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じつにカッコいい。人生の成功者・島田雅彦さんのいるところ、何かが起こる。(松尾潔)

日刊ゲンダイDIGITAL / 2024年4月19日 9時26分

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(エスパス・ビブリオのホームページ)

【松尾潔のメロウな木曜日】#81

 本連載の初回は2022年9月。そこに登場したのは、入稿直前の夜にたまたま新宿の酒場で出会った中森明夫さんと島田雅彦さんだった。いま56歳のぼくに大きな影響をあたえた60代男性文筆家は少なくないが、中森さんと島田さんが自分にとって特別なのは、おふたりは〈書くひと〉でありながら〈話すひと〉としてもたいへん魅力的だから。彼ら〈話す〉〈書く〉二刀流の達人たちには共通点がある。それは、ふたつの刀いずれもの特性を知悉していること。身近なところで言うなら、ヤッシーこと田中康夫さんもそうだ。

 ぼくたちがふだん〈話し言葉〉〈書き言葉〉と言い慣わしているように、コトバにはふたつの顔がある。哲学をかじったひとなら、パロール(音声)、エクリチュール(文字)というフランス語を思いだすかもしれない。古代ギリシャきっての天才おじさんことプラトンの考え方(「階層秩序的二項対立」と言ったりしますね)が支配的だった時代はずーっと、パロールのほうがエクリチュールより上とされてきた。

 それってどうなのよ? 上とか下とかある? と異を唱えて熱烈な支持を得たのが、ジャック・デリダ。昭和ヒト桁生まれにあたるこのフランスのおじさんは、ぼくが学生だったころ、つまりバブル期に現役スター学者として大人気でブイブイ言わせてました(死語ですね)。彼のそんな考え方には「脱構築」という日本語があてられた。この三文字に抗いがたい魅力を感じる若者は結構いたものです。ダツコーチク、と実際に口に出してみるとわかるのだが、この言葉にはちょっとクセになってしまうような魅力がある。おそらく脱構築そのものより、「ダツコーチク」と口にしてる自分にうっとりしていたところも大きかったのかも。どうなの、当時の若者よ。

 前置きが長くなった。島田雅彦さんの話をしたい。現在63歳。人気小説家にして法政大学教授、芥川賞選考委員、紫綬褒章受章者。誰もが認めるこの国の文芸界の要人である。最新の長編小説となる一昨年の『パンとサーカス』(講談社)が傑作だったことも、じつにカッコいい。人生の成功者、と呼んで差しつかえないだろう。ま、ご本人は「ほめ殺し?」とニヤニヤと笑いながら否定しそうだけど。

 東京外大ロシア語科に在学中の83年、デビュー作『優しいサヨクのための嬉遊曲』でいきなり芥川賞候補となり、86年まで候補となることじつに6回。「吉行淳之介以来の美男作家登場!」と騒がれ、がしかし、芥川賞選考委員だったその吉行に「この男の書くものは、毎回、期待してページを開き、頭にきて閉じる」と愛憎だだ漏れの苦言を吐かせた男。結局受賞しないまま人気作家の道を歩んだ島田さん本人が、その後同賞選考委員に就いたことは有名だ。

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