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「アンプティサッカーをはじめる!」。19歳のがん患者につながった「遺志」(上)

ゲキサカ / 2019年5月21日 1時25分

 鈴木君と同じ学年のコウ君は高校時代、川崎フロンターレで活躍する中村憲剛らを輩出した都立の強豪校、東久留米総合高サッカー部に在籍していた。高校2年生の夏に左足に痛みを感じ、のちに左大腿骨の骨肉腫と診断された。翌年春に腫瘍部分を取り除いて人工関節を入れる手術を受けたが、半年も経過しないうちに肺に転移がみつかった。その治療を続けているときに、新潟から上京してきた鈴木君と出会った。

 コウ君はある「夢」を抱いて治療に向き合っていた。鈴木君が振り返る。

「アンプティサッカーをやりたいって言っていたんです。一緒にやらないか、って誘われていました。そのことで動画を見るようになったのが、僕がアンプティサッカーに興味をもちはじめたきっかけです」

 コウ君が「アンプティサッカーをしたい」という希望を励みに病気と闘っていることを、ある報道で知ったアンプティサッカーの日本代表選手がさっそく動いた。
昨年10月のW杯で円陣を組む古城主将(背番号14)
 日本代表主将の古城暁博が、コウ君と同じ、骨肉腫を克服してアンプティサッカーをはじめ、今もなお現役プレーヤーである上中進太郎とともにコウ君の自宅を見舞った。昨年10月、メキシコで開かれたワールドカップ(W杯)に旅立つ直前のことだった。古城が振り返る。

「ニッカンスポーツ・コムに掲載されていた、『アンプティサッカーをしたい』という希望を持っているコウ君の紹介記事を、僕の知人がシェアしていたことで知りました。同じ記事を知った上中さんからも『何とか彼を励ますことができないか』と相談を受けて、コウ君のSNSのアカウントにたどりついて連絡をとることができました。W杯直前に上中さんとお見舞いさせていただいたんですが、コウ君は簡単に治る病気ではないことも理解した上で、その大変さを感じさせず、ご家族もすごく明るくて、前向きに戦っているんだなと感じました。逆に僕がパワーをいただいた感覚でした。コウ君に上中さんを紹介することで、コウ君と同じ境遇を乗り越えた人の存在を知ってもらい、そのことが彼にとってプラスになってほしい、と思っていました」

 3人は、W杯が終わった後に再会を約束して別れた。日本代表はメキシコW杯で史上初の10位に食い込む結果を残して帰国した。しかし帰国後、古城が予期せぬことが待っていた。
(明日に続く)

(取材・文 林健太郎)
●アンプティ/障がい者サッカー特集ページ
●日本障がい者サッカー連盟(JIFF)のページはこちら

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