“衰退する帝国”のトランプ、一連のトンデモ発言に垣間見る「一貫した国家戦略」【解説:三井住友DSアセットマネジメント・チーフグローバルストラテジスト】
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2025年1月17日 11時10分
(※写真はイメージです/PIXTA)
※本稿は、チーフグローバルストラテジスト・白木久史氏(三井住友DSアセットマネジメント株式会社)による寄稿です。
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【目次】
1.老いる帝国のトランプ
2.「アメリカ・ファースト」の真意
3.「トンデモ発言」に見るトランプの国家戦略
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1月20日の米大統領就任式を目前に、トランプ氏の周辺が騒がしくなってきました。これまで関税引上げや不法移民の強制送還を訴えてきたトランプ氏ですが、ここへきて「カナダの併合」「パナマ運河の奪還」「グリーンランドの割譲」などに言及し、その実現には軍事的なオプションも排除しないと発言して関係国を当惑させています。
こうした発言を捉えてトランプ氏を「予測不能」「不見識」とする論調をよく目にしますが、的外れに思えてなりません。というのも、一連の「トンデモ発言」の背景には、トランプ氏の一貫した国家戦略が垣間見えるからです。
1.老いる帝国のトランプ
■米国は現在も世界最大の経済・軍事力を誇る覇権国ですが、世界における存在感は20世紀のように圧倒的なものではなくなってきています。そして、21世紀に入り中国が新しい大国として台頭してきたこともあって、経済規模の米中逆転が一部で取り沙汰されるようになってきました(図表1)。
〈歴史は繰り返す?覇権国の衰退パターン〉
■米大手ヘッジファンド、ブリッジウォーター・アソシエーツ社の創業者で元共同CIOのレイ・ダリオ氏は、その著書「The Changing World Order(変わりゆく世界秩序)」のなかでローマ帝国以来の世界史を振り返り、「時の覇権国はそろって同じような衰退パターンを辿ってきた」と分析しています。
■ダリオ氏は、「覇権国はその繁栄の絶頂期に基軸通貨の強みを活かして世界中から資金を集め」、「巨額の出費で圧倒的な軍備を構築し」、その一方で、「国民に豊かな暮らしを提供するため世界中から膨大な物品を買い集める」、としています。
■その結果、覇権国はもれなく、「①巨額の財政赤字と貿易赤字を抱え、②そのファイナンスのために貨幣を大量に発行し、③無理なファイナンスの弊害が露呈して経済的な苦境が深まり、④貧富の差が拡大して国内の分断・内乱を抱えつつ新興勢力の挑戦(戦争)を受け、最終的には、⑤経済的に破綻して基軸通貨の発行国としての地位を失うことで、覇権国の座から引きずりおろされる」、と指摘しています。
■こうした分析は、現在の米国によく当てはまるように見えます。①貿易赤字と財政赤字のいわゆる「双子の赤字」に苦しみ、②巨額の国債発行により世界中から資金をかき集め、③リーマンショックなどの経済危機を乗り切るため大規模な金融緩和を繰り返し、④貧富の拡大から国内では分断が進む中で、中国などの新興勢力の挑戦に直面しています。
2.「アメリカ・ファースト」の真意
■米国はダリオ氏のいう「覇権国の衰退パターン」にすでにはまってしまっているように見えます。そして、改めてトランプ氏の政策を確認すると、その多くが「老いる帝国の衰退」を食い止める処方箋となっていることに気づかされます。
■トランプ氏の経済政策は、①規制緩和や減税で米国経済の成長力・競争力を高め、②関税による国内産業の振興や資源エネルギーの増産・輸出により貿易赤字を削減し、③同盟国に応分の防衛負担を求めることで軍事費費・財政負担の軽減を図り、④大胆なリストラ策で知られるマスク氏を起用して大幅な財政赤字の縮小に取り組む、としています。さらに、⑤覇権に挑戦する新興勢力である中国に対峙し、⑥将来的に米ドルにも対抗できる準備通貨の候補として仮想通貨に注目し、他の主要国に先駆けて米国の金融・経済システムに取り込もうとしています。
■トランプ氏はこれまで、「米国を仮想通貨の首都にする」と明言し、仮想通貨の規制緩和を掲げ、そうした政策に消極的な米国証券取引委員会のゲンスラー委員長を退任に追い込み、さらに、国家の準備資産として仮想通貨を保有することで自国の経済システムに深く組み込み、米国の基軸通貨発行国としての地位を維持しようとしているように見受けられます。
3.「トンデモ発言」に見るトランプの国家戦略
■トランプ氏が「カナダの併合」「グリーンランドの割譲」「パナマ運河の奪還」について言及し、その実現には軍事力の行使も辞さない(“Would not rule out the use of military force”)と発言したことで、関係国に衝撃が走っています。こうした一連の発言について、その道徳的な是非はひとまず置くとして、そこには一貫した国家戦略や経済安全保障上の動機を垣間見ることができそうです。
〈「カナダ併合発言」の真意〉
■カナダは政治経済の両面で米国と極めて密接な関係にある隣国で、その規模は人口約4,000万人、GDP約2.1兆米ドルとなっています。ちなみに、米国がカナダ全土を一つの州として併合すると、GDPではカリフォルニア、テキサスに次ぐ3位、人口では全米最大のカリフォルニアの3,900万人を上回り最大の州となります。
■そんな、米国から見れば決して大きくないカナダは、石油埋蔵量で世界第3位、天然資源の輸出額では世界第1位の資源大国です。2023年の米国の対カナダ貿易赤字は約748億ドルにのぼり、日本の約715億ドルを上回る世界4位の規模に達します(図表3、2023年時点)。つまり、米国はカナダを併合することで、巨額の貿易赤字を削減することができるということになります。
■豊かな天然資源に恵まれたカナダは、米国も羨む世界でも有数の高等教育機関、充実した医療制度、寛大な年金制度を公的支出により維持しています。その一方、カナダの防衛費はGDPの約1.3%に留まり、同約3.4%を負担する米国と比べて極めて少額に留まっています。こうして改めて見ると、「カナダは防衛費負担を米国に押しつけて、節約した税金で優雅に暮らしている」という米国人の恨み節が聞こえてきそうです。
■つまり、米国はカナダを併合することで、日本一国分に相当する貿易赤字を削減し、世界有数の豊富な天然資源を手に入れ、カナダ国民に応分の防衛負担を負わせることで米国としての財政負担が緩和する、といえそうです。
■こうした「カナダ併合へのインセンティブ」をさらに高めているのが、気候変動問題です。というのも、地球温暖化により北極海の氷が大量に解けだしたことで、①大西洋と太平洋を結ぶカナダ北岸の「北西航路」が航行しやすくなり、②未開拓の北極海周辺の資源開発のハードルが下がり、③同地域における通信設備を始めとするインフラの開発競争が激化しつつあるからです。
■カナダは世界最長の非武装の国境を米国と共有する同盟国ですが、日本やドイツのように国内に米軍基地は存在しません。米軍は「特定の条件下」でカナダ国軍の基地を利用可能とされていますが、カナダはこれまでも米国の軍事行動に全面的に協力してきた訳ではありません。例えば、ベトナム戦争には参戦せず、イラク戦争にも反対して派兵を拒み、対テロ戦争にも非協力的な態度を貫き、米軍のミサイル防衛構想にも参加していません。そして、戦略的な重要性が高まる「北西航路」の往来について、カナダは航路の一部が「自国の領海・内海」にかかるため、米国を含む諸外国に自由な航行を認めていません。
■トランプ氏の「カナダ併合」発言の背景には、「老いる帝国」の衰退を食い止めるための経済政策と、安全保障に関するカナダの「是々非々」な姿勢を問い直そうとしていることがあるのではないでしょうか。
〈まとめ〉
米国がレイ・ダリオ氏のいうような衰退のプロセスにあるならば、トランプ氏の繰り出す一連の政策や発言はそのセンセーショナルな響きとは裏腹に、米国という「老いる帝国」の地位を維持するための戦略的で合理的な動きとすることができそうです。そして、「併合」という、あからさまで強力なメッセージを突きつけられたことで、カナダとしても経済面や安全保障面で最大限の妥協に追い込まれる可能性が高まっているように見えます。次号では、トランプ氏によるグリーンランドやパナマ運河に関する発言に触れつつ、今後予想される日米の相互依存・互恵関係の深まりと、それに付随する投資機会について解説します。
※当レポートの閲覧に当たっては【ご注意】をご参照ください(見当たらない場合は関連記事『“衰退する帝国”のトランプ、一連のトンデモ発言に垣間見る「一貫した国家戦略」【解説:三井住友DSアセットマネジメント・チーフグローバルストラテジスト】』を参照)。
白木 久史
三井住友DSアセットマネジメント株式会社
チーフグローバルストラテジスト
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