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介護職を辞める最多の理由は「職場の人間関係」…元経営コンサルタントの介護事業者社長が明かす介護業界独特の事情とは?

THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年12月23日 10時15分

介護職を辞める最多の理由は「職場の人間関係」…元経営コンサルタントの介護事業者社長が明かす介護業界独特の事情とは?

(※画像はイメージです/PIXTA)

高齢化社会を迎え、介護サービスの需要が高まっている日本。しかし、経営難や人材不足のため倒産する介護事業者が急増しています。なぜ、需要が高いサービスなのにもかかわらず、赤字に陥ってしまうのでしょうか? 元経営コンサルタントで、北海道札幌市でデイサービスを中心に10拠点を運営し、創業15年間で全店黒字化を実現しているHTC株式会社の臼井宏太郎氏が、介護業界が抱える2つの課題と、その解決策について見解を述べます。

介護業界から人材が他産業へ流出しているワケ

介護事業者の倒産件数が、過去最多となっています。

2024年1月から8月の倒産件数は、114件。前年同期比の44.3%増で、介護保険法施行後でもっとも多い件数となる2020年の85件を大きく上回りました。

赤字を抱える法人の割合も、過去最大です。介護事業主体の社会福祉法人は、45.8%が赤字。要介護3以上の高齢者が利用する「特別養護老人ホーム」は、6割以上が赤字を抱えています。

日本の介護業界最大の課題は2つあると、私は考えています。

一つ目は、社会保障費の増大です。介護事業者の収入の約9割は、国から支払われる「介護報酬」によって成り立っています。ところが高齢者の増加にともない、社会保障費でまかなわれる介護費用が、2000年以降の約20年で4倍に膨らみました。社会保障費が増大し、赤字国債が増えるなかで、介護報酬は物価高や他産業の賃金上昇に追いついておらず、介護事業者が経営難に陥っています。

二つ目は、深刻な人手不足です。主な原因として、賃金など処遇面での改善が進まないといった問題が指摘されています。国も介護業界の処遇改善に取り組んでいますが、従業員への賃金は介護報酬に基づいて算定されるため、2024年の介護報酬改定では、特別養護老人ホームは3%引き上げられたものの、デイサービスなどは1%以下。訪問介護については、4%引き下げられてしまいました。

その結果、介護業界の人材が、他産業へどんどん流出しているのです。

「飲食店ならすぐに倒産してしまう」と危機感を持ったワケ

介護業界は、どのようにしてこの窮状を脱したらよいのでしょうか。

私は、2つの課題を解決する策は、「生産性向上」しかないと考えています。

実は介護業界では、今でこそ利用者が自由に施設を選ぶことができますが、2000年までは「措置の時代」と言って、行政が、介護が必要だと判断した利用希望者に施設を割り振っていました。介護事業者は、サービス向上などの努力をしなくても、待っていれば利用者も働き手も来てくれる状態でした。

実は20年以上たった今でも、この受け身の風潮は、現在も根強く残っています。私はもともと飲食業界で経営コンサルタントをしていましたが、15年前に介護業界に参入したとき、「このような守りの経営では、飲食店ならすぐに倒産してしまう」と感じました。

余談になりますが、2010年にJALが経営破綻したことを覚えているでしょうか。京セラの創業者である故・稲盛和夫氏が会長に就任したことで再起に至ったストーリーは有名です。JALはもともと半官半民体制で設立されたこともあり、破綻当時も、民間企業でありながら国営企業のような風土があったようです。介護業界も、収入の大部分を介護報酬に依存していることから、同様の傾向があると感じています。

「赤字が多い」ということは、当然ながら「利益が出ていない」ということ。利益とは売り上げからコストを差し引いた金額で、介護業界における売り上げとは、利用者数×単価です。

しかし介護業界が特殊なのは、国が介護報酬(単価)や、介護サービスごとの定員(利用者数)を定めている点です。たとえばグループホームなら1ユニットあたり最大9名、地域密着型通所介護なら1日あたり18名、小規模多機能型居宅介護なら29名などと定員があるうえ、居宅サービスを利用する場合は、利用できるサービスの量(支給限度額)が要介護度別に定められています。売り上げは青天井ではないのです。

そのため、介護事業者は、利用者数も単価も目いっぱい高める努力をしつつ、コストの適正化に取り組まなければなりません。

では、いかにしてコストの適正化を図るのか。

介護業界最大のコストは「人件費」です。ほかにも水道光熱費や給食費、消耗品費などがありますが、およそどこの介護事業者でも、人件費が売り上げの約60〜70%を占めています。黒字と赤字の施設に分けた場合では、黒字施設では約62%であるのに対し、赤字施設では約70%と8%の差があります。そのため、人件費(コスト)を適正化することがもっとも大切です。

人件費を下げるとなると、従業員への賃金も引き下げなければならないと思いがちですが、従業員一人ひとりの生産性を高め、少ない人数でも売り上げを確保できれば、現状の賃金のまま人件費率を下げることができます。

大切なのは、「人」への投資

私は、生産性向上のために必要なのは、人への投資だと考えています。

実は、「生産性を高めましょう」という考え方は介護業界内でほぼ一致しているのですが、その手段としては、ICTの導入やDX化が挙げられがちです。以前、当社に視察に来られたある医療法人の方がこうおっしゃっていました。「デジタル環境を整備しても、生産性はせいぜい1割程度しか変わらない」と。

一方で、人のやる気(従業員満足)を高めるとどうでしょうか。

人は、やる気のない状態より、ある状態のほうが生産性が何倍にも高まります。そのため私は、環境の整備だけでなく、職場の従業員同士の「関係の質」を高めることが重要だと考えています。「関係の質」とは、職場で仲間同士が助け合い支え合えているかや、組織の目的が明確で、現場に浸透しているかを示すものです。

一世紀前にアメリカで行われた「ホーソン実験」では、環境や労働条件は、生産性とほとんど相関がないことが分かりました。給料が上がったり休憩時間が長くなったりしても、仕事へのモチベーションは一時的にしか上がらなかったというのは、多くの人が経験があるかもしれません。しかし、職場の人間関係が良好であることは、継続的にモチベーションに影響します。

介護職は低賃金で「きつい・汚い・危険」の3Kがそろった職場だと思われがちですが、だからこそ収入だけの目的で入社する人は少なく、現場の多くの従業員が仕事に誇りとやりがいを持って働いています。

実際のところ最も多い離職の原因は「人間関係」です。公益財団法人介護労働安定センターによる2023年度の調査結果では、介護職を辞めた理由の調査データを見ると、一番多くあげられているのが「職場の人間関係に問題」という答えが34.3%であり、一方「収入が少ない」ことは四番目(16.6%)という結果でした。

人間関係が悪化しやすい、介護業界独特の事情

介護の仕事はある意味、たとえ未経験でも、仕事さえ覚えれば一人前に業務を遂行できます。もちろん資格が必要な仕事もありますが、少なくともデイサービスで行う食事介助や排泄介助、入浴介助といった介護に、資格は必須ではありません。そのため、従業員の年齢層は20代から60代まで幅広く、前職もさまざまです。人によって価値観や職業観が大きく異なるのは、意見が衝突しやすい原因かもしれません。

介護職は、看護師や理学・作業療法士、生活相談員と接する機会が多いのも特徴です。こうした専門職は、施設ごとに国から配置基準が定められています。

これは私個人の印象ですが、特に介護職と看護職はぶつかりやすい印象があり、他社では、両者が衝突してまったく口をきかないという話も聞きます。看護師の方の多くは、介護施設で働く前に医療現場で経験を積んでいます。そのため、「医療的な考え方を優先し、病気の治療や予防という視点からサポートをおこなう」、逆に介護士は、「生活面を重視し、介助をする中で維持・改善させることを第一に考えてサポートをおこなう」。そうした経験や考え方の違いも、すれ違いの要因の一つではないでしょうか。

また、人手不足で従業員が疲弊していることも大きいでしょう。ある介護事業者では、40〜50名の利用者の大浴場での入浴介助や、夜勤中のおむつ交換や徘徊の対応を、従業員一人が行うそうです。実際には3人の入浴担当がいても、一人は着替え担当、一人はドライヤー担当で忙しく、浴室担当は一人でいつ事故が起こってもおかしくない状況というわけです。最初は「人の役に立ちたい」という奉仕精神の強かった従業員も、こうした状況で心の余裕を失っていくことは大いに考えられます。

腰痛、夫婦関係の悩み……月1回、1時間以上かけて従業員の話を聞くワケ

では、従業員のマインド向上のために、仕組みとしてどんなことをすればよいのでしょうか? 当社では「個人面談」に力を入れています。

一般的に介護業界では、なにか問題が起きたときにはじめて面談の場を設けることが多いようですが、その時点では手遅れになっている可能性が高いです。離職の相談を受けた場合、そこから説得するのは難しいでしょう。また、面談担当者の主観で判断すると、評価にバラつきが出て、「問題ない」と判断された従業員が突然、離職してしまう事態も起こり得ます。

そのため当社では、月に一度、従業員満足度を数値化できるツール(組織サーベイ)を用いて個人面談を実施しています。従業員には、スマホで回答できる選択式のアンケートに答えてもらい、たとえば「メンタル」の数値が低い人には、各事業所の管理者や上司が1時間、ときには2〜3時間かけて話を聞くのです。このとき、仕事のことのみならず、プライベートの悩みもじっくりと聞いていきます。

すると、「腰痛がつらい」「子育てや夫婦関係に悩んでいる」……など、従業員それぞれの悩みが見えてきます。プライベートの悩みは会社が解決することはできませんが、早期にガス抜きをしてあげることで、離職につながりにくいと考えています。

実は過去に、当社も離職の増加に悩んだ時期がありました。個人面談自体は創業時から実施しており、当時は私自身が面談を担当していたものの、事業が拡大するにつれて手が回らなくなり、各事業所の管理者に協力を仰ぐようになりました。ところが管理者も多忙なため、個人面談の回数自体が減ってしまいました。すると、離職が徐々に増えていったのです。

そうした状況に危機感を感じて、現在は月に一度のアンケートのほか、半年に一度、より深い匿名での調査を事業所ごとに行なっています。その結果、同ツールを導入している約2,000社のうち、当社の従業員満足度は上位24%に入ると報告を受けました。なかでも「組織との関係(人間関係)」という項目は、最高で80点、全体でも70点と高水準のスコアを示し、介護・医療業界の数百社のうち上位に属しています。

ここまで、介護業界が抱える課題とその解決策を述べてきましたが、幸いにも介護業界は、立地や価格、流行に左右されません。デイサービスであれば送迎サービスがあるため立地を選ばないうえ、介護報酬は国が定めるため価格競争もありません。だからこそ、介護は「人」がすべてだと私は思うのです。従業員満足度を高めることが利用者の満足につながり、売り上げも利益も向上します。

先述のように、介護業界には売上高に天井があり大幅な増収は見込めないため、コストを極力下げるには、少数精鋭の体制を取るしかありません。そして、少数精鋭にすることで、人手不足にも対応できます。

このようにして利益を上げる介護事業者が増えれば、社会保障費の抑制にも、介護業界の人手不足解消につながります。人と組織文化づくりに投資し、生産性を向上させることが、介護業界の2つの課題を同時に解決する糸口となるのです。  

臼井 宏太郎

HTC株式会社 代表取締役

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