メディアに対する信頼度は新聞が61.2%だが…ほかの国よりも圧倒的に自国の研究が掲載されやすい日本。報道が「日本」に偏りがちになるワケ【京大大学院准教授が解説】
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年12月20日 10時15分
(※写真はイメージです/PIXTA)
新聞やテレビなどで報じられる日本人の活躍。医学研究の世界に関する日本の新聞の現状を調べたところ「日本人が参加する論文は、参加していない論文より16.6倍、記事になりやすい」ことがわかりました。「日本の新聞に日本人研究者の報告が掲載されるのは当然のこと」と思う人も少なくないでしょうが、他国の新聞は日本の新聞よりはるかに、「自国以外のさまざまな研究報告も掲載している」ことが明らかになりました。本記事では、京都大学大学院医学研究科健康増進・行動学分野准教授の田近亜蘭氏による著書『その医療情報は本当か』(集英社)から一部抜粋し、「日本の新聞」に掲載される医療情報の偏りについて解説します。
日本の新聞の医療情報は偏っている
日本の新聞は日本人の研究ばかりを掲載する
医療に関する情報のうち、とくに最新の研究報告を入手する方法として、新聞を活用している人は多いと思われます。また、情報収集の意識をしなくても、新聞を読んでいたら偶然に医療・健康情報に接することもあるでしょう。
総務省の令和3(2021)年版「メディアに対する信頼」の調査報告では、各メディアに対する信頼度を「信頼できる」「半々くらい」「信用できない」「そもそもの情報源を使わない」の4段階で評価しています。これによると、「『信頼できる』については、新聞(61.2%)、テレビ(53.8%)、ラジオ(50.9%)の順に多く、マスメディアに対する信頼性が高い。」となっています。
メディアの中でもとくに五大紙(朝日新聞・毎日新聞・読売新聞・日本経済新聞・産経新聞)の場合、掲載される医療情報は、証拠を集めたり、裏付けを取ったりと情報の真偽を確認していることが期待されます。
しかしその前に、そもそも「新聞に掲載される情報の選択はどうなっているのか。偏りはないか」を知っておく必要があります。
世界各国の新聞事情に関する研究として、フランスのボルドー大学の研究者とわたしの共著の医学論文があります。タイトル(以下、邦題)は「新聞は、自国の科学者が関与する生物医学研究を優先的に報道するか?※1」です。2019年に医学ジャーナル(雑誌)『Public Understanding of Science(パブリック・アンダースタンディング・オブ・サイエンス)』に発表しています。わたしは日本の新聞の現状を調べました。
この論文は、「ある国の新聞が医学の研究結果を記事として掲載する際、自国の研究者の記事ばかりを載せていないか」ということを、8カ国(オーストラリア・カナダ・フランス・アイルランド・日本・ニュージーランド・イギリス・アメリカ)の123本の英語の医学論文について調べたものです。
興味深いことに、「日本の場合、日本の研究者が参加する論文7本のうち6本が日本の新聞の記事になっているが、日本の研究者が参加していない116本のうちでは、日本の新聞の記事になったのは6本」でした。
すなわち、「日本人が参加する論文は、参加していない論文より16.6倍、記事になりやすい」ということです。では、ほかの国の事情はどうでしょうか。
「オーストラリア1.81倍・カナダ1.54倍・フランス2.92倍・アイルランド2.36倍・ニュージーランド5.95倍・イギリス1.48倍・アメリカ1.65倍」と報告されています。
この結果から、どの国も自国の研究者の研究を記事にしやすい傾向はあるものの、日本は圧倒的にその傾向が強いといえるのです。
「日本の新聞に日本人研究者の報告が掲載されるのは当然のこと」「ここは日本なのだから、それがどうした?」と思われるかもしれません。
しかし実のところ、調査した他国ではその割合は日本に比べて非常に少なく、つまりは他国の新聞は日本の新聞よりはるかに、「自国以外のさまざまな研究報告も掲載している」ことが明らかになったのです。この点から、「日本の新聞記事に掲載された医学情報は、海外の研究に基づくものは少なく、ほとんどが日本の研究に偏っている」ことが推察できます。
「英語の壁」で海外の研究報告が掲載されない?
ではなぜ、日本の新聞は他国に比べて、日本のチームの研究報告を優先して掲載するのでしょうか。それにはいくつかの背景が考えられます。
そもそも医学論文の多くは、日本人の研究でも英語で発表されます。とくに、医学の発展に寄与する重要な研究は英語で世界中に知らされます。その内容を十分に理解して記事にするには、まずは「英語の壁」があるのではないか、とわたしは考えています。
日本の新聞記者にとっては、医学研究に関する専門用語の壁の前に英語の壁が立ちはだかって、外国人研究者よりも、身近にいる日本人研究者のほうが取材しやすい傾向にあると見受けられるからです。
ほかの7カ国の新聞記者は、英語が母国語であること、または日常的に使い慣れている環境にあるために、論文の理解はもとより、英語での取材が容易なのだと推察できます。
ただし、世界で行われる研究のうち、日本の機関による研究報告の占める割合がほんのわずかだということは、研究者なら誰もが認識していることです。しかし、日本の新聞が世界的に重要な医学情報を掲載しないことについては、あまり気づかれていないのではないでしょうか。
海外で議論沸騰となった論文も日本では…
世界には有名な医学論文がたくさんあります。その価値を数値で示す指標が、次のようにいくつかあります。
①論文が掲載された「ジャーナル」(自然科学・社会科学の学術雑誌)の「インパクトファクター(IF:Impact Factor)」……掲載された論文の被引用回数から計算される、そのジャーナルの影響力を表す指標
②「論文の被引用回数」……ほかの論文などに引用される数
③「オルトメトリクス(altmetrics)」……ネットニュースやブログ、SNSなどでどれぐらい参照、閲覧されたかを示すネット上の反響の指標
日本の場合、論文の著者グループに日本人が参加していると、日本の新聞に取り上げられる可能性は高まりますが、そうでなければ、世界的に有名で重要な医学論文であっても無視される可能性が高まります。
ひとつの例として、京大とオックスフォード大学(イギリス)が共同で行った「メタアナリシス(メタ解析)」(集めてきた膨大なデータを統合して解析する研究。第七章で詳述)を紹介しましょう。
偏った報道が行われる日本でも「ヘルスリテラシー」を高めるコツ
インパクトファクターが高い「世界の医学ジャーナル・ビッグ4」に数えられる『The Lancet(ランセット)』に2018年、次の邦題の医学論文が掲載されました。わたしはこの論文の共著者です。
「大うつ病性障害の成人の急性期治療における21種類の抗うつ薬の有効性と受容性の比較: システマティックレビューとネットワーク メタ解析※2」
2024年8月29日時点でこの研究の被引用回数は1,191回、オルトメトリクスは5,659回と、かなりの話題になっています。この論文が『ランセット』に掲載された後に、新聞データベースを自分で調べたところ、出版後の1カ月間で世界の新聞に45回も記事として掲載されました。
その反響とともに、「抗うつ薬は有効」「いや、そんな安易に決めるな、抗うつ薬は危険だ」などと世界中の医学界で賛否両論の批評や意見が出され、議論が交わされました。
一方、日本では朝日新聞と京都新聞に小さな記事が掲載されましたが、これはやはり、京都大学や日本人がかかわっていたから記事にしやすかったということであり、議論沸騰にはなりませんでした。
別のさまざまなテーマでも、これと似た規模の研究が世界中で行われています。しかし、それらが日本の新聞の記事になることはほとんどありません。もしこの研究に京都大学がかかわっておらず、オックスフォード大学だけが実施したものであれば、記事になったかどうかもわかりません。
結論として、医療分野の研究報告に関する記事において、日本の新聞と海外の新聞では、まず記者による情報選択の段階からこうした差があることを知っておきましょう。
新聞で国内の機関の斬新な研究報告を読んだ場合でも、海外ではもっと進んでいるのだろうな、どんな研究があるのかな、と考えて興味を持つことは、ヘルスリテラシーを高めることにつながります。
そして、英語の医学情報もネットで簡便に日本語で入手できることを利用し、調べてみるアクションは、さらに知の幅を広げる一歩となるでしょう。
※1 Dumas-Mallet E, Tajika A, et al. Do newspapers preferentially cover biomedical studies involving national scientists? Public Underst Sci. 2019;28(2):191-200. ※2 Cipriani A, Furukawa TA, Tajika A, et al. Comparative efficacy and acceptability of 21 antidepressant drugs for the acute treatment of adults with major depressive disorder: a systematic review and network meta-analysis. The Lancet.2018;391(10128):1357-66.
田近 亜蘭 京都大学大学院 医学研究科健康増進・行動学分野准教授
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