肉道場入門! 近江牛の評価を確立、名人最後のA-5肉を味わう ひと噛みに赤身と脂のさまざまな味わい 愛情と知見が末永く継がれんことを願いたい
zakzak by夕刊フジ / 2025年1月14日 6時30分
絶品必食編
肉を食べ続けていると、自分なりの常識が積み上がる。が、ときどきその常識をひっくり返すような肉に出合うことがある。昨年末届いた、すき焼き用の牛肉がそうだった。写真からもわかるようにきめ細かいサシが網目状に巡っている。
個人的には事前に何の情報もなければ「サシがきつい…」と見た目で敬遠する類の肉だ。
が、この肉がおいしかった。軟らかな肉質からは豊かな味わいと芳醇な香りが立ち上り、甘やかなサシはさらりと喉を流れていく。ひと噛みに、赤身と脂のさまざまな味わいがあった。
この肉は小欄ではおなじみ、滋賀の精肉店「サカエヤ」から届いた近江牛だ。年末に届く段ボールの内側には「今年もお世話になりました」と店主手書きのメッセージが油性ペンで書いてある。
が、今年はもう一言加わっていた。「後藤牧場 A―5 BMS12」と。初めて牛のスペックについて書いてあった。珍しい。
後藤牧場は現代における近江牛の評価を確立させた、近江牛の父のような存在だ。
その創業者である後藤喜代一さんが昨年末に亡くなられた。ご本人が手掛けられた最後の牛を滋賀の精肉店の店主は「ここ10年でもっとも高値で買った」という。値段の問題ではない。そこにあった深い関係性が、そして心意気がそうさせた。
後藤さんは開拓者だった。琵琶湖に浮かぶ沖島から対岸の近江八幡の干拓地に移り、稲作を手掛けたが、国の減反政策をきっかけに畜産へ。牛肉の輸入自由化が検討された80年代後半に子牛も自分の農場で育てる一貫生産へと移行した。
もともと近江牛は味がいいことで知られる但馬牛の血統だった。その血統を近江牛に復活させたのも後藤さんの功績だ。
県内や近隣には後藤牧場で牛飼いを覚えた牧場が複数ある。一貫生産の畜産農家は県内の3割にまで増え、そうした功績を称えられ、2018年には黄綬褒章を受章した。
「サシがあろうがなかろうが、(大切なのは)〝味〟や」が口ぐせで牛に愛情を注いだ名人の最後の肉をその薫陶を受けた精肉店の店主が精妙な厚さと加減でスライスする。どこまでも伸びやかな旨さは受け継がれた味のバトンの賜物だ。
これほどのサシにして最後の一枚まで喜びとともにするすると喉の奥へと落ち、余韻で幸せを反芻(はんすう)してしまう。この愛情と知見が末永く継がれんことを願いたい。
■松浦達也(まつうら・たつや) 編集者/ライター。レシピから外食まで肉事情に詳しい。新著「教養としての『焼肉』大全」(扶桑社刊)発売中。「東京最高のレストラン」(ぴあ刊)審査員。
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