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クミコさんとシャンソンは“腐れ縁”…「愛の讃歌」はスカスカの軽石が密度を増して普通の石のように【人生を変えた一曲】

日刊ゲンダイDIGITAL / 2024年9月9日 9時26分

「銀巴里」でシャンソン歌手にはなったけど、また迷います。私の中でシャンソンと思っているのは越路吹雪さんの歌です。でも、先輩方は本格的というか、哲学的なシャンソンを歌われていた。私は歌謡曲が好きだし、目指すなら農村、山村、漁村にも流れる庶民的なシャンソンです。それらのジレンマ、矛盾にずっと苦しみました。

 作詞家の松本隆さんと知り合ったり、いろんなバンドを組んだり。シャンソン歌手という肩書を避け、流行歌手になりたいと思って頑張った時もあります。でも、年を重ねるにつれてわかったのは、自分にとって一番のお友達だったのはやっぱりシャンソン。腐れ縁みたいなもので、イヤと言っても必ずそばにいる。

「銀巴里」にいた頃、リクエストをいただくのは、一番有名な「愛の讃歌」が多かった。若い時は先輩が歌うだろうからと思うと、その気にもならなかった。ただ、歌ってみると思いのほか難しいことがわかりました。岩谷時子さんの歌詞はあなたと私しかいない物語です。シンプルなだけに、逆に間が持たない。歌ってみると、中身を充実させ、説得力を持たせるのが大変。それに、愛という大きなものを、私自身が取り込むことができるほどまだ成熟していないというか。「愛の讃歌」を歌ったエディット・ピアフはたくさん愛し、傷つき、時には奪い取り、愛は人生そのものでしたからね。

 なんとなくしっくりくるようになったのは最近のことです。世界がきなくさくなってからは余計に。2016年に2度ウクライナのチェルノブイリに行きましたが、まさかロシアが侵攻するなんて考えもしなかった。ガザのこともあります。

 父母は96歳で健在ですが、最近はかなり衰えて、1人娘の私を育ててくれた日々を考えることも増えてきた。そんな境遇になって改めて「愛の讃歌」を歌うと、なぜか吹っ切れた気持ちになれる。スカスカだった軽石がだんだん密度を増して普通の石になるように。「固く抱き合い」「燃ゆる指に髪を」なんて、若い頃と違って、年老いてうまくできなくなる。それがどんなにすてきなことかがわかります。

 パリ五輪開幕式でセリーヌ・ディオンが「愛の讃歌」を歌いました。彼女はいろんなものを失い、ひどい難病に打ち勝ち、支えているのは愛だと世界中に伝えたかったのだと思います。この歌は長く人生を過ごした人にしかわからないところがあります。

 越路さんとお会いしたことはありません。お目にかかるなんて、私なんかまだガキンチョみたいなものでしたから。ただ、幸いなことに越路さんの幻のコンサートは2度見ることができました。

 シャンソンは絶滅危惧種と思っていました。でも、今年は越路さんと巨匠シャルル・アズナブールがともに生誕100周年、パリ五輪ではシャンソンがたくさん世界に流れた。秋には「ニッポン・シャンソン」というすてきなイベントも行われます。ぜひ、瀕死だったシャンソンを、延命に次ぐ延命で広めていきたいと思っています。

(聞き手=峯田淳/日刊ゲンダイ)

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