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[MOM2574]清水ユースFW齊藤聖七(3年)_『史上最弱世代』で夏制覇。“雑草魂”の10番キャプテン

ゲキサカ / 2018年8月2日 6時30分

悲願のタイトルに導いた清水エスパルスユースのFW齊藤聖七主将(3年)

[高校サッカー・マン・オブ・ザ・マッチ]
[8.1 日本クラブユース選手権U-18大会決勝 大宮ユース0-2清水ユース 味フィ西]

 過去2年間は目の前に迫っていながらも届かなかったタイトル。ようやく優勝カップを掲げることができたのは、2つの“銀メダル”を間近に経験してきた『最弱世代』のキャプテンだった。決勝戦で1ゴールを挙げた清水エスパルスユースFW齊藤聖七(3年)は試合後、いつもどおりの笑顔で「超うれしいです」と頂点に立った喜びを口にした。

 清水ユースの主将で10番――。一見エリートコースにも思える肩書きだが、その実態は異なっている。小学6年時に横浜FMアカデミーをはじめ、3種年代のセレクションに次々と落選。「雑草魂ですよね。正直言って“J下部”(Jアカデミー)は怖かったですし」。神奈川県の街クラブ『パルピターレFC』で過ごした中学時代をそのように振り返る。

「小さなクラブの“お山の大将”」(平岡宏章監督)という3年間で成長を遂げ、「関東大会でスカウトされたのがきっかけ」(齊藤)で清水ユースに加入。メンバー外だった1年目のクラブユース選手権決勝で準優勝に終わった直後、中断明けの高円宮杯プレミアリーグEASTで徐々に頭角を現わすと、翌年からは前線の一角としてチームの主力に定着した。

 そんな昨季は開幕から快進撃を続けたものの、シーズン終盤に試練が待っていた。ラスト2試合で1勝でもすれば優勝という条件だったプレミアEASTでまさかの1分1敗。悲願の初優勝をFC東京U-18に明け渡す形となったのだ。「何が起こったのか真っ白になった。自分が一番決定機が多かったのに、一つも決められなくて……」(齊藤)。もともと持っていた負けん気にさらに火がついた。

 平岡監督はその後のシーズンオフを懐かしそうに思い返す。「柏にプレミアで負けて、そこから2か月間本当に悔しかったのか、チームの先頭に立っていろんなことをやっていた。練習場の近くに三保の砂浜があるんですが、そこを走っても一番に走っているし、声をかけたりしている。こいつがキャプテンになったら、間違いなく良いチームになるだろうなと信頼して任せた」。

 今となっては美談だが、当の本人は必死だった。「正直不安な気持ちがあった。キャプテンは小学1年から4年の時にやっただけで、ちゃんとしたのは初めてで……」。平岡監督がどこかで口にした「史上最弱」のフレーズものしかかった。「“史上最弱のキャプテン”というプレッシャーがありましたし、キャプテンをやったことがなくてそう言われたのが本当に悔しかった」。

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