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【ドラフト選手の“家庭の事情”】巨人1位・石塚裕惺 野球好きの両親が施した多種多様な「英才教育」…体操、水泳、英語、トロンボーンにソロバン

日刊ゲンダイDIGITAL / 2024年11月25日 9時26分

【ドラフト選手の“家庭の事情”】巨人1位・石塚裕惺 野球好きの両親が施した多種多様な「英才教育」…体操、水泳、英語、トロンボーンにソロバン

石塚裕惺(C)共同通信社

【24年ドラフト選手の“家庭の事情”】#9

 石塚裕惺
  (巨人1位/花咲徳栄・18歳・内野手)

  ◇  ◇  ◇

 石塚は野球好きの両親の元で生まれ育った。

 千葉県出身の母・明世さん(47)と埼玉県出身の父・康直さん(49)の出会いは都内の大学の野球サークルだった。

「家では巨人戦のテレビ中継が流れていて、兄と弟は少年野球チームに所属していました。私も本当は野球をしたかったけど、泣く泣くサッカーを始め、中、高はソフトテニスに専念。高校時代は関東大会に出場したのが最高成績でした。選手としてはやり切ったから、大学ではサポート側に回りたくて、やっぱりまだ野球が好きだったのでマネジャーとしてサークルに参加したんです」(明世さん)

 康直さんは大宮南高(埼玉)で白球を追い、大学を経て食品商社に就職。一時は野球を中断したが、仕事に慣れ始めた社会人3年目ごろから地元の草野球チームで汗を流した。

 2人は2004年に結婚。千葉県の八千代市内で2人兄弟の長男として石塚が生まれた。

 康直さんは息子にどうしても野球をやらせたかった。「最初はやるように仕向けた感じです」と、こう続ける。

「歩き始めたころからプラスチックのバットを握らせてみたり、キャッチボールをしたりしました(笑)。幼稚園に通い始めると、週1回の1時間ほどの野球教室にも行かせました。どうしても楽しさを知ってもらいたくて(笑)。そのうち本人がのめり込んでいったので、年長時に『勝田ハニーズ』へ。隣の学区でしたが、いくつか近所のチームを見た中で、幼稚園児でもしっかり練習させるチームだったので、後々、本人のためにもなると思ったのが決め手です」

 康直さんはコーチとしてチームをサポートし、石塚が小学3年になると監督に就任。明世さんはスコアブックのつけ方を覚え、記録係を買って出た。家でも特訓を欠かさず、明世さんは毎日のようにバドミントンの羽根やカラーボールをトスした。

「打ち返された羽根や球が顔に当たった時は本当に痛くて、『もうイヤだ!』と思ったことが何度もありました」と、明世さんは苦笑交じりに振り返る。

 学年が上がるにつれ、日々の素振りの回数が増え、小学校高学年になると1日500スイングが日課になっていた。

「強制したわけじゃありませんが、『素振りは歯磨きと一緒。毎日やるから意味がある』と伝えたら、進んで取り組むようになりました。ただこなすだけでは意味がないから、週1回だけ1000スイングの日をつくってみたり、ビデオカメラで撮影したり。後で私がチェックすると思っていれば、気が引き締まるだろうという狙いがありました」(康直さん)

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