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漫画家・冬野梅子さん「ゴールに辿り着けるわけではないけれど、迷路の中にいることを気付かせてくれる漫画が好き」 | TVプロデューサー小山テリハの漫画交感 #2

Hanako.tokyo / 2024年4月8日 18時0分

漫画家・冬野梅子さん「ゴールに辿り着けるわけではないけれど、迷路の中にいることを気付かせてくれる漫画が好き」 | TVプロデューサー小山テリハの漫画交感 #2

「イワクラと吉住の番組」「あのちゃんねる」などを担当するテレビ朝日のプロデューサーの小山テリハさんは実は漫画好き。毎回ゲストをお迎えして、互いに好きな漫画を交換、感想を共有し合う連載です。第2回目のゲストは漫画家の冬野梅子さん!

ゲスト・冬野梅子 漫画家

2019年『マッチングアプリで会った人だろ!』で 「清野とおるエッセイ漫画大賞」期待賞を受賞。そのほか著作に『普通の人でいいのに!』『真面目な会社員』など。現在、漫画『スルーロマンス』、エッセイ『東北っぽいね』を連載中。
漫画『スルーロマンス』: コミックDAYS
エッセイ『東北っぽいね』: よみタイ
X: @umek3o

小山テリハ 株式会社テレビ朝日 番組プロデューサー・ディレクター

2016年にテレビ朝日に入社。アイドル・アニメ・漫画好き。何かに一生懸命で、表現したいことがあるのにまだ光が届いていない女の子にスポットライトを当てたいとずっと思っている。やりがいは、一生会うこともないかもしれない、どこかにいる誰かの1日の数分でも寄り添えるような番組を作ること。現在は『イワクラと吉住の番組』『あのちゃんねる』『サクラミーツ』『ホリケンのみんなともだち』『霜降りバラエティX』などを担当する。
https://www.tv-asahi.co.jp/barabara/
X: @teriha_oym

冬野さんの好きなマンガをプロフィール帳に書いてもらったよ。



小山テリハ:
冬野さんの作品がめちゃくちゃ好きで。なんでこんな面白いものが描けるんだろうってずっと疑問を持っていたんです。恋愛だったり仕事だったり、集団の中の自分について、普段言葉にはせずに、自分の脳で個別に整理することもない事象をまざまざと描かれている。言語化能力が高すぎてて、読んでいて苦しくなるくらい(笑)。



冬野梅子:
ありがとうございます。最近そこまで他の方の漫画を読めていなかったので、こんな機会をもらえてよかったです。



小山テリハ:
もともと漫画はあまり読まれないんですか?



冬野梅子:
そうですね。この日までにとか、仕事のため、みたいに何か与えられないと漫画も本も読まなくなってしまって。全然漫画好きじゃないじゃん、って最近感じるようになりました(笑)。



小山テリハ:
描くのは楽しいですか?



冬野梅子:
安心感はあります。私はちゃんと仕事をしている、っていう精神安定に近いですね。



小山テリハ:
引き受けてくださったのは光栄なのですが、いざプロの漫画家に漫画をおすすめするとなるとすごく難しくて(笑)。迷ったあげくストレートに今、冬野さんとお話したいことがある漫画を2冊選びました。

1.『雨がしないこと』(小山P冬野さん)「物語をリードしていく人が“恋愛をしない人”というのがいい」

作者のオカヤイヅミさんは2022年に『いいとしを』と『白木蓮はきれいに散らない』で第26海手塚治虫文化賞「短編賞」を受賞。

『午後のロードショー』を付けっぱなしで作業をするのがルーティンになってます」と、冬野さん。



小山テリハ:
この『雨がしないこと』っていう作品は無性愛者の主人公とその周りの人々の話です。その中でも「“最近どう?”みたいな話は、恋愛や恋人についてどうなの?という意味で当然のように進む」と描かれていて、そこにすごく共感できたんですよね。友人同士でお茶をすると「ちゃんは最近どう?」って恋人との近況報告をほぼ強制的に聞かれたりするじゃないですか。誰も興味がなくても、とりあえずその応酬は行われる。もともと友達が多い方ではないけれど、大学生の頃に「これしんどいな」と気付いてから、さらに友人関係を諦めていく、っていうのがあったんです。



冬野梅子:
なるほど。



小山テリハ:
この作品ではそう思ってしまう気持ちが異常ではなく、むしろ恋愛の話などもせずに一緒に過ごせる主人公の雨との時間は居心地がいい、と描かれています。冬野さんがこの漫画を読んでどう思われるのか知りたくて、今回おすすめさせていただいたんです。



冬野梅子:
私はこの漫画のことを失礼ながら存じ上げなくて、初めて読んだときにまず絵が可愛いくてグッときました。適当ではないんですけど、背景が正確さよりも雰囲気を大事にしているように見えて、こういう描き方もアリなんだ!って発見でした。お洒落で素敵な絵ですよね。



小山テリハ:
たしかに、さらさら~って描かれていますよね。

背景の建物などは特にゆるく書き込まれている印象。



冬野梅子:
漫画を読むとき「作家は誰目線で描いているんだろう」とつい考えます。自分の話になりますが、異性愛者の自分が、無性愛の人を描くとなると私の場合は大変だったので。当事者が自ら描く場合は、どんな描き方でも自分の持っている真実は伝えられるのでそれだけでも意味があると思います。けどその反対で当事者じゃない自分が描くのは意味があるのだろうか……とか悩みました。すみません、作者はいちいちそんなことを推測されたくないでしょうけど。例えば、良く描いても変な理想化を招きかねないし、悪く描くとただ悪いイメージがついてしまいますよね。全方位に気を使って描く必要があるから大変じゃないのかな、と描き手の気持ちが気になっちゃいました。



小山テリハ:
恋をしない人って「サバサバしていていい人だけど、結婚してないんだよね」みたいな。かっこいい女として描かれる可能性も高いけど、この作品ではそう描かれてないですよね。



冬野梅子:
そうですね。恋愛しないことで、人とフラットに友人として付き合える、というふうな印象を受けますね。



小山テリハ:
恋愛をしないことで1人で思うことはあるだろうけど、それは吐露されていなくて。友達とのやりとりから読み手が想像できたり、すべてを説明していないところもいいなと思いました。あと、映像として動いている感じがする。私もこの絵の雰囲気が好きなんですけど、男性に見せたら「画がちょっと……」って言われて。人によってこんなに受け取り方が違うんだ、と衝撃を受けました。私は「今、散文詩を読んでいるのかも」と思う瞬間もあるくらいだったので。



冬野梅子:
わかります。カチッとしてない、ふわふわしたタッチが素敵ですよね。



小山テリハ:
料理はかなり美味しそうに描かれていますよね。自分にとって優先順位が高いものについてはキラキラと描かれていらっしゃるのかな?とも思いました。



小山テリハ:
このくらいの年齢になると「人生この先どうなっていくんだろう、一人で生きていく選択をしていいのか」みたいな。世の中からの視線をどうしても感じるんですけど、雨にはそれがない。自分の周囲を大切にしたり、自分が料理を作りたければ作って生きていけばいい、というのがすごく丁寧に描かれていますよね。この作品を読んで「私は世の中から外れているわけではない」と、思える人も多い気がします。



冬野梅子:
そういえば、この作品を読んで、ヤマシタトモコさんの『HER』っていうオムニバスの漫画を思い出したんです。『HER』では主に異性愛者の女性を中心に物語が進みますが、今は物語をリードしていく人が“恋愛をしない人”というのも自然と受け入れられるようになったんだな、と思いました。あえて恋愛をメインに置かない人生を送る人が主人公というか。それがむしろメインストリームになりつつある予感がして個人的には嬉しいです。

「#4原ノ井久四の場合」より。上巻は全6話のオムニバス。



冬野梅子:
雨は単に恋愛をしないんじゃなくて、もうちょっと性格的な特性として一人を好んでいるようにも見えました。一概に雨のセクシャリティを断言することができない、余白を残したキャラクターなのかな。



小山テリハ:
そういう部分がふわっとしているから読みやすかったのかもしれません。



冬野梅子:
身近に雨のような方はいらっしゃいますか?



小山テリハ:
恋愛の優先順位が高くない方はいます。職場に未婚の女性が多くて。“したくない”というより、目の前にある仕事に向き合って忙しく生きてきたら……という感じなので、実際に恋愛しないのかは分からないんですけど。自分も含め、そんな方たちを見ていると「なんで作らないの?」と聞かれても「理由ってあるのかな?」と思います。単純に今いないだけなのに、みんな何かしら理解に落とし込もうとする。「どんな人がタイプなの?」とか、男性からは特に聞かれます。



冬野梅子:
男性はまた別の意味でその質問をしてくる感じもありますよね。「女性にとって俺はいらない存在なの?」みたいな。どうして隣に男性がいなくても平気なのか、おかしいんじゃないか、みたいな感じで執拗に聞いてくる人はいますよね。



小山テリハ:
さらにズケズケ聞いてくる人もいます。この前女友達と「男性って『一人でするの?』とか普通に聞いてくるよね」って話になって。分かる、分かるって共感し合いました。男性はどこまでも聞いて、私という人間を嵌め込んでいいと思っているのかな。



冬野梅子:
どんなことでも質問していい権利を既に持っているって感覚なんですかね、答えるかどうかはこっちが決めるから待っとけよって思いますよね。なんでも答えるとは思わないでほしい(笑)。

雨がしないこと

作者: オカヤイヅミ
出版社: KADOKAWA
発表期間: 2023年
巻数: 上・下巻

主人公の花山雨は「恋をしない」。郊外の古くて小さな平屋に引っ越し、凝り始めると同じ料理ばかりを作り続ける。そんな雨と幼馴染の女の子、会社の上司と同僚、友達の元カレ、母親を巡る群像物語。

2.『21世紀の恋愛』(冬野さん小山P)「愛についての講義を濃密に受けたような読後感!」

この日までに読み込んできた小山さん。付箋がたっぷり!



冬野梅子:
漫画をあまり読んでいないので、脈略なく選んでしまった部分もあるんですけど。『21世紀の恋愛』は読み応えがあるし名作。棺桶に入れるならこの本ですね。1冊読むのにすごい疲れますけど、誰にでもおすすめしたい作品ですね。



小山テリハ:
最初に数ページめくって「これ中途半端な気持ちじゃ読めないやつだ」と、一回寝かせました(笑)。情報量も多いし、描いてあることも結構難しい。大学の講義を久しぶりに聞いているような……。うん、愛についての講義を濃密に受けた読後感がありましたね。

絵も文章も細かくて多め。



冬野梅子:
これを読むと、その後の人生は作者の考え方に引っ張られちゃう。「恋愛は心でしているのではなく、社会と哲学が絡んでいるんだ」ということが入ってきてしまって、理由なく恋に落ちる、みたいな考え方は消えました。



小山テリハ:
3年前に出た本なんですよね。



冬野梅子:
はい。ちょうどその頃に友人に薦められました。



小山テリハ:
この作品を読むまで、恋愛とか愛の定義や歴史を考えたことはありませんでした。恋愛についての本って自己啓発本みたいで、1冊読むとズブズブとハマってしまいそうだから手を出してこなかったんです。これも本屋に並んでいたら「恋愛の本でしょ」って買わないと思うんですけど、読んだら結構ゴリゴリというか。男性の立場やどうあるべきっていうのが、歴史に沿って描かれている。



冬野梅子:
19世紀は即プロポーズするのが男らしさだった、とかね。



小山テリハ:
はい。男性らしさと女性の在り方が歴史として描かれていて。我々が今恋愛に対して持っているスタンスは、その流れでたまたま形成されただけ、っていうのも印象的でした。



冬野梅子:
恋愛は資本主義に影響されているともありましたね。この後に出版する『欲望の鏡』っていうルッキズムをテーマにした漫画でもSNSと資本主義に言及しているので、もう人間の内面と資本主義は切り離せないものなのかも。でもたしかに、恋愛は心でするものだと思って生きていたけれど、実際は資本主義の原理に突き動かされてやっている面もある、というのは納得です。コスパ、タイパみたいな損得で考えちゃうかも。



小山テリハ:
「女性は『子供が欲しい』と思っていてほしいものだ」みたいな。子供をいらないと思う女性はちょっと冷たい感じがするって世間的には思われがちだけど、歴史的な背景として「女性は子供が欲しいスタンスを取る方が都合が良かったからそうしてただけ」というように描かれていて。「色々な考えの人がいるけれど、客観的にどっちかを悪と判断する必要はない」とより強く思えるようになりました。



小山テリハ:
男性にとって都合のいい発言をする女性が、世の中では強い女性として描かれている、という言及もされていましたよね。



冬野梅子:
「私は振り回されない。あいつなんてすぐに忘れて次に進む」みたいなセリフ、ありましたね。これって一見いいこと言ってるんですよね。でも実際は男にとって都合がいいだけじゃない?と語られる。「責任とってよ!」と、いちいち言ってこない女性の方が確かにラク。



小山テリハ:
「最終的に私の所に帰って来ればいいや」なんて束縛もしない女性は、たしかに男性にとって都合のいい存在。知らない方がよかったかもしれないくらい「私こんなこと言ってないかな?」と、不安になる。何も考えずにやっていることが、男性にとって都合のいい女性としての発言になっていたのかな、と思うとショックだったりします。



冬野梅子:
その話の後に、キャロライン・ラムっていう女性が出てくるの覚えてますか?



小山テリハ:
現代だといわゆる“メンヘラ”として描かれそうな、愛が制御できない方ですよね。



冬野梅子:
そう。でも、最初のタフな女性が男性にとって都合のいい女性だった、と思うと、ヤバい女とされるキャロライン・ラムって最高!って思えるんです。



小山テリハ:
客観的に見ると彼女の存在はストーカーチックでホラーなんですけど、最後まで意志を貫いているのはいいですよね。彼女は自分の気持ちを大事にしていて「相手にどう思われようが私は好きなんだ!」みたいな。



冬野梅子:
このメンタリティは、ちょっと取り入れたいです。強くてヤバい奴になりたい。



小山テリハ:
そこまで男性に言及している本でもないんですよね。唯一言及されていたのは、レオナルド・ディカプリオかも。



冬野梅子:
冒頭にディカプリオが登場することで、ぐっと掴まれる感じはありましたね。



小山テリハ:
最初に登場させるってことは「男性は基本何も感じていない」ということを言いたいのかな?とも思ったりしました。なぜディカプリオは彼女をスマホの機種変みたいに変えていくのか、という部分から、この作品では「彼女という存在は、ディカプリオにとっては替えが利くもの」と解釈されていて。そういう考えの人もいるだろうな、って思っちゃったりはしましたね。社会的に取っ替え引っ替えが良くないとされているから、表面上では円満夫婦の姿でいるけれど、裏で愛人を作りまくっている。男のたしなみのつもりで適度に女性と遊んで、土日は子供と遊んで、みたいな。



冬野梅子:
使い分けですかね。「男のたしなみ」で思ったんですが、ある種の男性は、自分の感情より先に社会的評価を優先するのかな、というか繋がってるのかな。ついでにいうと、替えが利くほどのレベルの高い女性はたくさんいるんだな、とは思いました。



小山テリハ:
彼にとってはモデルコレクションのような感じで、一定の容姿の基準をクリアしたら全員OKみたいな感じがあるんですかね。

「棺桶に入れたいのは、死んだ後にまたじっくり読めばいいんじゃないかと思ったからです」と、冬野さん。



冬野梅子:
それって、若くて綺麗なら誰でもよい、と受け取ってしまいますが……(笑)。でも、人はある程度「自分自身の意志ではなく、資本主義の影響を受けて選んでいる」と思うと、恋愛に関して深く悩む必要はなくなりますね。仮に作中のディカプリオみたいに何も考えないし、何も感じないのだとしたら、こちらも相手の意思は気にしなくていい。「誘ったら迷惑かな?」と考えて行動できないこともあったけど、相手が“誰でもいい”という考え方の人間だと仮定すれば、断られても深い意味はないので気にする必要がない、と気楽になりました。相手には何もないと思うと、主体も動機もこっちにしかないことになるので。ただ、「それは相手を人間扱いしているのか」っていう葛藤も生まれますが。



小山テリハ:
ほんっと久しぶりに頭使いました。どれだけ普段脳を働かせないで生きてるんだろうって、すごく恥ずかしくなりましたね(笑)。



冬野梅子:
私も、初めて読んだ時に何が書かれているのか分からなすぎて「私ってこんなにバカだったんだ」とすごくショックを受けました。



小山テリハ:
この漫画は自力じゃ絶対に見つけられません。どこのコーナーに置かれているのかも分からないです。



冬野梅子:
恋愛エッセイとも違いますよね。恋愛本ってモテるための方法論が書いてあると思いますし。この漫画のように、恋愛という形式は時代においてどう捉えられてきたのかみたいなことを問う本はなかなかない。



小山テリハ:
愛について考えるってちょっとクサいじゃないですか。でもここで語られるのは割とロジカル寄りのことなので、そういう意味では誰でも読みやすかもしれません。



冬野梅子:
女性の恋を応援する、という方向ではなくて、私たちが今持っている意志や動機は外的要因で作られていないかチェックしてみよう、みたいな感じ。哲学の話もすごい多いのに、絵も含めて茶化し方が一流なんですよ。



小山テリハ:
見たことがあるキャラがちょいちょい挟み込まれていて、それも面白い。独特のセンスを感じます。作中で「絵を描く能力は漫画に必須なのか」という質問に「漫画で大事なのは絵と文字で何かを伝えることができるから」と答えていて。たしかに本来であればNHKの講座、みたいな形で伝えるような内容をポップに読めているなという感じがしました。バラエティっぽい感じに仕上がっていますよね。

21世紀の恋愛

作者: リーヴ・ストロームクヴィスト
訳: よこの なな
出版社: 花伝社
発表期間: 2021年
巻数: 全1巻

スウェーデン発。星の王子さまやヘーゲル、フロム、キルケゴール、ヒンドゥー神話にディカプリオなど、古今東西の言説から現代における「恋愛」を読み解いたギャグコミック。

3.『海が走るエンドロール』(小山P冬野さん)「未来に漠然とした希望も持てていない中で、60代のロールモデルが出てきたのが嬉しい」



冬野梅子:
私が大人になってから、「何か作りたいな」と思ったときに、一瞬小説も考えたけど高尚なイメージがあって手が出せず、かといって無名の素人がエッセイ書いたとて……みたいな気持ちで文章だけを読ませる勇気もなく。それで、自分の作りたいという気持ちと人に読んでもらえそうという部分で折り合いがつくのが漫画表現だったんです。あとは照れもあったのかもしれない。小説書いていることは言いづらいけど、漫画なら笑い話っぽく言いやすいから(笑)。



小山テリハ:
漫画家一択だったわけではない、という感じですか?



冬野梅子:
映画や小説も好きでしたけど、いろんな創作物に対して夢中になって感動してるのに、自分は消費する側でしかないっていうことを悲しく感じてました。漫画に限らず、音楽や映画、絵画などはすべて繋がっていると思ってまして、例えば映画監督は1枚の絵から着想を得て映画を撮って、その映画を観て感動した人が曲を作ったりもしていて。もちろん、普通の日常生活こそが、物を作る上でも一番大切なんですが、当時の私は、創作の輪の中に自分はいないと気づいたときにとにかく悲しかったんです。それを払拭するために「自分でも何か作るしかない」と思って書き始めました。



小山テリハ:
学生たちが映画制作に挑む、この『海が走るエンドロール』はご存知でしたか?



冬野梅子:
はい。1、2話だけ読んで、いつか読もうと気になってはいました。数十年ぶりに映画館を訪れた主人公のうみ子が「自分は映画を撮りたいんだ」と気付いて行動していくんですよね。60代でやりたかったことを始めるなんて、すごくいいと思います。



小山テリハ:
こういう人生いいな、と思わされますよね。好きなことや興味のあることに挑戦するのは、苦労するし大変だけど楽しい。バラエティ番組を作っていると「何歳までこんな無理してやれるかな」と思うこともあるんです。でも60代から新しい世界に踏み込むうみ子を見て、いつから始めてもいいんだって思わされました。あの年齢で映画学校に入って、映画を撮りたいって感情から行動していくのは純粋にすごいと思います。



冬野梅子:
うみ子の世代になると、離婚まではいかなくても卒婚などをされる方もいらっしゃると思うんです。ほぼ家庭内別居で自由になろうと思ったときの人生の充実度は本人にかかっているというか。でも、うみ子の挑戦は、老後の趣味の域を超えてますけど。だからこそうらやましくなります。



小山テリハ:
たしかにそうですよね。



冬野梅子:
今30代なんですけど、漠然と「50代以降は終わり。そこから新しいことは何も起こらないし、体力も知識も経験も、今あるものを食い潰してどうにか生きていくんだろう」って思ってたんです。それは悲観的な意味じゃなく、そういうものだろうな、という感じ。そういう中で、60代のロールモデルが出てくるのがすごく嬉しい。中年以降の男性が主人公の作品は、父や夫という立場から切り離された面白いキャラクターが多くある中で、この作品はその女性版というか。中高年のなんでもない女性にも一人の人間としての人生がある。そりゃあるよねって感じですけど、それを描いた作品ってまだ多くないような気がする。



小山テリハ:
恋愛要素が入ってこないのもいいですよね。うみ子と出会った美大生のカイくんは互いに惹かれ合うんですけど、そこに恋愛感情はない気がしました。ただただ切磋琢磨するめらめらしたお互いの魂が惹かれ合っているだけ。



冬野梅子:
素敵ですよね。60代でも気持ちは若い、というか老けないんですね。これ作りたいな、とかこれ撮りたいな、とか。好奇心があるのもうらやましい。



小山テリハ:
うみ子たちのようになりたい、という憧れは性別も世代も問わずあると思います。



冬野梅子:
そういえば『メタモルフォーゼの縁側』という作品も年齢差のある友情の話ですよね。そういう友情に、けっこうみんな興味あるのかも、と思いました。



小山テリハ:
そうですね。あとは年齢を重ねても、何かにときめいたりとか、好きかもって思える感情があることを両作品ではみずみずしく描いていると思います。年齢を重ねていくと、理解できないものを拒絶してしまう人もいる。自分の知ってるカテゴライズの中に無理くり入れたくなるというか。でもうみ子は世界を広げていける人。私もそんな人でありたいです。

撮影現場での悩みを抱えていたカイが、お手本となる監督に出会う。



冬野梅子:
この作品を読んで、私は絶対映画を作れないな、と再確認しました。



小山テリハ:
めちゃくちゃ大変そうですよね(笑)。



冬野梅子:
体力的もそうだし。普通に「無理だ!」っていう(笑)。あんなにたくさんの人をまとめて指示を出すなんて絶対にできない。気になる部分があってもすべてのカットに「OKです」って私なら言っちゃうな。映画が好きなので「もし自分が映画を撮るなら……」と想像することはあるんですけどね。



小山テリハ:
映画のコンペに出す作品を作っていて、みんな不慣れな部分はありながらも本気で取り組んでいますよね。



冬野梅子:
でもバイトの時間もあるし、生活もある。



小山テリハ:
実際にやったことなくとも「映画の現場ってこんな感じなのかな」と思えました。



冬野梅子:
「いいものを死ぬ気でとるぞ!」と取り組むのは分かる。でも学生だと勉強の一環でもあるから、生活はどこまで犠牲になっていいんだろうかと心配になります。“健康に働く”っていう概念はここには生まれないだろうな、と労働問題についても考えてしまいました。みんなに声をかけてコミュニケーションをとりながらまとめていくお手本のような監督も出てくるので、決してパワハラや長時間労働でいいものができる、と描いているわけではないんですけど。もし大変な環境の中で成功体験を得てしまったら、それはパワハラ監督も生まれるかも、とは思いました。



小山テリハ:
監督は自分の作品だから全力でやりたいけれど、それに付き合うスタッフの子達はそこまでのモチベーションがない子もいる。「バイトくらいの感覚できたのに」って。でも作品を仕上げるときはそういった点も自分の中で折り合いつけないといけないだろうし。



小山テリハ:
あと、ものづくりしている人には刺さる作品だと思います。実際にテレビ番組の制作に置き換えても共感できる部分が多い。時間をかけて撮影をすることで必ず面白くなるわけではないんですけど、長回しをした結果生まれる面白さもある。でもそのやり方をみんなに強いることはなかなかできないわけで。



冬野梅子:
やっぱり大変そう……。そういう点では、漫画家は一人で完結させることもできるから私には合っているんだと思います。一緒に働く人のことも考えないといけない仕事って、何人分の能力が必要なんだろうって思いますね。




小山テリハ:
私はまとめる立場でもあるので「常に自戒する必要があるな」と身に沁みる部分がありました。一緒にやっているスタッフがキャリアを積めるための動きができているのかな?とか。その人の人生にとって学びがある仕事になってるかな? ということも気になってしまう。だけど現場のみんなのモチベーションはバラバラなので、集団でものづくりをするのはやはり難しいですね。



冬野梅子:
そんなことまで考えるんですね。作品だけじゃなくスタッフの成長も考える仕事。



小山テリハ:
そうですね。あと、この作品は、友達がみんないい子ですよね。ババアじゃん、と仲間外れにするんじゃなくて「面白いじゃん!」って言ってくれるあったかい環境がある。「面白いものを撮るっていうマインドだったら、年齢も関係ない」と関係を築いていくのが素敵だな、と思います。

海が走るエンドロール

作者: たらちねジョン
出版社: 秋田書店
発表期間: 2020年〜連載中
巻数: 既刊6巻

夫と死別し、数十年ぶりに映画館を訪れたうみ子は、夫との初デートで映画ではなく「映画を観てる人が好き」だと指摘されたことを思い出す。その後、海(カイ)という映像専攻の美大生に出会い、自分は「映画を撮りたい側」であると自覚。映画づくりを学ぶため、65歳にして美術大学の映像科に入学し、映画制作に挑戦することに。

4.『るなしい』(冬野さん小山P)「神様はヤクザだよ、という言葉に納得してしまいました」



冬野梅子:
『るなしい』は、唯一紙の単行本で買っている漫画です。



小山テリハ:
かなりパンチある作品ですよね。



冬野梅子:
麒麟の川島明さんもおすすめしていたり『5時に夢中!』でも紹介されていたので「やばい売り切れちゃう!」と、急いで買いに行った思い出があります(笑)。



小山テリハ:
(笑)。めちゃくちゃ面白かったです。本当にあった話なんじゃないか?と思わせてくれる。「神の子として生まれた、郷田るなの伝記である」と冒頭にあって。「いやご冗談を……」と思ったけれど、100%その通りでした。ここまで強い言葉だと、本編でそれを超えられない気がするのに。



小山テリハ:
一言で表すと信者ビジネスを描いた作品なんですよね。学生のるなちゃんが教祖としてお灸の施術をする。でもただのお灸じゃなくて特別なお灸という感じで。



冬野梅子:
そうそう。



小山テリハ:
お隣に住む幼馴染のスバルは親から「るなとは関わっちゃダメ」と言われているけど仲良くしているし、るなのことも認めている。彼女はその力を使うために一生処女じゃないといけない決まりがあるんですけど、ある日イケメンのケンショーと距離が縮まったときに、スバルは嫉妬するんじゃなくて、その力が使えなくなるからダメ、と指摘するのが面白かったです。



冬野梅子:
恋をすると体調が悪くなってしまうんですよね。マジで。



小山テリハ:
そう。恋愛しちゃいけない、処女を守らなくちゃいけないっていうのは本当だと知ったから、ケンショーを好きになるのを止めるっていう。私はプロ意識がある人が好きだから、そんなるなちゃんのことが超好きになりました。るなちゃんは多分、アイドルをやっても卒業までスキャンダルが出ない人ですよね。信者ビジネスをしてると公言しながら、仕事としてやり続けていられるのもすごい。

ケンショーに恋をして体調が悪くなったるなは、それなら、と彼を信者ビジネスに取り入れていく。



冬野梅子:
前作『アマゾネス・キス』もしかり、意志強ナツ子さんの作品には、ちょっとあやしいビジネスが出てくる。主人公のるなは決して主人公っぽくないんです。可愛いわけでもないし、華やかでもなくて。でもとてつもないカリスマ性を持っている。そういう意外性も引き込まれます。なんとなく信仰って信仰心の言いなりになるようなイメージがあるんですが、彼女はそのバランスを分かってやっている。そこに恐怖も感じます。後半で「神様ってヤクザだよ」っていうセリフがありまして。それも印象的。



小山テリハ:
たしかに「なんで毎年1月1日に同じ神社にお参りに行ってるんだっけ?」と思い始めてしまいました。去年行ったのに今年は行かないなんて悪い、と思わされているというか。神様はヤクザだよっていうのは、なるほどと思いましたね。



冬野梅子:
「優しいのが神様じゃない」というスタンスが彼女の中にはあって。それに倣って考えたら、対価をもらうことは当然、という考えに違和感もなくなります。「お金なんか貰って申し訳ない」じゃなくて、それは対価。しかも彼女の持つ自信が他のビジネスにも良くも悪くも影響を与えている。



小山テリハ:
るなちゃんはやりがいを与えるのが上手なんですよ。「一緒に夢を大きくしよう!」みたいな。キラキラしている。ケンショーも、るなちゃんがお灸でクラスの子から2000円もらう姿に最初は驚いているんですけど「やってもらうことに対して、プロからお金をもらうのって普通じゃない?」と彼女は答える。そこからケンショーが同じようにビジネスを始めるんですよね。学校内ホストみたいな。



冬野梅子:
ドキュメンタリー作品とかで観るホストを目指して上京した人って、ケンショーのようにピュアな人が多いかも。育ててくれた親をラクさせるならホストになるしかないし「俺、もっといい男になって頑張ります!」みたいな。そんな彼らを断罪するでも美化するでもなく描いてる。

るなは鍼灸院で”火神の子”として施術をする。



小山テリハ:
ケンショーが「付き合っている彼女からはお金は受け取れない」と拒否をする場面があったと思うんですけど「それは受け取らないとプロじゃないから」と説得されて結局受け取るんですよね。そこで調子に乗って彼女にキスをしているところを、別のお客さんに見られてしまう。「今のって対価払ってなくない?サービスじゃん。冷めたわ」とお客さんが減ってしまうんですけど、お金を払って何かをしてもらう、っていうルールを一個破るだけでこれまで熱心に応援してくれた人たちが冷めていくことはあるよなぁ、と。



冬野梅子:
彼らのやっていることは、いわゆる普通の仕事じゃないことが分かっているからこそ、その裏側を知っていくゾクゾク感もありますよね。



小山テリハ:
ありますね。るなちゃんは相手が欲しい言葉をかけられる才能にめちゃくちゃ長けていて。目の前の子に「胡散臭いって思われているだろうけど、この言葉をかければ私が一気に有利な立場になれる」と瞬時に判断して声をかけられる。それってカリスマだなと思いました。



冬野梅子:
その人の能力が活かせるように利益を回してあげる方法をとるから余計に好かれるんですよね。例えば、映画撮りたい人がいたとき、同じく映画に出たい人にその話を回してあげることができる。それって一番感謝されると思うんです。私はるなに操られるタイプなので、ちょっと怖いです。



小山テリハ:
分かります。彼女にコントロールされてるって、私も気付かない可能性大です。むしろ「悩みがあったらるなちゃんって子に聞いたほうがいいよ~」って友人におすすめしちゃうと思います(笑)。そうやって取り込まれていく恐怖はある。



冬野梅子:
普通に1万円包んで、ハイって渡しちゃうかも(笑)。



小山テリハ:
彼女が欲しいと言わずとも、こっちから出しちゃいますよね、きっと。



冬野梅子:
出します、怖い、怖い!でもこういう商売を、加害者と被害者みたいな切り口じゃなく、なんともいえない深い描写で捉えてて、その距離の取り方にもすごく魅力を感じます。



小山テリハ:
こんな内容なのに、完全悪として結論づけられるわけでもないですもんね。



冬野梅子:
そうそう。今回私が小山さんにおすすめした2冊を改めて見ると、どちらも仕組みを描いた漫画かもしれません。自分はこの迷路の中にいたんだ、と気付けるような。だからってゴールに辿り着くわけではないけど、地図は手に入れられる。きっと、そんな作品に惹かれてしまうんです。

るなしい

作者: 意志強ナツ子
出版社: 講談社
発表期間: 2021年〜連載中
巻数: 既刊3巻

火神の子として生きる高校生のるなは、実家の鍼灸院で自身の血が入ったモグサを使い「自己実現」を売る信者ビジネスを行っている。「宗教の人」としてクラスでいじめられる中、助けてくれたクラスの人気者、ケンショーに恋に落ちる。だが、るなは恋をすることを許されていない。代わりに、ケンショーを「ビジネス」に取り込むことを決意する。

小山テリハさんから冬野さんへのメッセージカード

edit_Nozomi Hasegagwa photo_Hikari Koki illustration_Serena Nagai

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