「これは無効な遺言書です」に次男絶句…地元の名士だった80歳・父が「よかれと思って」書いた遺言書が悲劇を招いたワケ【弁護士の助言】<br />
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2025年1月29日 10時15分
親が作成してくれた遺言書が、中途半端な内容の遺言書だった場合、相続人たちはどのような困難に直面するのでしょうか。本記事では、残っていた遺言書が不明確な内容だったことで生じる悲劇と、それを回避するための正確な遺言書の作成の重要性について、三浦裕和弁護士が具体的な事例を交えて解説します。
自分がいなくなったあとのことを考えて…
80歳の森昭彦さんは代々続く地元の名士として、また地域に密着した町工場を営業する社長として、広く地域に知られていました。昭彦さんが保有していた財産は以下のとおりです。
- 自宅
- 預貯金
- 事業資産(土地建物・機械類)
昭彦さんは早くに妻を亡くしていて、広い自宅に一人で暮らしていました。相続人は、45歳の長男・哲也さん、42歳の長女・典子さん、38歳の次男・和也さんの3人。昭彦さんは、きょうだい3人が争わないようにするため、以下の遺言書を作成しました。
遺言書
私の財産のうち、自宅は長男哲也に譲る。預金は長女典子に譲る。そして、事業資産は和也に譲る。
2020年7月吉日 森 昭彦 ㊞
昭彦さんは、この遺言書を作成したあと、封筒に入れて、書斎の引き出しのなかにしまいました。その後、1年経過したころ、体調を崩し、昭彦さんはそのまま亡くなってしまいました。
悲劇の始まり
昭彦さんの会社を手伝っていた次男の和也さんは、昭彦さんが亡くなったあと、昭彦さんの書斎から封筒に入った遺言書を見つけました。遺言書は、封がされていました。
昭彦さんは慌てて、哲也さんと典子さんに連絡をして、昭彦さんの遺言書を3人で開封しようと声をかけました。これに対して、長女である典子さんから、手書きで書かれた遺言書は、家庭裁判所で検認手続の申し立てを行い、そこで開封しないといけないと言われました。
和也さんは、ネットで検認申立て手続きの方法を調べて、家庭裁判所に検認手続きの申立て手続きを行いました。
そして、検認手続期日当日。3人は家庭裁判所に出廷しました。そこで開封された遺言書を確認しました。
和也さんは、遺言書の本文に「事業資産は和也に譲る。」との記載があったので、事業を継ぐことができると一安心しました。
しかし、遺言書を隣で眺めていた典子さんから、一言。「2020年7月吉日って書かれているけど、具体的にいつ書かれたかわからないから無効じゃないの?」
遺言書どおりの分割はできるか?
和也さんは、遺言書の中身もはっきりしているし、作成月が書かれていてだいたいの作成時期もわかるから、さすがに無効になることなんてないと考えました。しかし、念のために専門家に確認しておこうと思って、職場近くの弁護士事務所に電話をして、遺言書のコピーを持って、弁護士事務所を訪れました。
和也さんが遺言書を見せると、弁護士からはすぐに「この遺言書は、作成日を特定することができないから、無効な遺言書です」と回答がありました。
和也さんは、弁護士に何とか有効な遺言書として争うことができないかと尋ねましたが、弁護士からは、すでに過去の判例で、「吉日」と書かれた遺言書の有効性が最高裁判所まで争われて、無効であるという判断がされている(最判昭和54年5月31日判決)ため、有効な遺言書ということはできないと言われてしまいました。
さらに話を聞くと、弁護士からは「遺言書としては無効ではあるが、昭彦さんが和也さんに事業を継いでほしいと思っていたのは明らかです。少し立証が難しいですが、死因贈与契約が成立していると主張することが考えられます。また、死因贈与契約の成立が言えない場合でも、事業資産、自宅の評価額や、預貯金の残高にもよりますが、話し合いで円満に事業資産を和也さんが取得できる可能性はあります。まずは、昭彦さんの遺産と評価額を調査してみませんか?」と勧められました。
そこで、和也さんは弁護士に遺産の調査と、遺産分割交渉の依頼を行いました。弁護士が調査した結果、昭彦さんの遺産の内訳と評価額は以下のとおりであることがわかりました。
1. 自宅(不動産)
所在地:神奈川県
評価額:約10,000万円(土地と建物の合計)
築30年の一戸建て住宅。広さは100㎡。立地がよく資産価値が高い。
2. 預金
預金残高:7,000万円
3. 事業資産
工場建物:約6,000万円
工場敷地(土地):約8,000万円
機械設備:約1,000万円
合計評価額:約15,000万円
上記の遺産目録を前提に、和也さんは、弁護士を通じて哲也さんと典子さんに遺産分割の話し合いをすることを求めました。
これに対して、哲也さんからは、「自宅を取得することができるのであれば、昭彦さんの気持ちを尊重して、法定相続分どおりに分けろとは言わない」との回答がありました。
一方で、典子さんからは、「私だけもらえる遺産が少ない。遺言書が無効だったのであれば、法定相続割合で分けてほしい。息子の学費もまだまだかかる時期だから、もらえるものはしっかりもらいたい」との回答がありました。
和也さんは、哲也さんと典子さんからの回答を踏まえて、弁護士と話し合いを行いました。その結果、典子さんにいくらかの代償金を支払って、遺産分割協議をまとめようという方針で話し合いを進めることにしました。
しかし、話し合いをしている途中で、哲也さんからも、「税理士に相談したら、結構な額の相続税を払わなくてはならないと聞いた。やはり法定相続割合にしたがって分けてほしい」との連絡がありました。
和也さんは、徹底的に争うことも考えましたが、典子さんや哲也さんの気持ちもわかるうえ、徹底的に争ってしまうと、昭彦さんに顔向けできないと思いました。そこで、事業用の土地建物を担保にして銀行から融資を受け、哲也さんと典子さんに代償金を支払う内容の和解を成立させました。
弁護士からのアドバイス
昭彦さんは、哲也さん、典子さん、和也さんの3人に仲よく相続してもらうため、遺言書を作成したにもかかわらず、きょうだい3人で争いになってしまいました。
特に、昭彦さんの事業の跡を継いだ和也さんは、事業を続けるために多額な借金を抱えることになってしまいました。
作成した遺言書が有効な遺言書と言えるためには、法律上の要件を満たす必要があります。その法律上の要件を満たしていない遺言書は、中身がしっかりとしたものであっても、有効な遺言書として扱われないものになってしまいます。
遺言書は、複数回作成されることもあり、最後に作成された遺言書が有効な遺言書として扱われますので、いつ遺言書が作成されたのかが重要になります。そのため、「吉日」という記載では、明確な日付を特定することができないため、判例上、無効な遺言書として扱われてしまいます。
では、昭彦さんは、どのようにすればよかったのでしょうか。
昭彦さんの場合は、相続の専門家に一度相談してみるべきでした。
今回直接的な問題となった「吉日」の記載については、相続の専門家に事前又は作成したあとにでも相談していれば、その遺言書は無効であるというアドバイスを受けることが可能でした。
また、今回、昭彦さんは、事業経営をしていましたが、法人化することなく、事業で利用していた不動産を個人名義で保有していました。そのため、事業で使用していた不動産や機材がそのまま遺産分割の対象になってしまいました。
事業を法人化し、不動産や機材を法人の保有財産としていれば、遺産分割の対象は株式になりました。株式の評価は、必ずしも会社が保有する財産の金額と同じになるものではないため、昭彦さんの生前に法人化していれば、相続税対策を行うことも検討できました。
また、今回の事案の場合は問題になりませんでしたが、遺言書が有効な場合であっても、遺留分(法定相続人に最低限保証された取得分)を侵害する内容になっている場合、せっかく作成した遺言書が争いの火種になってしまう可能性もありました。
実際の遺言書を作成する際は、上記文言以外にも、祭祀承継や遺言執行者についても規定したほうが相続人間のトラブルを避け、想いを相続人に引き継ぐことができます。より正確な遺言書の作成を検討する際は、弁護士等の専門家のサポートを得ることが、ご自身の意向が反映された遺言書の作成につながります。
三浦 裕和
弁護士
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