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鑑賞後にめちゃくちゃ考え込んじゃうこと必至! エンドロールで身の毛のよだつ感覚に襲われる映画「関心領域」

ねとらぼ / 2024年6月8日 21時30分

 毛皮のコートを持っていくのは、ヘスの妻であるヘートヴィヒである。コートのポケットには使いかけの口紅。その口紅の匂いを嗅ぎ、異常がなさそうだと判断したらこれまた自分のものにしてしまうへートヴィヒ。ヘートヴィヒだけではなく、家の使用人たちもこれらの衣料品を持っていく。

 この衣服を持ってきた、妙にみすぼらしい身なりのおじさんは誰なのか。ヘス一家は、なぜ金も払わずに高級そうな衣服を手に入れられるのか。使いかけの口紅は、一体誰のものだったのか。それらは劇中では一切語られないが、ヘス一家やその他の登場人物の会話を聞いていれば、自然と「収容所のユダヤ人から奪ったもの」だと察しがつくようになっている。にもかかわらず、劇中の人々はそれらの品物の出どころについて一切触れようとしない。当然のように衣服を仕分けし、高級なものはヘスの妻がいの一番に持っていく。どこの誰が着ていたものなのかも全く気にせず、自分のものにしてしまう。

 収奪自体やそのプロセスは、彼らの視界には入らない。自分たちが全てを奪った上で虐殺しているユダヤ人たちの姿を巧妙に思考の外に追い出し、視界に入れず、それについて話さず、自分たちのやっていることを意識の外に追い出しながら、平和で明るく清潔な生活を送り続ける。圧倒的な無関心で壁を作り、その外にあるものは存在しないものとして扱う。

 絶対に、自分たちが何をしているのかを冷静に振り返ったり、ユダヤ人のことを考えたりしない。ユダヤ人の資産や持ち物を良きドイツ人が奪うのは当然だし、ユダヤ人は全員死んで当然だと心の底から信じ込んで、「家のすぐ隣で大虐殺が繰り広げられている」という状況は理解しつつ、見て見ないふりをし続ける。

 しかし、隣に住んでいる以上、音は聞こえてくる。本作の騒音は収容所の広さや建築物の配置などにも配慮して注意深く作られたものとなっており、銃声一発、怒号ひとつとっても非常に解像度が高い。夜昼問わず死体を焼き続ける焼却炉の隣に住むのは並の神経では不可能であり、ヘス本人にもその子どもたちにも、静かに少しづつ影響が出始める。

 本作が巧妙なのは、「アウシュビッツ収容所」の部分に他の何かを代入することができる点だ。塀一枚隔てた向こう側にある地獄のことを、われわれもまた無理やり意識から追い出して生活していないだろうか。ヘス一家とわれわれとで、何か異なる点があるだろうか。観客にそういった疑問を抱かせるような作りになっている。実際、たぶん世の中の人の大半は、悲惨な国際紛争にせよ職場の人間関係の歪みにせよ激烈な気候変動にせよ、塀の向こうの地獄を感知しながら同時に無視して生活している。「80年前のドイツ人とわれわれの間に違いはありますか?」と言われれば、考え込まざるを得ない。

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