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[SEVENDAYS FOOTBALLDAY]:大将の器(関西学院大学・成山一郎監督)

ゲキサカ / 2016年12月15日 0時48分

 どうしても知りたかったことがあった。キックオフの瞬間からタイムアップの瞬間まで、成山は常にテクニカルエリアの同じ場所で立ち続けている。ゴールを奪っても、ゴールを奪われても、微動だにせず同じ体勢で仁王立ちを続けているのだ。見方によっては異様とも取れるその光景の理由を、「全然大したことのない話ですよ」と前置きした成山はこう明かしてくれた。「僕は司馬遼太郎の『坂の上の雲』が好きなんですけど、それに出てくる東郷平八郎がバルチック艦隊と戦う時に、弾丸がバンバン飛び交っているのに、船の一番前で仁王立ちして、終わるまで一切動かなかったと。それで戦いが終わった時に、至る所に波の跡があった船の上で、彼が立っていた所だけ濡れていなかったという話を読んだ時に感動と衝撃を受けて、もうリーダーというか“大将”ですよね。『やっぱりそういう人がカッコいいな』と素直に思えましたし、そういう風にいつも自分があそこでドシッと同じポーズを取っていたら、点を取っても浮かれないし、取られてもあまりいつもと変わらないという風に、学生に思ってもらえるんじゃないのかなと思って立っています」。日露戦争において世界の海戦史に残る圧倒的な勝利を手にし、『アドミラル・トーゴー』として万国にその名を轟かせた東郷平八郎。階級上でも元帥海軍大将であった東郷が、正真正銘の“大将”であることに疑いの余地はない。前述した加茂との3年間も経験した成山の行動や言動は、まさに“大将”という立ち位置を意識したものであることが理解できた時、全てが腑に落ちた。

 きっと人の“器”の大きさは決まっていると思う。自身が為してきたことに、周囲がどれだけの評価を与えるかで、その“器”がさらに大きく見られるのか否かが付いてくるのではないだろうか。2年前のインカレ決勝で成山は自身の“器”に敗因を求めたことは前述した。だが、おそらく関西学院大の中にその敗因を首肯する人間は一人もいないだろう。4年間を共に過ごし、今年はキャプテンの重責を託された米原は「サッカー部の監督というだけじゃなくて、一人の人間としても目指すべき場所であると思うし、関学サッカー部の象徴というか、僕らにとってはそういう存在でしたし、いつもお手本にさせていただいていました」と師への感謝を口にする。加茂や東郷のような目指すべき“大将”の姿を追い求め、おそらくは自問自答しながら前に進んでいく内に、いつしか成山の“器”は彼が関わってきた周囲の人々によって、自身が思っているよりも大きなものになっていたに違いない。その象徴的な姿が90分間のみならず、チームに降りかかる全ての万難を、最前線に立って独りで受け止めるかのような、あのテクニカルエリアでの仁王立ちだったように思えてならない。

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