかった。
「あぁ、また雨か……」
今日も洗濯物を外に干せないと、安美はキッチンで人知れずため息を吐いた。日本列島をすっぽり覆う秋雨前線の影響で、ここ数日はずっとこんな天気が続いていた。台風も近づいているという予報を安美はテレビで見ていたが、たとえそのニュースを知らなくても、巨大な低気圧の気配は肌で感じ取れたに違いない。ジメジメとした空気は家の中にまで浸透し、床も壁もどこか湿気をはらんでいるような気がした。こうも雨ばかりが続くと、心もからだもずんと重くなったように感じる。
「あー、今日の髪型終わってるわー。最近、湿気(しっけ)ヤバすぎなんだけど」
切り分けた卵焼きを弁当箱に詰めていると、14歳の息子・俊彦がぶつくさ言いながらリビングに入ってきた。安美は会社員の夫と中学生の息子の家族3人で郊外の一軒家に暮らしている。夫は商社勤めで忙しく、残業や出張も多いため、基本的に家のことは専業主婦の安美が担当していた。今朝も夫が泊まりがけで県外へ出張中のため、家には安美と俊彦の2人きり。この春中学2年生になった俊彦は、毎朝洗面台を独占してはヘアセットにいそしむのが日課になっていたが、ここ数日は湿気の影響で連戦連敗の様子だった。どうやら秋雨前線は主婦である安美だけでなく、思春期の息子にとっても手ごわい天敵らしい。
「おはよう、俊彦。ヨーグルトに入れるのリンゴでいい?」
「あ、うん。ありがと、母さん」
安美はそんな俊彦を見て苦笑しながら、冷蔵庫からヨーグルトを取り出し、リンゴを切って盛り付けた。そしてしきりに前髪を気にしている俊彦の前にトーストとヨーグルトを置くと、安美はその日何度目かのため息を吐きながら自分も椅子に座った。
「こんな天気、いつまで続くんだろうね……」
「うぅん……」
窓の外の雨を見つめながら独り言のようにつぶやいた安美に、俊彦は相づちともため息ともつかない気の抜けた声を出した。安美は息子のつれない反応を特に気にすることもなく、自分用に入れたコーヒーにミルクを注いでかきまぜた。
お互いが黙り込んでしまうと、ダイニングに聞こえるのは外の雨音だけとなる。いつも通りの親子の静かな朝食の時間だ。しかし、安美はトーストをかじろうとしたとき、ふとある異変に気が付いた。目の前に座っている俊彦の腕に、小さな赤い発疹ができている。
「俊彦、その腕どうしたの? 虫刺され?」
俊彦は自分の腕をチラッと見てから、軽く肩をすくめて言った。
「わかんない。なんか昨日からかゆいんだよね。でもまあ、大したことないよ」
「ふうん、どこか外で刺されたのかな? 一応、薬だけ塗っておこうか」
そう言って安美は救急箱から市販の虫刺され薬を取り出して、俊彦へ渡す。
きっと通学中にやぶ蚊にでも刺されたのだろう。安美は虫刺されのことは大して気に留めず、トーストをかじりながら再び意識を雨の降る外へと向けた。
眠れないほどのかゆみところが、数日たっても俊彦の発疹は治らず、むしろ増えていた。小さな赤い痕は腕だけでなく、足や背中にまで点々と広がっており、激しくかきむしったせいで、所々血がにじんでいた。俊彦本人の話では、特にかゆみがひどく、夜中に起きてしまうこともあるのだという。
「これはただの虫刺されじゃないわね……」
さすがに心配になった安美は、俊彦を近くの皮膚科へ連れて行った。そこで医師は、慎重に診察をした後、診断結果はダニによる発疹だと安美に告げた。
「え、ダニ……ですか?」
安美は驚きつつも、その言葉には思い当たる節があった。最近は台風や秋雨前線のせいで、家の中は常に湿っぽく、なんとなく不快な空気が漂っていた。もちろん掃除は毎日しているつもりだったが、湿気の多い時期は特に注意が必要で、水まわりはもちろんのこと、寝ているあいだに汗をかく布団や、椅子やソファのクッションなどにもダニが隠れていることが多いそうだ。医師の丁寧な説明を聞きながら、安美は家に帰るとすぐに家の掃除をすると決めた。
壁全体に広がった黒い影俊彦を午後から学校へ送り出した安美は、家に戻るとまず家族3人分の寝具に布団乾燥機をかけた。それから一念発起して家中の掃除へと取り掛かった。カーペットの下やクローゼットの奥、ベッドの隙間を丁寧に掃除していく中で、安美がふと気になったのはリビングにある大きな本棚だ。ほこりくらいは払っていたが、家を建てて以来、本がぎっしりと詰まっている本棚をどかした記憶がない。安美はここまでやったのだから徹底的にと、本棚の裏も掃除することにした。本をいったんどかして、やっとの思いで重い本棚を動かす。そこに見えた光景に安美は思わず悲鳴をあげた。
なんと本棚の裏には黒いカビが生えていた。壁全体にびっしりと広がる黒い影に、安美は殴られたようなショックを受けた。大量の湿気を吸い込んだ壁は、薄暗い本棚の影で着実にカビを育て続けていたのだ。
「どうしよう……こんなのどうすればいいの……」
安美は真っ黒な壁の前で立ち尽くすしかなく、その不気味な色合いに思わず身震いをした。
●壁全体を覆っていた黒カビ、息子の発疹、前途多難な安美の解決策は……? 後編【「こんなになるまで気付かなかったなんて」自分のせいで家が傷み息子も病院へ…自責の念にかられる妻に夫がかけた「予想外の言葉」】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
梅田 衛基/ライター/編集者
株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。
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