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日産トップガンが語る GT-Rの真実(4)300km/hの世界を体験して見えた、新たな課題

&GP / 2017年6月25日 7時0分

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日産トップガンが語る GT-Rの真実(4)300km/hの世界を体験して見えた、新たな課題

数々の記録と記憶を残したものの、時代の変化に抗うことはできず、惜しまれつつも2002年に生産中止となったR34「スカイライン GT-R」。

しばしのブランクを経て2007年に誕生した現行のR35「GT-R」は、エンジンをGT-Rのシンボルでもあった直列6気筒から、V型6気筒へとスイッチ。さらに“スカイライン”のネーミングを外すなど、全く新しい、そして、世界に打って出るグローバルスポーツカーとして生まれ変わりました。

もちろん、R35の開発拠点となったのも、“第2世代GT-R”と同様、市販車開発の聖地といわれるドイツ・ニュルブルクリンク。最終回となる今回は、GT-Rの開発を支えるふたりのトップガン、加藤博義さんと松本孝夫さんに、R35誕生の裏話と、2017年モデルの進化についてうかがいました。

ーーR35は開発当時から“ニュル最速”を目標に掲げていらしたのですか? また、想定されたラップタイムなどはあったのでしょうか?

松本:R35は“ニュル最速”をひとつの目標に掲げて開発していました。想定タイムは、当初はベーシックな基準車で「8分を切る」というものでした。でもR35の開発作業は、単なる速さの追求、だけではありませんでした。300km/hで会話をしながら走れる、ということも、開発目標のひとつだったのです。何しろコンセプトが「いつでも、どこでも、誰にでも」性能を引き出せる“マルチパフォーマンス・スーパーカー”でしたからね。

ーーR35が初めてニュルでテストを行ったのは、いつ頃だったのでしょうか?

加藤:初めてテストを行ったのは、2003年頃だったと思います。“SSV400”という、V35「スカイライン クーペ」に偽装を施したクルマで、スカイライン クーペの車体に3.8リッターのエンジンを積んでいました。

ーーおふたりにはそれまで、ニュルでのテストに関して10年を超えるノウハウの蓄積があったかと思いますが、SSV400は最初からイメージどおりに走れたのですか?

松本:走れなかった、ですね(苦笑)。

加藤:何しろ、R32、R33、R34までの第2世代GT-Rと比べたら、パワーが大幅に上がっていましたからね。

松本:R35では、トランスアクスルという新たなパワートレーンの採用にチャレンジしました。日産自動車としては初のトライだったこともあり、その課題克服に少なからず時間を要しましたからね。最初の頃は、ギヤボックスのトラブルで走れない、なんてこともたびたびありました。初めて採用するメカニズムですし、パワーもパワーですから、伴走車がいないと不安、と感じる時期もありました。

ーーそれは、テストコースがニュルだから、ということや、アンダー8分というターゲットタイムが設定されていたことも関連していたのでしょうか?

松本:そうですね。ニュルはやはり過酷ですから。ニュルは車体に掛かるGも、前後と左右だけじゃないんです。何しろ、走行中に車体が飛び上がることもありますからね。そうした状況に対応できるオイル循環系が必要になりますし、車体やメカニズムの強度も必要になります。ですので、最初の頃はまともに走れなかった、というのは、正直な感想ですね。

ーーR32の初のニュルテストが、わずか半周で終了してしまったのとはレベルが違う、産みの苦しみですね。

松本:当初から、R35は攻めた設計をしていましたからね。トランスアクスル機構や、DCT(デュアルクラッチトランスミッション)でのシフトチェンジの問題など、開発にはかなりの時間を要しました。

ーートランスアクスルにV6ターボ、ギヤボックスもパドル式のDCTといった具合に、まさにGT-Rにとって初物尽くしだったわけですが、最初にメカニズムの構成をお聞きになった時、どのように思われましたか?

松本:プロペラシャフトを介して駆動力がエンジンから後輪側へ行ったり、今度は逆に、後輪側から前輪側へと戻ってきたり…で、初めは「なんだこれ! 本当にモノにできるのか?」と思いました(苦笑)。それと、初期のモデルでも最高出力は480馬力。「そんなに馬力あるの!」と驚きました。

ーー新世代のGT-Rを作り上げるに当たって、それまでの日産車とは評価軸の変化などはありましたか? R35は従来とは全く異なる評価軸で作られたクルマなのでしょうか?

松本:ニュルでの目標タイムとして設定された“8分切り”は納得できました。その一方、最高速度300km/hというターゲットは、私自身、R35の開発に携わるようになって初めて体験した速度域だったので、その辺りの評価軸をどのように設定すればいいか、当初は分からなかったですね。

250km/hと270km/h、さらに、300km/hとでは、それぞれゾーンが異なるんです。スピード感などの感覚も、見える景色も異なります。今でこそ、300km/hで落ち着いてテストを行えますが、まともに評価できるようになるまでは、本当に高いハードルでした。

ーー300km/hという未知の経験。まずはご自身の訓練、成長も必要だった、というわけですね?

松本:そうですね。未知の世界でしたから、始めは走らせるだけで精いっぱいでした。例えば、300km/hでの視界はどのように見えるのか、また、その速度域での振動や挙動なども評価しなければならないのですが、当初はとてもまともな評価はできませんでした。メーターを見て「今、300km/h」と感じるだけ。ただ出せた、というレベルで、とても評価にはなりませんでした。

ーー初めて300km/hを体験されたのは、どちらだったのでしょうか?

松本:最初は「ニュルで出せるかな?」と思ったのですが、メーター上では出るものの、GPSデータ上ではちょっと足りなかったんです。なので、初めて300km/hを体験したのは、ドイツ・アウトバーンの速度無制限区域でした。

ーー300km/hで走ってみて、テスト車両に何か足りないものはありましたか?

松本:空力関係や冷却系は調整が必要でしたね。テストカーの段階から、車体下面を“ディフューザー”で覆っていたのですが、車体後部にあるトランスミッションやディファレンシャルギヤをどのように冷却するか、そこに空気をどうやって導入するか、といった課題に直面しました。

当時は、栃木にある日産自動車のテストコースだけでなく、今はなくなってしまいましたが、仙台ハイランドというサーキットでチェックし、その後、ニュルにテストカーを持っていく、ということを繰り返していました。仙台ハイランドでのテストで、ニュルで起きた問題も想定できてはいたのですが、やはり実際にテストカーを持って行き、現地でテストしてみないと分からないこともありましたね。あと、高速域での性能に関しては、アウトバーンでのテストからのフィードバックが結構ありました。

ーーテストカーは、1回目の欧州テストで300km/hをクリアできたのですか?

松本:最初はトランスミッションの信頼性に未知な部分があったので、あえて出さなかったですね。技術陣がその辺の原因をはっきり突き止め、対策した状態にならないと、我々は出しません。

ーーテストドライバーの方でも300km/hを体験する機会は滅多にないと思いますが、加藤さんは初めて300km/hを記録された際、どのように感じられましたか?

加藤:私が初めて300km/hを出したのは、日産自動車が所有していたポルシェ959を、栃木のテストコースでドライブした時です。ただ当時のクルマですから、250km/hを超えるとドアが浮いてくるんです。なので、初の300km/h経験は「窓、外れないよね?」って気にしながら、でしたね(苦笑)。

ーーさすがにR35 GT-Rでは、そんなことは起きないですよね?(苦笑)

松本:さすがに現代のクルマですからね。でもテスト時は、細かいところで気になることはいくつかありましたね。パーツが取れそう、なんてことはありませんでしたが、想定外のところから風の音が出たり、フロントフードが浮いたりと、やはり300km/hで走ってみて初めて分かったことがいくつもありました。

やはり、250km/hくらいを境に、ハードルあるんですよ。250km/hより上と下とでは、何か大きな差を感じます。予想していなかったような現象が出てくるんですよ。

加藤:ドイツ車だと、普通のセダンで250km/h、BMWだと270km/hにスピードリミッターが設けてあるのですが、それらも絶対、なんらかの意味があっての設定なんでしょうね。

ーー加藤さんは、SSV400のテスト後しばらく、GT-Rの開発から離れられていたとうかがいました。そういった、かなりのご苦労を経て完成したR35 GT-Rの完成車を初めてドライブされた際、どんな印象を抱かれましたか?

加藤:まず、エンジンの掛け方が分からなかった(苦笑)。それは冗談ですが、最高出力480馬力、まぁ、四捨五入して500馬力ってこういうことなのか、と驚きましたね。なぜなら、アクセルペダルを踏むだけで300km/h出てしまうわけです。

マニュアルトランスミッションって、1速、2速…と変速していく過程で、人間に速度相応の緊張を強いてくるわけです。でもR35にはそれがなくて、プーン、プーンと加速していってしまう。簡単にスピードが出るがゆえに、果たして本当に制御できるのか? というくらい、そのパワーには驚きました。

後に、500馬力、550馬力とR35が進化していった際、松本が「550馬力になると、また違う世界があるね」と話しかけてきたのですが、「こいつ、何をいっているんだ!?」って、正直、思いましたよ(笑)。

ーーR35 GT-Rは、2017年モデルから開発責任者が田村宏志氏へ変わられましたが、クルマ作りの方向性などに変化はありましたか?

加藤博義さん(左)とR35 開発責任者 田村宏志氏

松本:大きく変わったのは、クルマの性格を明確に、2系統に分けたことでしょうね。「基準車」と「ニスモ」に分けたことで、技術陣も我々も作りやすくなったと思います。GT-Rはベースがしっかりしているクルマなので“コンフォート”路線にも“スポーツ”路線にも、意外と簡単に作り分けられるんですよ。元々の体幹が良ければ、あとはどういった筋肉をどこにつけるかで性格が変わる、という感じですね。

R34の時にも「Mスペック」という、グランツーリズモ性能を意識した仕様がありましたが、2017年モデルの基準車は、それに近いかもしれません。足まわりは基本的に、柔らかくセッティングしています。

ただしGT-Rですから、従来モデルよりも遅くなってはいけませんので、その辺りはキープしています。ニュルのテストでは基準車を試していませんが、国内のサーキットではタイムが落ちることなく、むしろ上手く荷重を使って走れるようになっていると思います。例えば、雨などの悪条件で速く走ろうと思うと、2017年モデルの基準車のしなやかな足の方が、接地感が優れていると思います。従来はピーキーなソーンがありましたが、2017年モデルは懐が深くなったといいますか、そういう部分が少なくなっています。

ーーニスモも乗りやすくなったように感じたのですが、変更点などはあるのでしょうか?

松本:従来と同様、ニスモは速さを前面に押し出しており、サスペンションなどは従来からあまり変えていません。でもあえて挙げるなら、以前のニスモと比べると、フロントウインドウまわりの剛性を高めています。これは基準車も同じなのですが、こうした部分が快適な乗り味にうまくつながっているんだと思います。

加藤:あとニスモには“ボンディング”という接着加工を新たに採用しています。これとフロントウインドウ周囲の剛性アップが効いているんだと思います。

松本:実はニスモの場合、フロントウインドウの接着剤も基準車とは異なるものを使っています。これも剛性アップのためなのですが、接着剤の備蓄と台数の問題があったので、まずはニスモにのみ採用しています。

ただし、同じお接着剤が基準車に合うかというと、実はそうでもないんです。サスペンションの硬さやボディとの微妙なバランスが崩れる。ここが微妙なところであり、我々のこだわりでもあるのです。

ーーところで、2017年モデルのニスモから、加藤さんが再びGT-Rのテストに参加されるようになったのは、何か理由があったのですか?

加藤:そもそもは、ニスモは速さを前面に押し出した仕様なので、レーシングドライバーにも開発に参加してもらおう、というのがきっかけでした。松本でもニュルを7分30秒で走れますが、ニスモのようにR35の速さをフルに引き出そうとした場合、やはりレーシングドライバーを起用した方がいいわけです。でもそうすると、速さに特化したクルマになりかねない。それを止めるのが、今回の私の仕事だったのです。ニュルを知っていて、そして、日産自動車の人間として「ダメなものはダメ」というお目付役ですね。

R35 ニスモのテストドライバー ミハエル・クルム氏

日産自動車社内のテストドライバーは、厳密に資格が分かれています。私も松本も最上位の“AS”資格を持っていますが、ひとつ下のグレードである“A1”だと「250km/hまでしか出してはいけない」という決まりがある。じゃあ、R35のように「300km/hを超えるクルマの開発はどうするの?」といった場合に、その取りまとめを行うのが私の立場なのです。

ーー実際にレーシングドライバーの方といっしょにテストを行われてみて、新しい発見とかはありましたか?

加藤:ある時、とあるレーシングドライバーが「スピードを優先したニスモは乗りづらいと思うシーンがある」と訴えてきました。その上で彼は「これを基準車として出すなら加藤さんたちの意見が正しい。でも我々はタイムを出すことが仕事なので、乗りづらいけれどスピード優先の仕様でいいと思う」とも付け加えてきました。そんなやり取りが、2017年モデルのニスモの開発では度々ありましたが、そうした開発のやり方は初めてでしたね。

スピードを優先した仕様にするのか、快適性に重きを置くのかは、最終的に開発責任者が判断しますが、そう簡単には答えを出せない。R35はスポーツカーですからスピードは大事ですが、完成された市販車としてお客さまへお届けしなければなりませんからね。ですから、レーシングドライバーがスピードを狙いつつ、松本たちが市販車としての評価もしっかり行うわけです。タイムアタック自体はレーシングドライバーたちに任せますが、速さだけではダメ。取りまとめ役として、日産自動車の人間として、自分でも乗って意見をいわせてもらう。それが今回の私の役目でした。

ちなみに今回、ニスモでのタイムアタックの際には、基準車をニュルには持ち込みませんでした。持ち込んでしまうと、基準車もスピード志向に進んでしまう恐れがありましたし、ニスモの開発にもブレが生じる可能性がありましたからね。タイムが逆転することはないと思いますが、条件によっては基準車でもかなりイイ線までいけたはずです。ボディを見てもパワーを考えても、基準車だから遅くなるという理由はありませんからね。

松本:なので私は、今回は基準車でアウトバーンを走ってばかりいました。R34 GT-Rまでは、アウトバーンは「走れればいい」という感覚でしたが、300km/hを楽に出せるR35では、走りながらしっかりとテストを行うようになりました。雨の日でも欠かさずテストしますし、250km/hで走行中にワイパーのテストも行います。かつては、そんなテスト項目など考えたことはありませんでしたが、300km/hが当たり前になったR35からは、商品性実験も変わりましたね。

ーーGT-Rは本当に、世界レベルのスポーツカーへと成長しましたが、日産自動車ならでは、R35ならではのテスト項目というのはあるのですか?

加藤:やはり、ニュルでのタイムアタックと、300km/hでの巡航テスト、その両方を行うことでしょうね。他の量産車メーカーでは、なかなかやらない項目です。

松本:カタログ上で最高速度315km/hと謳っている以上、本当に出せるのか、そこまで確認しないと世には出せません。我々はコンピュータだけでクルマを作っているわけではありませんからね。

加藤:そう。お客さまに商品としてお渡しする以上、品質には絶対の自信を持たなければならないんです。そうした、絶対的な品質をお届けする、それが、我々テストドライバーの仕事なんだと思います。(完)

(文/村田尚之 写真/村田尚之、ダン・アオキ、日産自動車)

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