金(ゴールド)は安全資産のはずなのに…?リーマン・ショックとアジア通貨危機、2つの実例から見えてくる〈経済危機〉が金価格に及ぼす影響
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2025年1月23日 10時15分
世界を巻き込む経済危機が起こり、金融システム崩壊や企業の業績悪化など実体経済に深刻な混乱が生じてしまった場合、「金」の価格にはどのような変化が生じるのでしょうか。そこで本記事では、菊地温以氏の著書『最強のポートフォリオをつくる金投資入門』(日本実業出版社)より一部を抜粋・再編集し、2つの実例とともに、経済危機が「金価格」に与える影響について解説します。
経済危機で金はどうなる?
経済危機とは、国家や地域、あるいは世界規模で経済活動が急激に悪化し、金融システムの崩壊や企業の業績が悪化、仕事の減少、人々の収入が減少など、実体経済に深刻な混乱が生じる現象です。
代表的なものとしてバブルの崩壊、通貨危機、銀行危機(不良債権の増大による銀行システムの信用危機)などが挙げられます。
「地政学的リスク」による価格影響と構造は同じですが、経済危機が発生すると、投資家や消費者はリスク回避のために安全資産である金を選ぶ傾向が強くなり、金の価格は経済危機の際に上昇することが多いといえます。
ここでは、金融危機が金価格に与える影響の例として、2つの対照的な事例を見てみましょう。
リーマン・ショック(2008年)の例
たとえば、最大の国際的金融危機であるリーマン・ショックが発生したとき、金の価格はどうでしたでしょうか。
リーマン・ショックは、2008年9月15日にアメリカの大手投資銀行リーマン・ブラザーズが破綻したことに端を発し、世界中に波及した金融危機です。この危機は、住宅バブルの崩壊と、それに関連するサブプライムローン問題が引き金となり、銀行や金融機関の破綻、株式市場の大暴落、そして世界的な不況を引き起こしました。
[図表1]を見ると、危機の初期には、リスク回避の動きが強まり、多くの投資家が現金を確保するために金を売却したため、金価格が一時的に下落しました。
しかし、その後、金融市場全体が混乱し、株式市場が急落すると、金は再び安全資産として注目され、価格は急上昇しました。
とくに、各国の中央銀行が大規模な金融緩和政策を実施し、インフレ懸念が高まるなか、金価格は2011年に1900米ドル/オンスという史上最高値を記録しました。
最初の一時的な価格下落は特徴的であるものの、金融不安が長引くにつれて価格が大幅に上昇し、結果として、金がインフレや金融不安に対するヘッジとしての役割を果たしたといえそうです。
アジア通貨危機(1997年)の例
1997年にタイのバーツ暴落を発端として発生したアジア通貨危機では、東南アジア諸国の通貨が急落し、地域全体の経済が不安定化しました。多くの企業が倒産し、銀行も経営破綻に追い込まれました。この危機により、地域内外での経済不安が高まりました。
意外なことに、アジア通貨危機の際には、金の価格は下落しました。この理由は、危機がアジア地域に集中していたため、グローバルな資金が金ではなく、アメリカのドル資産に流れたためです。また、アジア諸国が保有していた金を売却して通貨を防衛したことも、金価格の下落に寄与しました。
よりくわしく説明します。アジア通貨危機は、1997年にタイのバーツが急落したことを発端に、インドネシア、韓国、マレーシア、フィリピンなど、アジア各国の通貨がつぎつぎに大幅な価値下落を経験したものです。
これらの国々は、通貨を防衛するために中央銀行の外貨準備を用いて自国通貨を買い支えようとしましたが、外貨準備が不足し、効果的な防衛が難しくなりました。
そのため、いくつかの国では、外貨準備を補うために保有していた金を売却する動きが出ました。とくに、金は流動性が高く、迅速に現金化できる資産であるため、通貨防衛のために売却されやすかったのです。この大量の金の売却は、国際市場における金供給の増加をもたらし、金価格に下落圧力をかけました。
また、アジア通貨危機の間、投資家や企業はアジア地域の通貨の信頼性が低下するなかで、より安定した資産に資金を移す必要に迫られました。このとき、多くの投資家は、金ではなく、米ドルやアメリカ債に資金を移動させました。
米ドルは、世界的に信頼される通貨であり、とくにアジア地域での混乱が続くなか、最も安全な避難先とみなされました。
米ドルが強くなる(価値が高まる)と、ドル建ての金の価格が下落する傾向があります。これは、金の国際市場での取引が主に米ドル建てで行われるためです。通貨危機の影響でドルの価値が高まるなか、金の価格は相対的に下落しました。
この時、多くの投資家が金ではなく米ドルを資産の逃避先に選んだのは、アジア諸国の金売却による当時の金価格下落の流れのなかで、米ドルが相対的により安全性の高い資産であるとみなされたためです。
アジア通貨危機は、金が「安全資産」として、必ずしもほかの資産クラスに対して優位と判断されるわけではないことを示した事例です。
しかし、現代ではアメリカ経済の不安定化や新興国の台頭、デジタル資産の普及、さらに地政学的リスクの増加など、さまざまな要因により、もはや米ドルが一強の地位にあるとはいえなくなっています。そのような状況のなか、普遍的な価値を持つ金が、資産の逃避先として改めて注目を集めているといえるでしょう。
菊地 温以 株式会社アプレ代表取締役
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