三島由紀夫賞を受賞した大田ステファニー歓人さんのスピーチが胸を強く揺さぶった。(松尾潔)
日刊ゲンダイDIGITAL / 2024年6月28日 9時26分
♪恋人よ、これが私の一週間の仕事です。テュリャテュリャテュリャリャ♪
◆木曜(6月20日) 都知事選告示日にして本コラム掲載日。テーマは昨日の有力4候補による共同記者会見。トップ交代を本気で望むなら蓮舫さん一択、話はそれからでしょう。夕方、帝国劇場へ。訳詞を提供した『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』シーズン2初日。主演コンビは4通りの組み合わせ。つまりこちらも4候補というわけ。それぞれに違う持ち味があれど、歌の安定力なら今夜の平原綾香×井上芳雄コンビが随一かな。隣席にはお久しぶりのジェーン・スーさん。彼女がレコード会社スタッフだった頃からの付き合いだから、もうかれこれ四半世紀か。
◆金曜(21日) 某新聞の新連載打ち合わせ。行きしな、忘れものに気づいて仕事場に引き返すこと2回。大遅刻。申し訳ないやら不甲斐ないやら。続いて『婦人画報』の取材。最近読んだ3冊の本について。ライターの和田紀子さんとは、1998年にぼくが関わった小泉今日子さんのアルバム『KYO→』のレコーディング中にスタジオでご挨拶して以来の再会。〈想い出預金〉が満期を迎えたようなご褒美感があるなぁ。夕方、ホテルオークラで三島・山本・川端賞の授与式。デビュー作『みどりいせき』で三島由紀夫賞を受賞した大田ステファニー歓人さんのスピーチが胸をつよく揺さぶった。5月に三島賞を受賞した数日後、愛妻のかおりんさんがめでたく第一子を出産したと聞けば、まさにいま人生を絶賛謳歌中とばかり思ってしまうが、大田さんはこう語るのだ。「首座んない息子の頭支えてるときとか、ガザのことが頭をよぎるっす。頭吹き飛ばされた赤ちゃんの写真とか、食料が手に入んなくなっちゃって、お母さんも死んでて、ガリガリになってる乳児の写真とかずっと頭にあるなかで、妻と協力しあってる毎日がヘトヘトで。大作家とかなれるのかな、みたいな。だから、もしかしたら、みなさんとはこれでサヨナラかもしれないっす」野暮を承知でいえば「サヨナラ」は自己韜晦、あるいは杞憂だろう。自分が幸せの絶頂にあるにも拘わらず、いやそれゆえに遠き地の無辜の民に心を寄せる感性は、それだけで小説を書きつづける理由たり得るはずだ。作品にも自身の佇まいにもヒップホップからの強い影響を感じさせる大田さんの受賞の辞を、ぼくはあるデジャヴ感とともに聴いた。その正体とは、ロス暴動の余波が生々しく残る1992年夏、米国シカゴの大学で聴講したチャック・D(パブリック・エナミー)のスピーチだった。式後のパーティーでは、角田光代さん、三浦しをんさんという自分が気を許すおふたりをはじめ、多くの作家の方がたと歓談。同郷の佐藤究さん、古川真人さんと初めてお話しできたのはとくに嬉しかったな。ぼくより20歳も若い古川さんと、地元のレコード屋の話で盛り上がれるなんて。その後は河岸を変えて、中森明夫さん、川上未映子さんとディープな話。ぼくのなかで川上さんの存在が俄然大きくなったのは、2017年に彼女が責任編集を務めた『早稲田文学増刊・女性号』を手にしてから。長い夜の最後は、中森さんに半ば拉致されるように荒木町へ。田中慎弥さん、小野一光さん、あふれる言葉たち。
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