お気に入りに登録していた映画を日がな一日観続ける。こんな幸せな休日の過ごしかたってあるでしょうか。 映画鑑賞のお供として欠かせないもの。それは、おいしい「おやつ」! 「おやつ」が物語の鍵となり心の奥の方を刺激する、そんな映画作品を紹介します。 自分でも何か作ってみようか? 意欲が湧いてきたら、休日をおやつ作りに充てるのもいいかもしれません。
ときに切なく悲しい記憶と結びつくこともあるけれど、愛する人のためにおやつを作ることは、本来とても幸せで楽しいものだ。愛の告白の道具や、愛する人への贈り物として作られることももちろんあるだろう。カトリーヌ・ドヌーヴ主演のミュージカル映画『ロバと王女』 では、愛する人のために焼かれたケーキが登場する。その名は、ずばり愛のケーキ(ケーク・ダ・ムール)。
シャルル・ペローの童話をもとにしたこの映画は、架空の国を舞台にしたおとぎ話。愛する王妃を亡くした国王は、「自分と同じくらい美しく優しい女性を見つけて再婚するように」という妻の遺言を守るため、突飛な考えに囚われる。その考えとは、妻とそっくりな王女、つまり自分の娘と結婚するというもの。父親への愛情はあるものの、親子で結婚するわけにはいかないと、王女は妖精の助けを借りて王国を脱出、森に身を隠す。
妖精が王女にプレゼントしたのは、汚らしいロバの皮。 美しい王女が皮を被ったとたん、他人からは「不潔で醜いロバの皮」と呼ばれ蔑まれるのは、おとぎ話によくあるおかしな展開ではあるが、そもそもこれは、突然天井から降ってくる妖精や、口からカエルを吐く意地悪な女性や、非現実的な人物や出来事ばかりが起こるファンタジー。劇中では、映画の特殊技法を使い、王女の変身や、杖から出てくる贈り物など、いろんな魔法がたっぷりと描かれる。
身分を隠し下女として働きはじめた王女は、森のなかの小さな小屋で暮らしている。そこを通りかかったのは、 隣国の王子。小屋から反射する光に気を引かれ、王子が中を覗き込むと、そこには見たこともない美しい女性が。一目で恋に落ちた王子は「あの女性は誰?」と尋ねてまわるが、村の人々は「あれは下賤な“ロバの皮”。高貴なあなたとは釣り合いません」と言うばかり。
恋煩いから体調をくずした王子は、「“ロバの皮”のつくったケーキが食べたい」と命じ、王女/ロバの皮のもとに使いが訪れる。王女は、本を見ながら張り切って王子のため、 愛のケーキ(ケーク・ダ・ムール)を作り始める。レシピは、 歌によってていねいに紹介される。まずは小麦粉を片手で 四杯分鉢に入れ、その真ん中に穴をつくり、新鮮な卵を 四個、搾りたてのミルクと砂糖をふりかけ、よくかき混ぜる。一握りほど良質のバターを入れ、パン種(おそらくベ イキングパウダーのこと)をひとつまみ。ハチミツを少々、 塩もちょっぴり。生地をこねあげ、型にバターを塗りつけたらあとはかまどで焼くだけ。
できあがったのは、こんがりと狐色に焼けたシンプルなケーキ。王宮で待っていた王子は届いたケーキに思いっきり齧り付くが、突然喉に何かが詰まる。出てきたのは美しい指輪。ケーキをつくる際、王女がこっそり生地に練り込んだのだ。この指輪が指にはまる女性こそ、自分が恋した相手なのだ。こうして王子の結婚相手探しが始まり、やがて誰もが納得のハッピーエンドを迎える。愛のケーキが結ぶ恋物語。甘いケーキと一緒に見るなら、これくらい幸福感あふれるおとぎ話がぴったりだ。
MOVIE: 『ロバと王女』
©Ciné-Tamaris
父親からの求婚を退け、ロバの皮を被り森で暮らす美しき王女の物語。『シェルブールの雨傘』『ロシュフォールの恋人たち』の監督・主演コンビが贈る、とっておきのミュージカル映画。
1970年/監督:ジャック・ドゥミ 出演:カトリーヌ・ドヌーヴ、ジャン・マレー、 デルフィーヌ・セイリグ
onKuL vol.17(2022年10月売号)より。
illustration:Nobuco Uemura
text:Rie Tsukinaga
re-edit:onKuL