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続々々・ニコニコ・ブロマガに思うこと

ガジェット通信 / 2012年9月8日 16時0分

続々々・ニコニコ・ブロマガに思うこと

今回はメカAGさんのブログからご寄稿いただきました。

■続々々・ニコニコ・ブロマガに思うこと

あえて触れなかったオープン/クローズド論争の話。別にこれは有料か無料かとは本質的には関係ないよね。ようは内容を誰でも見れるか否かと、そのコミュニティに誰でも発言できるか否か。

現在はオープン全盛だから、オープンの悪い面ばかり目に付くが、その前はむしろクローズドが多かったように思う。むかしのパソコン通信とかは、フォーラムのメンバーにならないと発言できなかったりした(自由に発言できるものもあったけど)。

インターネット時代になってもメーリングリストや(某巨大掲示板じゃなくてw)個人が主催している掲示板は、管理者が除名できた。

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で、不適切な言動をするメンバーを発言禁止にしたり、さらに閲覧も禁止にしたりして、そのコミュニティが栄えたかというと、まあ当然だが純化すればするほど、活力は失われていくのが常だった。

もちろん管理人もそんなことはわかっていから、なるべく除名などしたくはないのだが、それでもせざるを得ない。逆にその権限を持っているから「○○を除名してくれ」という要求が他のメンバーから出て、すごく身も蓋もない表現をすれば「○○と私のどっちを取るんですか」となる。まあ人間って変わらないよね。政党の分裂だって、基本的にはこのパターンだ。

結局、非常に目的のはっきりしたコミュニティ以外は、除名を連発すると寂れていく。むしろ信者というか支持者の方が、コミュニティのためにならないから、○○を除名せよという要求を連発し、コミュニティを寂れさす。

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で、そういう段階を経て、結果的にクローズドなコミュニティは衰退し、現在のオープンなコミュニケーションが主流になっていると思うのだよね。「衰退(クローズド)」と「混乱(オープン)」のどちらをとるか?だ。

で今回のブロマガのオープン/クローズド論争も、このクローズドの時期を体験しているか否かで、同じ主張であっても見え方が違うと思う。

クローズドに否定的な人というのは、ようするにむかしはクローズドだったけど、結局うまく行かなかったんだよ、と。一方オープンな時代しか知らない人は、クローズドの良い面ばかり目に行く。

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コミュニティを寂れさせるのは、結局は排他的な人間で、それは主催者の支持者(信者)であることが少なくない。主催者の信者だからこそ、主催者と異なる意見を排除したくなる。

この点、安易に考えている人は、主催者と反対の意見の人間がコミュニティの崩壊をもたらすと思っているのではなかろうか。だから有料にして金を払ってまで、主催者と反対の意見をいう人間は少ないだろうから、有料にすればコミュニティが安定・健全化すると思ってしまう。

逆なんだよ。熱狂的支持者がコミュニティを崩壊させる。だからこの点有料にしても問題は解決しない。というよりも悪化すると思う。

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結局、コミュニティには主催者に盲目的に賛同する人だけが残り、当然そういうコミュニティでは活発な意見交換は行われず、寂れていく。

まあ、いまはむかしとはいろいろ条件が違うから、同じ道をたどるとは限らないが、たどる可能性は結構高い。

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あとkawango氏が

http://twitter.com/kawango38/status/238507535097815040

そのとおりでコミュニティとは同一化、均質化するもので、それが本質だと思います。その均質化する過程のコミュケーションで起こるいろいろな立場の意見のぶつかり合い。みんなそれを賛美するんですけど、それって実は一過性の現象にすぎない。

と述べているけどこれはいただけないな。もちろん同一化、均質化を目指すのはそのとおりだが、それが本質というのが間違い。その過程こそがコミュニティ、というかコミュニケーションの本質であって、ゴール(同一化、均質化)に到達したら、それはもうコミュニケーショの終焉。また新たなゴールを目指すことになる。

マラソンは走っている時間がマラソンの本質なのであって、ゴールに到達した状態がマラソンの本質ではないよね。ニコニコ動画のコンテンツだって、作る作業が本質なのであって、完成した状態が本質なのではないわけで、これはちょっとkawangoとは思えない的はずれな意見。

まあブロマガを肯定したい一心でのポジショントークなのかもしれないが(苦笑)。もし本気で言ってるなら、ニコニコ動画の本質を分かってないことになる。いくらなんでもそこまでkawango氏が愚かなはずないから、ポジショントークなのだろう。

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http://twitter.com/kawango38/status/238509147103047680

革命家は革命の必要なところに移ってずっと革命やってればいいと思うんですよ。チェ・ゲバラ然り。変革と多様性を生みだすのが革命家の役割でしょう?その方法は状況によって逆方向にもぶれる。だからこそ革命でしょう。

こっちがkawango氏の本心だろう。多様性を生み出すのが革命家、まさにそのとおり。革命家をクリエイターと言い換えれば、多様性を生み出すのがクリエイター。コミュニケーションと創造性は正反対のものだという考えなのかな。均質化を目指すのがコミュニケーションで、多様化を目指すのがクリエイティビティ。

ただそうなるとブロマガのコミュニティというのは、クリエイティビティを目的とするわけではないことになる。ひたすら主催者の考えに同化するためのもの。そういう考えなのかしらん?それだと良いか悪いかはともかく、まさに宗教だよね。

宗教というと言い過ぎなら、授業やセミナーだ。先生の考えをひたすら拝聴し自分の血肉にする学生のための場。それが悪いと言ってるわけではないので、念のため。さしずめブロマガの購読料は授業料ということになる。

まあ、俺なんかは健全なコミュニケーションというと、対等な立場で活発に議論する場というのが先ず頭に浮かぶから、学校の授業をイメージしている人たちとは、意見がかみ合わないだろうな。でもそうだとすると言葉の定義だけの問題かもしれない。

執筆: この記事はメカAGさんのブログからご寄稿いただきました。



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